第四章

「おはようございます、出雲さん」

 朝一番にいずなの声が聞こえてきた。目を開けると、そこには普段とは異なる服装のいずなが立っていた。

「ああ、おはよう」

 とりあえず挨拶だけ返し、布団から起き上がる。温もりから離れるのは至難の業だが、決して出来ないことではない。

「いずな、その服はどうしたんだ?」

「あのねぇ、聞いて出雲さん! 大和くんと遊びに行くことになったの!」

 なるほど。それなら確かに、普段とは異なるかもしれない。いずなは大和に片想いをしている。それが実るように祈るべきなのだろうが、私の敵であったヤマトの首長の生まれ変わりである。素直に応援するのは難しい。

「お昼、作っといたけんそれ食べてね! 行ってきます!」

 いずなは慌ただしく家を出て行った。この家には私一人しかいない。どうしようもないので、もう一度布団に入りなおす。ご神木へ行っても、何も起きない。いずな目当てに遊びに来る人間が来ない訳ではないかもしれないが、可能性は低いだろう。

 一人で布団に入っていても、思い出すのはあの時代の光景ばかりだ。巫女だからと崇められ、ヤマトの長に存在ごと求められる日々。ヤマト政権には、巫女が居ないらしい。

平和とは、縁が遠い日々。それは私の心を圧迫していった。今ここに居るのは、ご神木から「休め」と言われているのかもしれない。しかしそれならば、姉もここに居ないとおかしい。姉だって相当疲弊していたはずだ。私だけがこの時代に来られた理由は何だ。誰かに打ち明けてみたいが、それをする相手も居ない。

布団の温もりが、眠気を誘発する。気が付けば私は、眠りについていた。



「出雲!」

 その声は、とても聴き馴染みがある声だった。

出音いずね……?」

 彼女の__私の姉の名を呼ぶ。帰ってこられたのだろうか、元の時代に。

「そちらに行きたいけど、何故か行けないの。お願い出雲、早く帰ってきて。私一人じゃ、ヤマトを抑えきれない」

「今、どうやって話している?」

 素直な疑問だった。出音には霊力などないのだから、誰かの力を借りているのは明白だ。

「うん、出雲の側近の白兎くんの力を借りて話しているの。あんまり長くは話せないみたいだから、要点だけ伝えた。それじゃあ、待ってるよ。出雲」

 予想は当たっていた。やはり、私が居ないことであちらの時代は大変なことになっているらしい。なおさらすぐに戻りたい思いに駆られたが、どうすることも出来ない。私は無力だとつきつけられた気分だ。霊力を十全に使いこなせる巫女であるならば、すぐに元の時代に戻れたはずだ。私はまだまだ修行不足だったのだ。しかし、落ち込んでいても何も変わらない。むしろ状況は悪化している。一刻も早く、戻る方法を見つけなければ。私は布団から飛び上がり、倉庫の方へと向かった。



倉庫には鍵がかかっていた。いずながかけた様だ。仕方がないので、目に霊力を集中させ中を盗み見る。大した発見はなかった気がするが、念のためだ。特にあのヤマト政権の地図が引っかかる。じっとそれを眺めてみたが、特に変哲のないものだ。全てがヤマト政権に支配されていることを表す地図。不快だが、出音も「抑えきれない」と言っていたしこうなる日も近いのだろう。早く帰らねば__その思いだけがどんどん私を焦らせる。

「あれ? 出雲さん、何やってるんですか?」

「倉庫に何かあるんか?」

 いきなり背後から声が聞こえた。振り向くと、そこにはいずなと大和が立っている。

「いや、早く元の時代に帰る方法を考えていてだな……」

軽く説明すると、いずなは「でも倉庫の中は初日に漁ったじゃないですか。もう何もないと思いますけど……」と難色を示した。当然の反応である。

「僕はええんちゃうかな、て思ったけど? 新しいい発見があるかもしれへんし」

 意外なことに大和が肯定してくれた。しかし、彼に賛同されるというのは複雑な気分だ。

「そういえば、二人は随分早く帰ってきたな」

 急な展開で、聞こうと思っていたことを忘れかけていた。

「あぁ、ショッピングモールは人が多くて疲れるから家でお話ししようかなって思って……」

「そうか」

 ショッピングモールが何なのかはわからないが、いずなは大変な思いをしたらしい。

「僕もアンタと話してみたかったんや、出雲。勿論、いずなも」

 その言葉を発する大和の表情は、少し赤らんでいた。ちらりといずなの方を見やると、やるせない顔をしていた。

「とりあえず家に入りましょう!」

空元気であろういずなの言葉に従い、家に入る。中は、もうすっかり見慣れた光景になってしまった。

「大和くん、お昼作るけんね! ちょっと待っててな!」

 いずなは料理場へと消えていった。居間には、私と大和だけが残された。

「……改めて自己紹介、しよかな。僕は藤原大和。ここの近所に住んどる」

 気まずい雰囲気にならないようにか、大和は話し始めた。私も便乗し、

「私は出雲。巫女だ」

 と何度言ったかわからない自己紹介をする。

「前も聞いたわ。そんで、本題なんやけど。僕の家って実家が奈良にあんねん。もしかしたら、出雲を帰す手がかりがあるかもしれへん。僕の家系は大昔、ヤマト政権の重要な地位についてたらしいんや。出雲も、ヤマト政権って言葉は聞き覚えがあるんちゃう?」

「……」

 硬直してしまった。大和はやはり、ヤマトの血筋らしい。私の見立ては間違っていなかった様だが、複雑な心境だ。私は彼の一族を退けるために帰るのに、協力してくれるとは。遠い未来ではヤマト政権がこの国を乗っ取っていても、いや、いるからこその余裕なのだろうか。私たちの戦いは無駄だったのだ。しかしそれは、帰らない理由にはならない。

「ヤマト政権は、私たちの敵だ。しかし、手伝ってくれるというのであれば今回は頼みたい。良いだろうか」

「勿論ええで。ほな、実家に連絡しとくわ」

 大和は上機嫌そうに、板の上で指を動かしていた。そこには何かが表示されているが、内容まではわからなかった。不思議な板だ。

「二人とも、お昼ご飯出来たよ」

 ぼんやり大和の方を見ていたら、いずなが料理を持ってやって来た。またもや見たことのないものだ。大和はこの料理を知っているらしく、「焼きそばやん。いずなは料理上手でええなぁ」と褒めていた。この料理に名前は焼きそばというらしい。聞いたことのない名前だが、二人には馴染み深い様だ。

 いずなは頬を赤く染め、「ほら、早く食べて!」と急かしてきた。慣れない箸という物体を扱いながら、焼きそばを食べ始める。大和は慣れている様で、どんどんそれを口に運んでいく。腹が減っていたのだろうか。それとも、あまりそういう風には見えないがいずなに気があるのだろうか。まぁ、私は二人の恋路を応援する気は更々無いのだが。

「美味しいで、いずな」

「ああ、私も美味しいと思う」

 二人で感想を述べると、いずなは「褒めても何も出んよ?」と顔を真っ赤にして返してきた。恋する乙女、と言ったところか。自分の生まれ変わりが、前世の因縁の相手に恋をするなんて私には歓迎できるものではないのだが……。しかし、それは彼を利用しようとしている私も大差ないのかもしれない。いずなも私も、同じだ。ヤマトという__大和という一つの存在に心を動かされているのだから。それが恋慕か憎悪かどうか、そこだけだ。

 


 料理を食べ終えると、いずなは食器を洗いに行ってしまった。またもやこの場には、私と大和だけが残される。

「……ところで、出雲の居った時代って何があったん? それ訊きたかったんやけど」

 大和はそう。切り出した。

「そんなことを訊いてどうする」

 語気を強めて返すも、大和はどこ吹く風だ。

「知っておきたいやん、色々。手掛かりを探すきっかけもあるかもしれへんし」

「……」

それを出されては、打つ手がない。気が進まないが、私はこの男に身の上話を始めた。まずは、姉と二人で敵対勢力と戦っていること。その敵対勢力の名前はヤマト政権であること。私たちの頑張りは、未来では報われていなかったこと、など。

大和は終始興味深そうに聞いていた。知らない時代の話が、そんなにも面白いのだろうか。

「……とまぁ、こんなところだ。質問はあるか?」

「ツッコミどころが多すぎるねん! ヤマト政権とか確かに歴史で習ったけど、体験者から見ると色々あったんやな思うたわ。質問か……何で出雲だけこっちに来たのかは、ようわからへんままやったな」

「私も分かっていないことだ。答えられない」

 これは本当にそうなのだ。何故この時代に来たのか、数日経った今でも見当がつかない。

「まぁ、せやろな。やから僕を頼ったんやろうし」

 大和は柔和な笑みで、こちらを見据えてきた。その真意がわからず、私は彼から目を離した。この男と関わりすぎると。良いことにはならない。直観的だが、そんな気がしていた。

「それは否定が出来ない。だが、お前を信用した訳でもない。覚えておけ」

 私は、はっきりとそう言った。大和は、はぁ、とため息をつき

「これが人にものを頼む態度かいな……まぁ、今回はええわ。緊急事態やし」

と、私の言葉に返事をした。お互い、適度な距離感は保てている様な気がする。相手はそう思っていないかもしれないが。

 本人に自覚があるのかどうかはわからないが、大和は私に恋情を抱いている様だ。それは、彼から発される感情の機微を読み取ればわかる。何とも面倒くさい三角関係だ。いずなは大和が好きで、大和は私のことが好きときている。未来と古代が混じりあった恋模様ということだ。

私を好きになったところで、いずれは古代に帰るのだから意味がないだろう。そう思うが、人間の心というんのは制御するのが難しい。私自身でさえ、そうなのだから。恋情は抱いたことが無いが。

その点では、純粋無垢ないずなが羨ましい時もある。もしこの時代に生まれていたなら、戦わずとも生きていけたのだろう。恋も、してみたりして。勿論ありえない妄想なので、すぐに頭の中からそれを追い払った。

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