第6話
ある晴れた日の午後、かずは母親と牛車の荷台に座り、かずはたんぽぽの綿毛を飛ばしていた。
父親は牛の横を歩き、ゆっくりと呉服屋へ向かう。
呉服屋につくと、近所の男性数人が力を合わせ、米俵を2つ牛車に積み込み、かずは母親と呉服屋の奥さん、呉服屋の隣にある小間物屋のおばあさんと話をし始めた。
「いやぁ、かずのおとっつぁんは何でも作っちまうんだな。 風呂だけじゃなくて泡の石といい、牛車といい… 宗次郎の牛が田んぼだけじゃなくて荷物まで運んじまうとはねぇ」
呉服屋の主人が関心の声を上げると、かずは照れ臭そうにへへっと笑った。
「人力車を見て閃いたんだって。 宮大工のおっちゃん、「もう勘弁してくれ~」って泣いてたんだよ」
「おいおい、それは言わない約束だろ?」
宮大工の三郎太の言葉を合図に、周囲の人たちは笑い合う。
『平和そのもの』
優しい風の吹く中、呉服屋の主人はかずの父親に冊子を渡した。
「すまないな。 これを見せればわかるから。 仕立て屋が来るのは明日だと思ってたんだがなぁ… お市もすまねぇな」
「いえ、久しぶりに町に行くので、すっごく楽しみです」
かずの母親は目を輝かせ、かずは口を尖らせた。
「いいなぁ… 町、行ってみたいなぁ…」
「遊びに行くんじゃないのよ? 年貢を納めに行くの。 これも村のお仕事。 あ、帰りに町で金平糖買ってくるね」
「ホント!? 絶対だよ!! 早く帰ってきてね!!」
「もう… ホンっと現金なんだから」
その場にいた全員は笑い合い、出発したかずの両親に手を振る。
かずの両親も手を振り返し、ゆっくりと歩く牛の歩幅に合わせ、歩き始めていた。
かずは両親の姿が見えなくなってもその場から離れず、名残惜しそうに両親がいなくなった山道を見つめる。
「かず、そろばん始めるぞ」
呉服屋の主人に言われ、元気に返事をした後、いつも使用している部屋に駆け込んだ。
数時間後、そろばんの勉強を終え、後片付けをしていると、ドタドタと駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
乱暴に引き戸が開き、息を切らした三郎太が叫ぶように告げてくる。
「かず! 慎太郎とお市が二つ先の橋のたもとで…」
かずは三郎太の言葉を最後まで聞かず、部屋を飛び出し走り出した。
裸足のまま山道を駆け抜け、呉服屋から数キロ先にある一つ目の橋を駆け抜ける。
行き交う人たちが驚いた様子でかずを見たが、かずは周囲を気にする余裕もなく、裸足でいることすら忘れ、何も考えられないままにまっすぐに2つ目の橋に向かって走り続ける。
2つ目の橋に近づくと、父と母が引いていた牛車と、百姓仲間の宗次郎が飼っていた牛が見え、その奥には人だかりが。
必死に群がる人をかき分け顔を出すと、河岸には2つの遺体の上に筵がかけられていた。
顔を見ることができず、一歩踏み出すと男性に声を掛けられる。
「お嬢ちゃん、これ以上中に入っちゃって…こら!」
呼び止める男性の脇をすり抜け、乱暴に莚を開けた途端、隣の莚も少しずれ、二人の顔が露になると同時に呼吸が止まる。
「お嬢ちゃんダメだって…」
男性は呆れかえったように声をかけたが、かずの言葉に耳を疑う。
「おっとぉ… おっかぁ…」
「おっとぉって…」
「うわああああああ!!」
かずは冷たくなった父の胸に顔をうずめ、母の手を握りしめ、声を上げて泣き叫んでいた。
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