伝説の巫女が時間を越えて、この世界にやって来たらしい。
景文日向
序章
私はその日、とても疲れていた。巫女としての仕事を全うし、敵対勢力を撃退したからだ。
私の家の近くにあるご神木に、今日はこんなことがあったと語りかける。ご神木には言葉が通じるようで、時々反応を貰えた。それは木が揺れる音であったり、葉のなる音だったりと様々だ。私は、ご神木を背にもたれかかり、一気に湧き出た疲れを癒す為眠りについた。
そして、目が覚めたら。ご神木だけはそのままに、景色が一変していた。先ほどまであったはずの私の家は荘厳になっているし、何より馬の居ない馬車が道を走っている。空気も汚染され、とてもではないが人間が住む環境ではない。ここは一体、何処なのだろうか。ご神木からそう離れていないということだけが、かろうじてわかる。そう思案している最中に、
「うちの神社に何か御用ですか?」
明るく、可愛らしい声で話しかけられた。しかし、神社とは馴染みのない言葉だ。少なくとも、家やその周辺にそんなものは存在していなかった。いや、厳密にはしていたがこんなに大きなものではなかった。黙りこくっていると、もう一度問いかけられた。
「……うちの神社に御用で?」
「用などない。私が知りたいのは、ここが何処であるかだけだ」
きっぱりと答える。無駄な時間をこんなところで浪費していたら、また敵が襲ってくるかもしれないのだ。一刻も早く元の場所へ戻らねばならない。
「うーん、ここは島根県の神社。ご神木にいきなり女の子が寄りかかってて、びっくりしました」
「島根県? 聞き馴染みのない地名だな。ここは出雲国ではないのか」
彼女は少し考える素振りを見せた。やがて長考が終わり、口を開いた。
「確かに昔、ここら辺は出雲国と呼ばれていました。だけど、それは昔の話。今は島根県です」
私が時を超えてきたとでもいうのだろうか。だとしたら私の力だけではない、別の何かが働いている。それは恐らく、私が祀っている神様の力だろう。そうでなければご神木の霊力だろうか。
「……そうか、邪魔した」
だとしたら原因を究明するべく、ここ以外の場所も探索しなければ。私は立ち上がり、その場を後にしようと一歩踏み出した。
「あ、待ってください!」
神社の娘が私を呼び止める。
「あの……何処に行かれるかはわかりませんが、我が家を拠点にするのはいかがでしょう? 私も神戸(かんど)家の娘です。この神社は歴史が古いから、何かわかるかもしれません。どうですか?」
迫りよる神戸の娘。最早半分脅迫のようなものだ。だが、拠点があった方が良いという考えに賛成には賛成だ。この家を貸してくれるなら、有難いことこの上ない。しかし、初対面の人間を家にあげるとは、警戒心が薄いのではないだろうか。
「構わないのか」
私の方が警戒心を露にしてしまった。
「私一人しか住んでいませんから。さぁ、お茶でもどうですか? 貴女のことも聞かせてください」
宿主の提案であるが故に、誘いを断れなかった。私は娘の後を追いかけ、家に入った。
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