SS 犬と猫
ドラマーあるある。それは、楽器屋で仲間はずれにされがちなこと。
僕、
まあ、バンドマンとしてのキャリアがタイムリープ前から数えて十年になる僕にとっては、これぐらいは慣れたものなのだけれども。
「うーん、ドラムスティックなあ……。いつもは定番のヒッコリー製だけど、この若い身体に戻ってからパワーが有り余っている感じがあるしな。ここは硬めのオーク製でも試してみようかな……」
ドラムスティックが陳列されている棚の前で僕はボソボソひとりごとをつぶやく。
タイムリープ前から使っているドラムスティックは身体に馴染んではいるものの、急に若返ったこの身体にはなんとなくアンバランスなのだ。
しかし、長年使っていたという愛着もあるし、その愛着ゆえに新しい物へ手を出すことに対する怖さもある。
「どうしたものかなあ……」
「どうしたの融? そんなに難しい顔をして」
「うわあびっくりした!」
突然横から時雨に声をかけられて僕は驚いてしまった。思っていた以上に推しである時雨の顔が近かったので、驚くついでに少し顔が赤くなってしまったのは内緒だ。
「ごめんね、すごく悩んでいる顔をしてたからつい……」
「いや、いいんだ別に。ドラムスティックを変えようか変えまいか悩んでただけだよ」
「ふーん、そうなんだ。やっぱりドラムスティックひとつで結構変わるんだね」
「そうさ。ギタリストもベーシストもピックとか弦にこだわるでしょ? そういう感じだよ」
時雨はなるほどなあと頷く。すると、何かを思い出したのか急に話題を変える。
「そうそう、ピックで思い出した。融、ちょっとこっち来て」
「あ、ああ。うん……」
僕は時雨に連れられて、打楽器コーナーからギター用のピックが売っている棚へ向かう。
一緒に楽器屋に来た理沙がそこにいて、なにやらピックを探しているようだった。
「融に見てほしかったのはこれ」
そう言って時雨は一枚のピックを取り出した。おにぎり型の白いピックで、可愛らしい犬のイラストがプリントされている。
「これって、普通のピックじゃん。時雨がいつも使っているやつよりはずいぶん分厚い気がするけど」
「違う違う、見てほしいのはこっち。ほら、この犬、融の家のペロみたいじゃない?」
時雨はピックに描かれた柴犬らしき犬のイラストを指差す。確かによく見ると、我が家の飼い犬である柴犬のペロに似た面影がある。
うちのペロは老犬ゆえ、ほんわかした優しい表情をしているところがこのイラストと似ているポイントかもしれない。
「確かにそうかも。まったりしている感じが似てる」
「でしょ? 理沙が見つけたんだ」
時雨が話を振ると、理沙は少し恥ずかしそうにそっぽを向く。
「た、たまたま見つけて似てるなと思っただけだよ。私はほら、厚めのピックが欲しかっただけで……」
「でも理沙のピックの取り皿には、この犬のピックと同じ絵柄の猫のピックがたくさん入ってるね」
「ぐっ……、それはその……」
僕が揚げ足を取るように指摘すると、理沙は返す言葉を失った。
ピックを購入するときは手に持つのではなく、備え付けの取り皿に乗せてレジまで運ぶのがマナーとなっている。おそらく理沙は何の気なしにピックを眺めていたのだろうけれども、この犬と猫のピックを見つけて思わず手にとってしまったのだろう。
選んだ絵柄が猫ばっかりなのは、おそらく彼女が猫派だから。
理沙は普段から硬派ではあるけれども、案外こういう可愛いところもある。
「じゃあ、理沙が猫ちゃんをたくさん買うみたいだから、私はペロのピックにしようかな」
時雨が先程の柴犬ピックを手に取り、少し微笑む。正確にはペロのピックではなく、ペロによく似た柴犬のピックだよと、僕はきちんとツッコんでおいた。
ウキウキの時雨と、恥ずかしそうながら満更でもない表情の理沙はそれぞれ会計を済ませる。すると時雨がついでに百円ショップに寄ってくると言うのでしばらく待っていると、彼女は何かを僕に手渡した。
「はい。これ、ペロのピック。キーホルダーにしてみた」
時雨の手には、先程購入したペロによく似た柴犬のピックが、キーホルダーに変身されたものが握られていた。
百円ショップのグッズに、ギターのピックをキーホルダーにできるものがあるらしい。
「えっ? 僕にもくれるの?」
「もちろん。みんなの分も作ったから、これでお揃いだね」
いつの間にか時雨は三人分のペロのキーホルダーを用意していて、僕らはそれをギターケースやスティックケースに付けることにした。
後日、理沙のベースケースにだけ猫のピックのキーホルダーが追加されていたのは言うまでもない。
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