第二章

いずなの家は、とても快適だった。布団というのは、恐ろしい魔力を持っているのではないだろうか。普段なら起きられる頃合に、起きることが出来なかった。しんとした家の中には、誰の気配もない。いずなは何処かへ行ってしまったらしい。仕方ないので、家の外に出てご神木にすがる。それくらいしか、やることがなかった。早く元居た場所に戻らねば、その思いばかりが先行してしまう。

「こんにちは、いずなー! 今日暇か?」

 私の焦りなど全く関係ない、快活な声が響いた。声の主の方を見やると、髪を高い位置で結んでいる娘だった。年齢は私と変わらないか、少し下だろうか。好戦的に見える赤色の瞳は、元居た時代での知り合いを思わせる。

「それにしても、いずなが巫女服なんて珍しいな」

 まじまじと私のことを観察する娘。これだけ見ていたら、別人だと気づきそうなものだが。

「私はいずなではないからな」

 きっぱりと言っておく。間違えられたまま話が進むと、いずなにも迷惑になるかもしれない。

「……本当か?」

 目を見開く娘。信じられない、という心の声が漏れてきている。表情に出やすい部類なのだろう。

「本当だ。私の名前は出雲。巫女だ」

「へぇ……その割にはいずなとよく似てるけどな。あたしは後楽園桃こうらくえんもも。いずなとは幼馴染。高校は違うけど」

「高校?」

 またもや聞き覚えのない単語が出てきた。桃は「そう。高校。アンタは行ってないのか?」と問いかけてきた。勿論そんなものに行ったことはないので、「ないな」と答える。

「そんな奴、初めて見た……」

「ふん、そもそも私はこの時代の人間ではない。だから行っていなくて当然だ」

 桃は深いため息をついた。困り顔でこちらを見据え、

「その話、詳しく聞かせてくれるか」

 と提案してきた。出来れば沢山の人間に話すのは避けたいが、いずなの幼馴染だというし大丈夫だろう。それに彼女は、口が固そうだ。

「構わない。ではあのご神木の下で話そうか」

「わかった」

私達は、ご神木へと移動した。



桃にはざっくりとした事情を離した。私が出雲国の巫女であること、寝ていたら何故かこちらにきてしまったこと。いずなが帰る方法を探してくれたが、見つからなかったことなど。

「へぇ……不思議なこともあるもんだな」

 桃が話を聞き終えて発した言葉はそれだった。心底驚いたのだろう、目が丸くなっている。

「こんなことは初めてだ。一刻も早く帰らねばならないが、どうにも出来ない」

 それが歯痒かった。手の届きそうで、届かない感覚。巫女なのだから霊力を使えば戻れるかと思ったが、実際は違った。思いつく限りの手は尽くした。私がため息をつくと、桃は

「まぁ大丈夫だって。戻れる日は必ず来る。しばらく現代でゆっくりしてけってことなんじゃないのか?」

と、慰めてくれた。そこに、

「あれ、桃! それに出雲さん! 珍しい組み合わせね」

 何処かへ行っていたいずなが帰ってきた。桃は「そうだろ?」と何故か自慢げだ。

「そんなことよりいずな! どうせ暇だろ。うちの道場の仕事手伝ってくれないか? 出雲には悪いけど、いずな借りてくぞ」

「まだやるなんて言ってな」

「どうせ暇なんだからいいだろ? じゃあな、出雲! また会おう」

いずなは桃に連行されていった。桃は相当強引な娘だ。私からも話を聞き出し、いずなに有無を言わせず連れ去っていった。

だが、その強引さは嫌いじゃない。

再び一人になった私は、あの時代のことを思い出してみることにした。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。


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