第1章

「……で、貴女は何者なのですか?」

 何者かと問われても、困ってしまうのが正直なところだった。私はあの地を守る巫女、ただそれだけなのだから。

「私は出雲。出雲国の巫女だ」

 その答えに、娘は困ったような表情を浮かべた。

「……ここは島根県なんです、そんな昔のこと……」

「私が居た場所では、間違いなく出雲国だった。今がどうであろうと私は変わらない」

 娘は眉を下げ、表情を作り出す。それは、明らかな困惑だった。

「まぁ、地名のことはいいです。多分話が平行線で終わるので。それより、お名前は何ですか? 私は神戸かんどいずな。この神社を管理する一族の、末裔です」

 いずなはそう言うと、目を伏せた。何か悲しいことでもあったのだろうか。私の居た場所では、身内に不幸があっても「仕方ない」で済まされていた。しかしここでは、そうはいかないのかもしれない。そうだとしたら、この世界がそれだけ平和であるということだ。羨ましいことこの上ない。

「私は出雲いずも。名前は出雲国からつけられた。先ほども言ったが巫女だ」

 端的に自己紹介をすると、いずなは「出雲さん」と呼びかけた。それは優しい声で、敵意も何も入っていなかった。

「出雲さんは、もしかしたら未来に来てしまったのかもしれません。信じて、とは言えないです。けれど、その可能性は大いにあると思います。今から倉庫を調べますから、出雲さんに関する何かが見つかるかもしれません」

 時を超えたのでは、というのは私も考えた。神様の気まぐれか、他の要因があるのかは不明だが。私は頷き、いずなの後を歩く。いずなの真っすぐな黒髪が揺れる。後ろ姿を人に見せるのは抵抗があるが、彼女は違うようだ。争いのない世界だと、人はこうなるのか。

 そう思案している間に、倉庫に到着した。木で出来た、重厚感のある建物だ。いずなは鍵を開けると、中から次々に荷物を出していく。私もそれを手伝うことにした。彼女一人では大変だろうから。

 あらかた出し終えた頃には、日が落ちかけていた。古い神社というのは、嘘ではないらしい。

「いずな」

「あ、いずなやん。珍しい、倉庫整理?」

 私に呼びかけは、他の声によって遮られた。男の声だ。振り向くと、そこには敵対勢力の首長そっくりの少年が立っていた。思わず目を見開いた私に相手は動揺したのか、「だ、誰やアンタ」と震えた声で問いかけてきた。

「私は出雲。巫女だ」

「そうなんよ大和やまとくん、うちのお仕事とか手伝って貰おうかなって。中々いい考えでしょ?」

 大和と呼ばれた少年は、「そうなんか」と私を見下ろす。その目は値踏みをしている様で、少し不快だった。が、声に出すのはやめた。いずなが頬を赤らめているからだ。恐らく、大和に恋でもしているのだろう。くだらないが、私が祀っているのは縁結びの神でもある。無駄なことは言わず、考えないように努める。

「僕は藤原ふじわら大和。いずなの家……この神社の近所に住んどる。きっとまた会うで、ほな」

 そう言い大和は去っていった。ここに残ったのは、私と頬を赤らめたいずなの二人きりだ。

「……あの少年が好きなのか?」

 話すこともないので、訊ねてみた。いずなはしばらく固まった後、こくりと頷いた。私の見立ては当たっていた様だ。

「そ、そんなことより倉庫の荷物! もしかしたら発見があるかもしれないですよ?」

 照れ隠しか、いずなは話題を逸らした。かなり露骨だ。

「そうだな、何かあると良いのだが」

 私はそう言い、山積みの荷物を一瞥した。古い紙束に、祭祀の道具。確かにここは神を祀る場所なのだろう。埃をはらい、紙束の一枚を手に取る。

「……⁉」

 しかしそこに書かれていたのは、敵対勢力であるヤマトによって支配された地図だった。私の故郷である出雲国にも、その支配は及んでいる。信じたくなかった。姉と二人で守ってきた国が、敵対勢力に支配されるという未来は。

「いずな、この地図は……」

 思わずいずなに訊いてしまった。彼女は地図を一瞥すると、

「あぁ、これは古代の勢力図が書かれた地図ですね。どうかしましたか?」

 と平静な様子でこちらを見つめてきた。その顔は、自分の鏡写しを見ている様であまり好きになれない。ただでさえ双子の姉が居るのだから、これ以上顔が似ている人間は要らない。

「いや、出雲国がどうなったのかと思って」

「出雲国どころか、全ての国がヤマト勢力の傘下です。ここから比較的近い吉備国も、全て」

 吉備国という国名には聞き覚えがある。確か早々にヤマトに支配された地域だ。女剣豪が居ると伝聞で聞いたが、彼女もヤマトによって酷い目に遭あわされている、らしい。

ヤマト政権は、容赦のなさで有名だ。出雲の民__私たちのことを土蜘蛛と呼んだり、支配した地域の長を強引に従わせたり。出雲国も、いずれはそうなってしまうのかと思うと胸が痛い。

いずなは私が考え事をしている間にも、荷物を見ては倉庫に戻す作業を行っていた。

「何か、私に関するものは見つかったのか」

 この様子では、恐らく見つからなかったのだろう。

「いえ、残念ながら……」

 伏し目がちに言ういずな。予想通りだ。

「でも、いつか出てくるかもしれませんし! 出雲さん、今晩はここで休んでいってください」

「感謝する」

 いずなの心遣いは非常に嬉しいが、迷惑にならないのだろうか。少し心配があるが、家主である彼女が良いと言うのなら大丈夫だろう。

 日は完全に落ちていた。濃紺が空を支配する。

「では、こちらに!」

 いずながこちらを振り返り、手招きした。私はそれについていき、彼女の家へと入った。


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