第十五章 DEAR MY FRIEND

 数日後の休みの日、僕らはとある場所にいた。

「うわあ、すごい、本当に練習スタジオみたい」

 時雨が感嘆の声を漏らす。ここは、陽介の実家が営む工場『岩本製作所』の倉庫。

 その一角にあいたスペースを利用して、彼はバンドの練習スタジオを構築していた。

 もちろん僕は一周目でこの場所に何度もお世話になった。下手をしたら勉強机に向かっている時間より、このスタジオにいた時間のほうが長かったかもしれない。

「こんな場所でいつでも練習できるなら、そりゃ上手くなるわな」

 時雨に続いて、理沙も少し皮肉を込めてそう言う。理沙自身、音楽をやることに対して親と衝突することがあっただけに、それとは全く対照的な環境を持つ陽介とその両親に、少し妬いているのかもしれない。

「まあまあ理沙、そのへんにしときなよ。これはこれで難儀なものでさ、陽介くらい音楽にストイックだと、ここに引きこもりすぎてご飯食べることも忘れちゃうから。お母さんによく怒られてるよ」

「ちょっと待て融、なんでそんなことまで知っているんだよ」

 すかさず陽介からツッコミが入る。うっかり口が滑ってしまった。でも、だいぶタイムリープ生活に慣れてきた僕にとって、もはやこの程度のことでは動じない。

「いや、カマをかけてみただけなんだけど。……もしかして陽介、本当にお母さんに怒られてる?」

「なっ……! 融お前、案外いい性格してやがるな」

「ははは、よく言われる」

 これくらい軽く受け流せるようになってきて、僕もすっかり慣れてしまったなと自嘲する。

 なぜここに来たかというと理由は一つ。練習時間の確保だ。

 現状、僕らが練習場所として使えるのは学校の屋上、部室、楽器屋のレンタルスタジオの三か所。屋上ではギターアンプやドラムセットが無いし、部室は時間割が決められている。頻繁にレンタルスタジオに通えるほどお金がないのは説明するまでもない。

 一周目の僕はどうしていたかというと、この陽介の実家が営む工場の倉庫――通称「岩本ガレージ」略して「いわガレ」でひたすら練習をしていた。ここなら機材もきちんと置いてあるし、時間の縛りもない。

 未完成フェスティバルの予選ライブに向けて最後の追い込みをしなければならない僕らにとって、この場所が使えるというのはとてもありがたい。

「それで? 今日は練習の前にやることがあるんだろ?」

 荷物を置いた陽介がそう言うと、僕はスマホを取り出してとある人からの連絡を確認した。

「そうそう。ちょっと予選ライブの前に、大事なことをやっておかないといけないと思ってね。到着したみたいだから、呼んでくるよ」

 僕は建屋の外へ出て、客人を招き入れた。

「やっほー、みんな揃ってるねー。早速撮っちゃおうか」

「助かるよ実松さん。僕らじゃ動画を撮るノウハウがなくてさ。野口もありがとう」

 現れたのは僕の親友である野口慶太と、その彼女の実松麻李衣さん。なぜこの二人を呼んだかというと、陽介の動画チャンネルが炎上していることに対してとある一手を打ちたかったからだ。

 実松さんは写真部ということもあって、映像撮影にも多少詳しい。この間のライブバトルのときもライブ映像の撮影に協力してくれた頼もしい助っ人だ。

 タイムリープ初日に野口を試金石のように使ってしまったことを申し訳なく思っていたが、最近では野口自身も写真部に加入して二人仲良くやっているらしい。お互いに「けーくん」「まーちゃん」と呼び合う仲になるとは、僕自身思いもよらなかった。まさか初日のあの選択がこんな展開を生み出すとは。

「それじゃあ演奏する映像をガッツリ撮っちゃうからねー。ほら、けーくんはレフ板持って」

「はいはい、まーちゃんごめんね」

 準備はつつがなく進む。僕ら四人も楽器を用意して演奏の準備を始める。

 撮るのはもちろん、「our song」の演奏動画だ。

 ミュージックビデオと呼ぶには少し荒削りだけれども、実際の演奏をカメラとマイクで収めて動画にするのだ。そして出来上がったものを陽介のチャンネルへ投稿する。

 炎上しているチャンネルに、謝罪でも釈明でもない演奏動画のアップロード。これが火消しの水となるのか、それとも更に燃え広がるための油となるかはわからない。ただ間違いなく言えるのは、これは建山さんへの反撃の一手、宣戦布告であるということ。ここから先、陽介のチャンネルは一人だけのものではなく、僕ら『ストレンジ・カメレオン』のものとなって、全員で困難に立ち向かっていくという決意表明でもある。

 実松さんがカメラを構え、野口は照明を担当する。僕らは部屋の中心に置かれた録音用のマイクを取り囲むように陣取った。

 ステージの上とは違ってお互いの顔がよく見える。不安な緊張の表情を浮かべる人はおらず、むしろみんなワクワクしているようだった。

「それじゃ、始めるよ」

 実松さんがカメラの録画ボタンを、野口がマイクの録音ボタンを押す。静まり返った室内に、時雨の息づかいとギターのアルペジオが響き渡り、バンドアンサンブルが始まった。


「――すっごいのが撮れた気がする!」

 録音と録画を止めた直後、すごく嬉しそうに実松さんがそう言った。その言葉に安堵した僕ら四人は、一気に気が緩んでホッとため息をついた。

 ものすごく集中していたせいか、演奏はあっという間に終わってしまった。これといったミスもなく、ほぼ完璧な演奏だったと思う。

 なにより、バンドに加入してから数日しか経っていないのにもかかわらず、陽介のギターパートは楽曲に完璧に溶け込んでいたのが驚きだった。よほど彼は嬉しかったのだろう。夢中になりながらフレーズを作り込んでいる陽介の姿は想像に難くない。

「確認したけど、映像はバッチリだよ。けーくん、音の方はどう?」

「オッケーオッケー、まるでCD音源みたいだ」

「じゃあこれを使って週明けまでに動画を仕上げてくるから、楽しみにしていてね」

 そう言って、二人はそそくさと部屋をあとにしていった。よほど良い映像と音が撮れたのだろう。二人ともウキウキしていて楽しそうだった。

「よーし、これでとりあえず一段落かな」

「何言ってるんだよ融。まだやることあんだろ? 俺らにはもう一つタスクがあるって」

「あっ、そうだった。すっかり忘れていたよ」

 もう一つのタスク、それは「our song」「トランスペアレント・ブルー」に続く、三曲目の仕上げだ。これが出来上がらないと、予選ライブのステージで時間を持て余すことになってしまう。

 時雨が曲作りのコツを掴んだこともあって、候補になりそうなネタはいくつかある。そこから一つ選んで仕上げていけばモノになるだろうと僕は踏んでいたけれども、突然彼女はこんなことを言い出した。

「あの……、それなんだけど、ちょっといいかな?」

「時雨? どうしたの?」

「今更言って本当に申し訳ないんだけど、この間融が弾いてたあの曲がいいんじゃないかなって思うんだ」

 時雨の言う「あの曲」とは、みんなで一緒に曲作りをしていた時に僕が何気なく弾いた曲だ。それは一周目で陽介が書いた曲で、ライブの一曲目に絶対演奏していた定番曲。彼が東京という街から逃げ出し、僕がヒッチハイクをしてまで彼を追いかけたあの日に作った曲でもある。

 題名は「Dear My Friend」、意味はもうそのまんま。一周目の陽介が僕に宛てた、手紙のような一曲。

「い、いいけど、今から作るの?」

「うん。ちょっと聴いただけだけど、すっごくいい曲になりそうな気がするんだ。だからその曲がいいなって」

 普段の控えめな時雨からは想像できないくらい押しが強くて、少し僕は驚いてしまった。

 自分の推しにそんなことを言われてしまっては、僕も引っ込みがつかない。

「わ、わかったよ、じゃあそうしよう。理沙と陽介は、それでいい?」

「いいよ、俺は何でもやる」「よく知らないけどカッコいいなら文句なーし」

 そういう訳で、全員の総意により「あの曲」を三曲目として仕上げることになった。

 僕が少しだけギターが弾けることに皆驚いていたけれど、それもつかの間。四人になった僕らのバンドは、ああしたらいい、こうしたらいいと曲作りに対する意見が活発に飛び交い始めていた。これも、音楽に並々ならぬ情熱を向ける陽介が皆に対していい刺激を与えてくれているからかもしれない。

 久しぶりに見た陽介の充実感あふれる表情に、僕は何かを思い出すかのように嬉しくなった。

 僕らみんなでお互いに足りないものを補い、誰一人孤独にならないように集まったこのバンドは、さらにもう一段階段を上ろうとしている。精鋭部隊の建山さんたちにも、きっとこの四人なら立ち向かえる。

 僕はそう信じてやまなかったし、おそらくみんなもそう思っている。だから必ずリベンジしてやるんだと、僕は心の中であいつらに宣戦布告した。


※サブタイトルはHi-STANDARD『DEAR MY FRIEND』

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