第十七章 HERO
融と岩本くんがギターを修理するために駆け出したあと、私と理沙は『Crossroads』というレトロな雰囲気の喫茶店へ入った。
店内はそれほど混んではいなかった。
ふとテーブルを見ると、見慣れた人が座ってコーヒーをすすっている。それにいち早く気がついたのは理沙だった。
「あれ? 石本じゃないか?」
「あっ、片岡さんとしぐちゃん。……どうしたの? ライブ、もうすぐ始まるんじゃないの?」
座っていたのは美緒ちゃんだった。
理沙が美緒ちゃんの座っているテーブルに近づいて椅子に腰を掛けたので、私もつられて座る。
息つく暇もないまま、コーヒーの飲めない私と理沙はレモンティーを注文した。
「――とまあ、そういうわけなんだよ」
「そうなんだ。その建山さんって人から妨害を……」
「最低だよ全く。岩本を狙うんじゃなくて、よりにもよって時雨のギターを壊すとか、人のやることじゃねえ」
理沙が先輩へここまでの経緯を細やかに説明する。
お父さんが議員さんなだけあって、やっぱり理沙はこういう説明がとても上手い。
「それでここに避難してきたんだね。それで、芝草くんたちはどうしたの?」
「岩本と一緒に近くのギター工房へ修理しに行ったよ。石本はどうしてここに?」
ちょうどそのタイミングで店員さんがアイスのレモンティーをテーブルに置いた。
理沙は暑くて喉が渇いていたみたいで、すぐにそれに手を付けた。
「もちろんしぐちゃんたちのライブを観に行こうと思っていたんだけどね、ちょっと早く来すぎちゃったからここでひと休みしてたんだ」
「そうか。実はここ、うちの母親の知り合いがやっててさ、それで私たちもここに行き着いたんだよな」
「そうなんだ。片岡さんのお母さんの知り合いの店なんだね。とってもいい雰囲気でつい長居しちゃったよ」
そう言って美緒ちゃんはまたコーヒーをすすった。
じわじわと暑い日。この暑さのなか、融と岩本くんが奔走していると思うと、頭が上がらない。トラブルを解決しようと一生懸命行動してくれている二人に対して、私は何を返せるのだろうかとつい考え込んでしまった。
「どうしたのしぐちゃん? ちょっと浮かない顔をしているけれど、緊張してる? それとも、ギターを壊されたの、ショックだった?」
「い、いや……、だ、大丈夫だよ。二人が助けてくれるって信じているから、思ったよりなんともないよ」
「ふふふっ、信頼できる仲間がいて、なんだかしぐちゃん羨ましいな」
美緒ちゃんが微笑む。その微笑みが優しいせいで、私は自分が何もできていないなと余計に考え込んでしまった。
「融も理沙も岩本くんも、みんなバンドのために頑張ってるのに、私こんなので本当にいいのかなあ……」
隣に座る理沙が、そんなことないよとフォローを入れてくる。そしてさらに美緒ちゃんは、その理沙の言葉を増幅するかのように言葉をかけてくれる。
「そんなの、ステージの上で返してあげればいいんだよ。しぐちゃんには十分、それをやり遂げられる力があるよ」
「私に……?」
「うん。私だけじゃなくて、片岡さんもそう思っているでしょ?」
「ああ、もちろんだ」
理沙は改めてこっちを向いて笑顔を見せる。
「芝草くんもも岩本くんも、もちろん片岡さんも、しぐちゃんがステージで輝く姿を間近で見たいんだよ。だからこんなトラブルに巻き込まれても、頑張れるんだと思う」
「そう……、なのかな……?」
「そうだよ。だから、一番の恩返しはしぐちゃんが全力で奏でて、歌う事だよ」
「私が……、歌うこと……」
「そんなにくよくよしなくても大丈夫。この間のライブを観たときから、私もしぐちゃんの歌が、ううん、みんなのライブが観たくてしょうがないんだ。だから、外野なんて気にせず、最高のステージを観せてほしいんだ」
ああ、すごいなあ。と、私は感心してしまう。
美緒ちゃんは真っ直ぐな言葉で私を応援してくれているのだ。こんな不器用な私が勘違いとか考えすぎたりしないよう、間違えようのないシンプルな言葉で、それも大胆に。
バンドの内側からだけでなく、外側からも支えられている感じ。この美緒ちゃんの言葉はとても心強い。
さっきまでの不安が、すっと軽くなった。
「多分みんな、『ストレンジ・カメレオン』って言うバンドに恋をしていると思うんだ。みんながみんなバンドが好きだから、みんなのために動ける。そういう関係って、素敵だよね」
私は美緒ちゃんにそう言われてハッとした。
大好きなバンドに恋をしている。
曖昧な表現だけど、私はそれがとてもぴったりな表現だなと思った。
融も、理沙も、岩本くんも、もちろん私も、このバンドに恋をしているんだ。だからお互いの足りないところを補えるし、辛いときには支え合える。当たり前だけど、喜びは増幅する。
絶対にこのライブは成功させよう。それが自分のためだけでなく、みんなのためになる。
やっとくよくよしていた気持ちが前を向いた。その瞬間、カランコロンという音がして、喫茶店の扉が開いた。
「ただいま!」
「間に合ったぁー! 直ったぞー!」
声のほうを向くと、汗だくになった融と岩本くんがそこにいた。岩本くんの背中には私のギターケース。どうやら、うまくいったみたい。
「ほら、ヒーローのお出ましだよ」
美緒ちゃんはそう言う。でも私にとってみたら、ここにいるみんな、ヒーローみたいなものだ。
※サブタイトルは甲斐バンド……ではなくMr.Children……でもなくtacicaで『HERO』
次回、ライブシーン。めちゃくちゃ気合入れて書きました。
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