第十六章 僕達の疾走

 予選ライブ当日。会場となる名古屋市内のとあるライブハウスの控室に僕らは集まっていた。

 各々が背負ってきた重い楽器を指定の置き場におろしてきたので、肩が軽くなって皆のびのびとしている。

 集合したところでミーティング開始だ。もちろん仕切るのは僕である。一周目では信じられなかったことだが、いつの間にかこのバンドではリーダー格になっていた。

「とりあえずみんな集合出来たね。遅刻しなくて良かったよ」

「そんな大袈裟だな。十一時集合なら朝に弱いヤツでもなんとかなるだろ」

 見た目によらず朝型人間な理沙がそう言うと、ハハハと僕は笑う。

「いやいや、午前中に集合時間を設定すると絶対に遅れてくる人も世の中にはいるんだよ」

「そいつ、夜型人間過ぎて実は吸血鬼なんじゃないか?」

 バンドマンというのは夜型人間が多い。それゆえ、午前中に集合しようものならドラキュラのように身体が解けそうになる人を僕は何人も見てきた。

 ふと横を見ると「ギクッ」という擬音が似合いそうな表情をした時雨がそこにいた。

「……時雨? どうしたの?」

「う、ううん、なんでもない」

「もしかして時雨、朝弱いとか?」

「そ、そんなことない…………よ? 私、十字架見ても平気だし」

 時雨が吸血鬼であることを疑っているわけじゃないよと、みんなクスッと笑う。計算したボケなのか天然ものなのかわからないけど、時雨がたまに見せるこんな一面は可愛らしさを増長させる。

「朝が弱くても生きていけるから心配しなくても大丈夫だよ。もし心配なら早起きな人にモーニングコールしてもらえばいいし」

「じゃ、じゃあ、今度早起きが必要なときは、融がモーニングコールしてくれる?」

「い、いいけど……、僕でいいの? そんなに僕、早起きじゃないよ?」

 それなら早起きの練習をしなきゃいけないねと時雨に言われて、僕は苦笑いをする。

 緊張感もなくリラックスできている。ライブを想定した練習も重ねたことで自信がついていた。仕上がりは上々だ。

「よ、よう、お前ら、もう来てたんだな」

 談笑していると、突然誰かから話しかけられた。

 声の主の方をみると、そこにいたのはついこの間建山さんのバンドに加入した小笠原だった。緊張しているのか、それとも何か事情があるのか分からないが、彼にしてはずいぶんオドオドしているようにも見える。

「小笠原じゃないか。どうしたんだ? お前らのバンド、リハーサルの時刻にはまだ早いんじゃないか?」

 ここは俺がという感じで陽介が応対する。すると、やはり少し挙動不審な感じで小笠原は質問に答えた。

「そ、そうなんだけどさ。やっぱりこういうコンテストのライブって緊張するじゃん? だ、だからいてもたってもいられなくて早く来ちまったんだよ」

「にしたって緊張し過ぎじゃないか? お前、そんなにあがり症じゃなかったと思うけど」

「そ、そんなことないぞ? 俺だって緊張するさ。うちのメンバーだってすごい人が揃っているし、ヘマなんてできないと思うとなあ」

「そうか……、まあ、確かにそうかもな」

 ハハハと小笠原はぎこちなく笑う。彼の視線は話し相手の陽介ではなく、控室の中にある時計を向いていた。

「じゃ、じゃあ俺はちょっと気晴らしに行くわ。今日はよろしくな」

「お、おう、またな」

 終始ぎこちない感じを残したまま、小笠原はどこかへいなくなってしまった。

「ったく、何だったんだあいつ。何の用事もないのに話しかけにきやがって」

 理沙も違和感を持ったのか、小笠原の挙動を怪しんでいた。

「でも、なんだか変な感じだったよね? ずいぶん時計を気にしていた感じだったし」

 時雨も違和感に気づいたようだった。でも、その違和感が何なのか結局わからず、僕らはそのまま放っておくことにした。


 そうして訪れたリハーサルで事件は起こる。

「それじゃあサウンドチェックお願いしまーす」

 ライブハウスのPAさんがそう挨拶すると、ステージ上で機材をスタンバイした僕らはひとつずつ楽器を鳴らしていく。

 しかし、一向に時雨のギターの音だけ鳴り出さない。

「あ、あれ……? なんで?」

「時雨? どうしたの?」

「ギターの音が鳴らない。昨日はちゃんと出てたのに」

 どれだけアンプの出力をあげても、強く弦を弾いても、時雨のギターの音はアンプから出てこなかった。


 リハーサルを切り上げて、すぐに時雨のギターを点検することにした。

 機材に詳しい陽介が時雨のギターの各部をチェックしていくと、とある異変に気づく。

「……最悪だ、配線が一本切れている。自然に断線したんじゃなくて、間違いなく人為的にやった感じだ」

 ギターのピックガードのネジを外し、中の配線を隅々まで見てみると、一本だけニッパーで切られたような跡形があった。

 エレキギターはピックアップという部品で弦の振動を電気信号に変換して、それをケーブルでギターアンプに伝える。

 そのケーブルの一本が切られたとなれば、当たり前だが音は出てこない。

「うそ……、じゃあ、誰かが切ったってことだよね……? そんな時間の余裕なんて……」

 そう言いかけて、時雨は何かに気がつく。僕も理沙も陽介も、同じことを感じていた。

「……やっぱり、さっきの小笠原が怪しいよね。やけに時計を気にしていたし、何か時間を稼ぎたかった可能性もある」

 僕が簡単に推測すると、理沙がそれに同意してくる。

「融の言うとおりだな。あの数分間のスキに、荷物置き場にあった時雨のギターにいたずらをしたと考えれば自然だ。そうなると、これをやったのは……」

「――間違いなく、建山のヤローだ」

 憎悪を込めた低い声で、陽介がその名をつぶやく。彼のその言葉に僕らは目を合わせたうなずいた。

 ついに陽介だけでなく僕らへ妨害をしてきたのだ。それも、一番精神的にもろいかもしれない時雨を狙ってきた。

 この大一番を前にして、僕らに大ダメージを与える必要はない。時雨のギターが壊れるほどではないが、直さないと音が出ないという絶妙なレベルのダメージを建山さんは与えてきたのだ。こういう悪だくみになると、あの人はターゲットを的確に狙ってくる。

 僕は頭に血が上りそうになりながらも、怒りの気持ちをぐっと堪える。急に迎えてしまったピンチこそ、冷静にならなければ。

「でも、今は建山さんがやったという証拠がない。それに、ここで小笠原や建山さんを問い詰めたところで事態が解決するとも思えない」

「融の言うとおりだ。まずは、このギターを修理しないとな」

「この程度、陽介なら修理できるよね?」

「ああ。切られたところをくっつければいい話だからな。ただ、道具と修理できる場所がほしい」

 僕は思考を巡らせる。このギターを修理できる場所が、確か近くにあったはず。

 それこそ一周目では陽介が自分のギターを調整するために頻繁に出入りしていた店だ。僕も何度かついていったことがあるので、道はだいたいわかる。

「……僕にアテがある。すぐ近くにギターの工房があるよ。言えば道具とかは貸してくれると思う」

「よし、じゃあそこへ案内してくれ融」

「わかった。それなら、時雨と理沙は念の為僕らの機材を持って別の場所に待機することにしよう。まだ何かあいつらが追い打ちをかけてくる可能性もあるからね」

 犯人は近くにいる可能性が高い。時雨と理沙の二人になったタイミングで何かをしてくる可能性もゼロではないので、本番までどこか別の場所にいたほうがいい。

「別の場所……か。そういえば、母さんの知り合いが近くで喫茶店をやってるから、そこで待つことにすればいいか」

 理沙にはどうやら避難場所のアテがあるらしい。そうと決まれば、あとはとにかく行動あるのみ。

「ありがとう。じゃあ、そこで落ち合うということで」

「ああ。『Crossroads』って名前の特徴ある喫茶店だから、すぐにわかると思う」

「なんだか、クリームたっぷりのウインナーコーヒーが出てきそうなお店だね」

「バカ言ってないで早く行ってこい。こっちは任せとけ」

 理沙に尻を叩かれるようにそう言われた僕と陽介は、急いで工房へと向かう。

 出番までになんとしてでも、時雨のギターを直さなくては。


※サブタイトルはbloodthirsty butchers『僕達の疾走』

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