SS 労働CALLING 


 毎週水曜日は僕らの通う高校の部活動は全て休みとなる日だ。体育会系の部活では水曜日でも『自主練習』と称して勝手に部活動を行っている場合もあるけれども、我が軽音楽部ではそんなことはしていない。


 部室には鍵がかけられ、その鍵は顧問の先生が預かっているので、どうあがいても部室で練習をすることはできないことになっている。


 ではライブが近いので練習が必要なバンドや、家に帰ってもやることがないのでとにかく楽器を鳴らしていたいというわがままなロックキッズたちはどうしているのだろうか。

 

 答えは簡単。部室以外の場所で練習をすればいいのだ。


 その『部室以外の場所』の筆頭に挙げられるのが、今村楽器いまむらがっきという楽器店に併設された練習スタジオだ。


 この楽器店は高校の近くにあるショッピングモール内に店舗を構えていてアクセスが非常に良く、また練習前や練習後に他の色々なお店へ寄り道ができるから暇を持て余すことがない。

 スタジオ予約の時刻までゲームセンターで時間を潰すことだってできるし、フードコートに行けばマクドナルドやスガキヤで空きっ腹を満たすこともできる。


 僕ぐらいの今村楽器ヘビーユーザーになると、母親から「どうせ楽器屋さんにいるんでしょ? ついでに晩御飯の食材を買ってきて」とおつかいを頼まれることもしばしば。


 そういう便利すぎる立地なおかげもあって、軽音楽部員のほぼ全員がこの今村楽器の会員証を持っている。もちろん僕も持っているし、何なら時雨と理沙もつい先日会員になった。



 今日も今日とて時間いっぱい三人で練習をして、つい先程片付け終わってスタジオから出たところだ。


「すいません、Bスタジオ終わりました」


 僕はカウンターの奥にいる店員さんを呼んだ。プラスチックの小さなかごにレンタルしたマイクとマイクケーブルを入れて受付のカウンターに置くと、店員さんがやってきて中身を確認しはじめた。


「はーい、お疲れ様でした。返却OKです。ではお会計のほう、三名様二時間で――」


 店員さんはレジを打つと、インジケーターに金額が表示される。その金額を見て、僕ら三人はそれぞれ財布からお金を取り出した。

 学生割引で少々安いとはいえ、毎週のように通うには少し負担が大きい。


「ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 にこやかな笑顔の店員さんからレシートを受け取ると、僕らはスタジオをあとにする。財布の中の残り全財産と小遣いの支給日までの日数を慎重に数えてから、僕はひとつため息をついた。


「融、どうしたの?」


 あからさまにテンションが下がっている僕を見て声をかけてきたのは時雨だった。


「ああ、いや、お小遣いがもう少し増えないかなーと思ってね」

「確かにバンドをやるのにはお金がかかるよね。スタジオもそうだけど、弦とかピックとか、消耗品も結構馬鹿にならないよ……」


 時雨がギタリストの悩みを吐露すると、賛同せざるを得ないと言わんばかりに理沙も首を縦に振る。


「あー、それは私もよくわかる。実は今月ピンチだったりするんだよな。ベースの弦ってギターより結構高いんだよ。弦の数は少ないはずなのに」

「そ、そりゃあギターに比べたら太いし長いからね。僕には弦は無いけれど、スティック代が大変なことになってるよ……」


 時雨と理沙は「確かに……」と小さな声でユニゾンした。いつも練習のときに僕のドラムスティックが爆速で消費されていくのを見ているからだろう。


 一周目の高校時代は、ケチって楽器屋さんで売っている一番安いスティックをとにかく使い潰していた。しかし人生二周目となるとそうはいかない。


 現役バリバリ二十六歳のバンドマンだった僕は、贅沢なことに少し高いスティックでないとしっくりこない身体になってしまっていたのだ。プレイングもこなれてしまっているおかげで、スティックの消耗がだいぶ早い。


 一周目ではCDや漫画の購入に使われていた財源を楽器の消耗品に回さなければならないほど、僕の台所事情はきつい状態だった。


「融のドラミングなら、そりゃあスティック貧乏にもなるわな」

「ふふっ……、スティック貧乏って……」

「い、いや、時雨、そこ笑うところじゃないぞ?」

「ごめんごめん、なんだかツボにはまっちゃって」


 時雨は珍しくクスっと笑う。彼女は笑いのツボが独特なのか、たまに思いもよらないワードで笑ったりする。


「でも事実、本当にスティック貧乏なんだよなあ。なんかアルバイトでも探さないとまずいかも」

「働かないとバンドができないっていうのも、なんだか世知辛いよなあ」

「うんうん……」


 僕ら三人は肩をすくめた。バンドマンには常にお金の悩みがつきまとう。


 一周目のときもお金にはかなり悩んだ覚えがあった。高校時代はいくつかアルバイトを見つけて働いたものの、どれもシフトがキツすぎて学生の本分を忘れそうになってしまうレベルだった。


 危うくバンドメンバーの中で僕だけが留年しそうになったのもしっかり覚えている。そういう経緯があるので、今回のアルバイト選びは慎重にやりたいと思っている。


「お金が無いのは仕方がない。腹をくくって求人情報誌でアルバイトを探そうかな」


 ショッピングモール内の本屋さんに行けば、無料のアルバイト情報誌がいくつか置かれている。あまり当たりのアルバイトに出くわした経験は無いけれど、兎にも角にも探してみなければ理想の労働には出会えない。労働しなくていいのが一番の理想だけど。


「わ、私もちょっと気になるから一緒に見てもいい?」

「もちろんいいよ。理沙はどうする?」

「私は二人を眺めていることにするよ。小銭を稼ぐツテならもうあるし」

「小銭を稼ぐツテ?」


 聞き捨てならない理沙のその言葉に、僕は思わず聞き返してしまった。


 一周目での彼女の境遇を知っているので、まさかいかがわしいアルバイトをしていないかと不安になってしまったのだ。


「そんな怪しいものを見る目で私を見るな。心配するな、ただの家庭教師だよ。近所のガキンチョ向けのね」

「なんだ家庭教師か。確かに理沙、頭が良いし教えるのも上手そうだもんね」

「うんうん。いい先生になりそう」

「そ、そうか? そう褒められるとなんか変な感じだな……」


 理沙は恥ずかしそうに後頭部を軽く掻いた。


 人前で物怖じしない性格で、なおかつ理路整然と物事を説明できる力が理沙にはある。教鞭をとるなら彼女以上に適正のある人はなかなかいないだろう。


「ちなみに、時給はどれくらいなの?」

「あんまり大声では言いたくないんだが……」


 理沙は僕と時雨にコソコソと耳打ちをする。すると、その金額の思いもよらない大きさに僕と時雨は目を見合わせて驚いてしまった。


「えっ……!? 嘘でしょ? そんなに貰ってるの?」

「今の最低賃金の何倍だろ……。私もやろうかな……」

「ちょ、ちょっと待て! これは仲介業者がいないからこういう時給になってるわけで、しかも思ったほどシフトが入らないから貰える額はたかが知れているというか……」


 僕らのリアクションを見た理沙は、しまったと思ったのか急に慌てて取り繕い始める。それを見た僕ら二人は、冗談だよと言って理沙を落ち着かせた。


 子ども向けの家庭教師なんてアルバイトは理沙にしかできそうにない。だから僕も時雨もその時給の額を羨ましいとは思っているが、決して嫉妬をしているわけではない。


 適材適所、それぞれに合ったアルバイトがこの世の中にはある……はず。


 本屋でアルバイトの情報誌を何冊か拝借してきて、フードコートの一角にあるテーブル席に僕ら三人は陣取った。


 パラパラと誌面をめくるが、めぼしいものはそう簡単には見つからない。


「うーん……、コンビニ、ファミレス、ファストフード、最近多いのはドラッグストアか……。なんかどれも代わり映えしないなあ」

「他にも居酒屋さんとかカフェバーとかがあるけど、高校生だと時間帯的に無理だよね。時給は高いけど」


 時雨は僕の読んでいるものとはまた別の情報誌を読んでいた。しかし、内容はだいたい似たようなものらしい。


「確かに居酒屋はちょっと時給高いね。でも接客を上手にこなさないといけないから、思っているより難易度は高いよ。酔っ払っている人は声も大きくなるし、言うこときいてくれなくなるし、むちゃくちゃなオーダーするし、あとは潰れたり吐いたり……」


 僕は一周目でのアルバイト経験を思い出す。居酒屋でホールスタッフをやっていたこともあったけれども、あまりいい思い出はなかった。それにバンドをやっていると、自分たちのライブとアルバイトの時間帯がもろかぶりしてしまってスケジュールも組みにくい。


 意外だと思うかもしれないけれども、バンドマンと居酒屋のアルバイトというのは取り合わせが良くないのだ。


「なんだか融、アルバイト経験豊富な人みたいだね」

「確かにそうだな。高校生のくせによく事情を知っているし、ベテラン感がある」

「そ、ソンナコトナイヨ?」


 僕はしまったと思い、意図せずカタコトの返事をしてしまった。さすがにこれでは怪しすぎるのでそれっぽい事を言ってごまかす。


「ほ、ほら、いとこの兄ちゃんが大学生でアルバイト三昧でさ……、たまに愚痴を聞かされるんだよね……。ははは……」


 時雨と理沙は、「本当かな?」と疑いの目を向けてきたが、すぐにどうでもよくなったのか再びアルバイト探しを始めた。一応、いとこの兄ちゃんが大学生なのは本当だ。アルバイトをやっているのかは知らないけれど。


「ちなみに時雨はどんなアルバイトを探しているんだ?」


 時雨がめくっている情報誌を覗き込みながら、隣に座る理沙がそんな事を訊く。


「うーん、できればあまり喋らなくて済む仕事がいいかなあ。接客とか、多分無理だし……」

「喋らなくて済む仕事か……、なかなか難しいな」

「そうだよね……。コンビニとかレストランだと絶対にうまく喋れなくて慌てちゃうだろうから……」


 テーブルを挟んで向かいに座る僕は、時雨のその話を聞いて確かになと小さくうなずく。


 一周目で読んだ彼女のインタビューが載った音楽雑誌にも、売れ始めるまで食いつなぐためにやっていたアルバイトには散々苦労したという記載があった。


 接客業務以外で時雨に合いそうなアルバイトはないものだろうか。僕は自分自身のアルバイト遍歴を振り返る。


 すると、記憶の奥底から一日だけ短期で働いたことのあるアルバイトを思い出した。

 もしかしたら今眺めているこの情報誌にも載っている可能性があると思った僕は、ペラペラとページをめくり始めた。


「あった……、これなら……」

「融? どうしたの? 何か見つけたの?」

「あったんだよ、あまり喋らなくても済みそうなアルバイトが」


 僕は見つけたページを時雨へ見せつける。ついでに興味津々だった理沙も顔を近づけてきた。


「これって……、パン工場のアルバイト?」

「そう、パンの製造ラインで黙々と作業をするから誰とも喋らなくて済むかなって」


 見つけたのはパンの製造工場でのアルバイト。八時間のフルタイムだけど一日だけの短期で働けるので、土日のどちらかをアルバイトに充てるということができる。時給も悪くないので高校生にとっては案外嬉しい条件だ。


 ただし、延々と単純作業を続けなければならないので、向き不向きがはっきり出る。僕は全く向いていなかったので、三時間ぐらい経過した時点で我慢の限界を迎えて叫びだしそうになってしまった。


「それ、とってもいいかも。私、パン好きだし」

「確かによくお弁当にサンドイッチを作ってきているもんね。でも、パンの見すぎでパンが嫌いになっちゃうかもよ?」

「それは多分大丈夫。私、毎日パンでも飽きないもん」


 そういえば一周目の時雨はレコーディングでストレスが溜まっていたときに、モンブランのケーキだけを食べ続けたという逸話があったなということを僕は思い出した。モンブランだけは無限に食べ続けられる時雨なら、案外向いているかもしれない。


「早速応募してみようかな。スマホからできるみたいだし」

「善は急げってやつだな。もし良いアルバイトだったよって時雨が言ってきたら、私もやろうかな。融はどうだ?」

「ぼ、僕はやめとくよ……」


 何故かノリノリで理沙が誘ってきたが、不自然な苦笑いを浮かべて僕はそれをを回避した。こういう時くらい、タイムリープの恩恵に与らなくては。


 

 

 そうしてその週末の土曜日、時雨はパン工場へアルバイトに行った。翌週になって感想を聞いてみると、単純作業が全く苦にならなかったようで、まるで天職だと嬉しそうな表情を浮かべていたのが印象的だった。


 部室での練習のとき、時雨の足元にあるエフェクターが一つ増えていたのを僕は見逃さない。味をしめたのか、また今週末もパン工場へアルバイトに行くようだ。


 ちなみに次の週には理沙も一緒について行ったらしい。しかし僕と同じく理沙は単純作業が全くダメだったようで、時雨いわく仕事が終わったときには魂が抜けた抜け殻のようになっていたとか。


 適材適所という言葉をこんなに実感したのはこれが初めてだなと、そんなことをぼんやり考える僕であった。

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