第4話

「左之助さん、今年でいくつになられたんですか?」


「15? いや16? 17か?」


「まったく… あなたって人は… いつまで子供のつもりなんですか!」


「しりまへ~ん」


左之助は向かいで正座する母親をよそに、胡坐をかき、耳をほじり続けていた。


「ちゃんとお聞きなさい! 小山大名のご子息は奉行になられて、奥方まで迎え入れたって言うのに、あなたはいつまでもフラフラフラフラ… 同い年なのに恥ずかしいったらありゃしません!」


「そいつはど~も~」


左之助は気のない返事をしながら、指先にフッと息を吹きかける。


「大体、この家はどうするおつもりですか!」


「兄上が何とかすんじゃね? 世継ぎもいるし」


「そんなことは聞いてません!!」


母親はより一層大きく、甲高い声で怒鳴りつけ、左之助の耳にはキーンという耳鳴りが生じる。


左之助は再度耳に指を入れ、出血していないかを確認するよう、何度も耳から出した指を見つめる。


母親の小言が続く中、突然ふすまが開き、父親が顔を出すと、父親は大きくため息をついた。


父親は呆れかえった表情で左之助を見ると、顔を少し動かし「来い」と合図。


左之助は『待ってました!』と言わんばかりに立ち上がり、父親の後を追いかけ、ふすまの向こうで待っていた右京も、二人を追いかけた。


父親が向かった先は、母屋の横にある、父親が仕事用の書物を保管している蔵。


蔵の中に入るなり、父親は振り返りため息をついた。


「あまり怒らせるな」


「小山の息子と比較して勝手に怒るんだよ」


父親はさらに大きなため息をつくと、懐から黒い表紙の冊子を取り出す。


先ほどまでダルそうにしていた左之助は、冊子を見るなり真剣な表情に変わり、右京も左之助に近づいた。


「今度は信濃だ。 目撃者がいたんだが、話を聞く前に消された」


左之助と右京は手渡された冊子を見ると、左之助が小さな声でつぶやく。


「族でもごろつきでもないな」


「何故ですか?」


「族やごろつきなら目撃者まで消す必要がないし、女子供まで消されてる。 族やごろつきなら、遊郭に売り飛ばしてもおかしくはないだろ? 犯した形跡もないし、ただただ殺して奪うだけ。 あれだけの品が闇市に出ていたら、なんらかの情報が上がってきてもいいがそれもない。 ってことは、手元に置いてある。 つまり置けるだけの敷地があって、誰もそこに踏み入ることができないと…」


「そういうことだ。 用心しろよ」


「はっ」


二人が声をそろえて言うと、父親は当然のように立てかけてあった竹刀を握りしめ、大きく振りかぶる。


「ちょ、ちょっと待って父上、そりゃないんじゃない?」


「何がだ?」


「俺、隠密が仕事よ? 隠し目付なの。 母上にもバラしちゃいけないのよ? 浪人の振りをしなくちゃいけないの。 わかってるよね?」


「無論。 お前の働きには感服しているぞ?」


「だったらさぁ…」


「問答無用!!」


父親の掛け声とともに、竹刀を打ち付ける音が響き渡り、右京はただただ目を瞑っていた。

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