第二章
いずなの家は、とても快適だった。布団というのは、恐ろしい魔力を持っているのではないだろうか。普段なら起きられる頃合に、起きることが出来なかった。しんとした家の中には、誰の気配もない。いずなは何処かへ行ってしまったらしい。仕方ないので、家の外に出てご神木にすがる。それくらいしか、やることがなかった。早く元居た場所に戻らねば、その思いばかりが先行してしまう。
「こんにちは、いずなー! 今日暇か?」
私の焦りなど全く関係ない、快活な声が響いた。声の主の方を見やると、髪を高い位置で結んでいる娘だった。年齢は私と変わらないか、少し下だろうか。好戦的に見える赤色の瞳は、元居た時代での知り合いを思わせる。
「それにしても、いずなが巫女服なんて珍しいな」
まじまじと私のことを観察する娘。これだけ見ていたら、別人だと気づきそうなものだが。
「私はいずなではないからな」
きっぱりと言っておく。間違えられたまま話が進むと、いずなにも迷惑になるかもしれない。
「……本当か?」
目を見開く娘。信じられない、という心の声が漏れてきている。表情に出やすい部類なのだろう。
「本当だ。私の名前は出雲。巫女だ」
「へぇ……その割にはいずなとよく似てるけどな。あたしは
「高校?」
またもや聞き覚えのない単語が出てきた。桃は「そう。高校。アンタは行ってないのか?」と問いかけてきた。勿論そんなものに行ったことはないので、「ないな」と答える。
「そんな奴、初めて見た……」
「ふん、そもそも私はこの時代の人間ではない。だから行っていなくて当然だ」
桃は深いため息をついた。困り顔でこちらを見据え、
「その話、詳しく聞かせてくれるか」
と提案してきた。出来れば沢山の人間に話すのは避けたいが、いずなの幼馴染だというし大丈夫だろう。それに彼女は、口が固そうだ。
「構わない。ではあのご神木の下で話そうか」
「わかった」
私達は、ご神木へと移動した。
*
桃にはざっくりとした事情を離した。私が出雲国の巫女であること、寝ていたら何故かこちらにきてしまったこと。いずなが帰る方法を探してくれたが、見つからなかったことなど。
「へぇ……不思議なこともあるもんだな」
桃が話を聞き終えて発した言葉はそれだった。心底驚いたのだろう、目が丸くなっている。
「こんなことは初めてだ。一刻も早く帰らねばならないが、どうにも出来ない」
それが歯痒かった。手の届きそうで、届かない感覚。巫女なのだから霊力を使えば戻れるかと思ったが、実際は違った。思いつく限りの手は尽くした。私がため息をつくと、桃は
「まぁ大丈夫だって。戻れる日は必ず来る。しばらく現代でゆっくりしてけってことなんじゃないのか?」
と、慰めてくれた。そこに、
「あれ、桃! それに出雲さん! 珍しい組み合わせね」
何処かへ行っていたいずなが帰ってきた。桃は「そうだろ?」と何故か自慢げだ。
「そんなことよりいずな! どうせ暇だろ。うちの道場の仕事手伝ってくれないか? 出雲には悪いけど、いずな借りてくぞ」
「まだやるなんて言ってな」
「どうせ暇なんだからいいだろ? じゃあな、出雲! また会おう」
いずなは桃に連行されていった。桃は相当強引な娘だ。私からも話を聞き出し、いずなに有無を言わせず連れ去っていった。
だが、その強引さは嫌いじゃない。
再び一人になった私は、あの時代のことを思い出してみることにした。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
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