第十四章 ロックンロールイズノットデッド
あのときと同じ表情、同じ言葉で陽介は苦しんでいた。それで僕は思う。
やっぱりあのときの陽介は、重大な事案を一人で抱え込んでいたのではないかと。
じゃあその時僕はどうした? 陽介が大丈夫だと言うから放っておいてしまったのではないか?
あれほど「お前を二度と一人ぼっちにはさせない」と豪語したくせに、肝心なところで僕は陽介を裏切ったのではないか?
もっとちゃんと陽介と向き合っていたら、バンドをクビにされる未来なんて避ける方法はいくらでもあったのではないか? と、今になって僕は色々な可能性を考える。しかし、もうそれを確認する方法はない。
「それなら俺は、どうしたらいいんだよ……」
乙川にかかる鉄道橋の橋げたの下、陽介は悲痛な叫びを上げる。
目の前にいるのはタイムリープ前にひどい目に遭わされた相手だ。ここで彼に手を差し伸べなくても、この二周目の人生に悪い影響は出ないかもしれない。それでも僕は、ここで陽介を見捨てたら一生後悔すると思った。
だから、思い切り空気を吸い込んで、自分が出せる精一杯の声量で、今の素直な気持ちを叫ぶ。
「僕らと一緒にバンドをやろう。そして立ち向かおう、建山さんに」
「融……? お前、何言って……、正気か?」
「大真面目だよ僕は。今の僕らは陽介のことを本気で必要としているし、僕らが手を取り合わないと建山さんは止められない。だから、一緒にバンドをやろう」
陽介は思いもよらない僕の言葉に呆気にとられていた。
でも、僕の言葉に嘘はない。今の陽介を救うためには、建山さんへ立ち向かう必要がある。それは陽介一人では無理だし、現状のストレンジ・カメレオンでは力不足。
陽介に足りないものは仲間、一方で僕らに足りないものは知識を持ったブレーンであり、技量を持ったギタリスト。お互いがお互いの弱いところを補完するという点で、この提案は悪いものではない。
「……でもお前は、最初に出会ったとき俺のバンドの誘いを断った。それは、多分俺のことがどこか気に入らなかったからだろ?」
「最初はそうだったかもしれない。確かにどこかお前のことを疑っていた節もある」
「じゃあどうして」
「疑う余地がなくなったんだよ。お前ほど真面目に音楽に向き合ってるやつなんて、そうそういない。お前ほど何でもできるやつなら、僕なんかいなくても大丈夫だって、そう思っていた」
陽介は何かを言い返そうとして思いとどまった。それはおそらく、僕の言い分が彼にとって予想外だったからかもしれない。
「でもそうじゃなかった。僕はわかっていたはずなのに、またお前を一人にしてしまったんだ」
「……融?」
「だから今度こそ僕は使命を果たさないといけない。もう二度と、絶対にお前を孤独にしないって」
自然と僕の拳には力が入っていた。
「でも、そうしたらお前らが……、建山の標的になる」
「それがなんだって言うんだよ。このまま黙って陽介が朽ちていくのをただただぼーっと見てろって言うのかよ。そんなのは嫌だ。だから立ち向かうんだよ」
陽介は僕の予想外の言葉をまだ飲み込めていないようだった。彼にとってしたら、目の前に救助ロープが垂らされたような状態。しかし、精神的に追い詰められて少し卑屈になっているのか、陽介の口からは弱気な言葉が漏れる。
「他のメンバーは良いって言っているのか? 奈良原と、あと、片岡も。特に片岡にはちょっとキツく言っちゃったし……、あいつからしたら嫌なんじゃないかって……」
「らしくないな。心配するなよ。何かあったとしても、そこをどうにかするのが僕の仕事だよ」
「本当にいいのか? 俺がお前らに頼りっ放しで、何もできないかもしれないお荷物になるかもしれないのに」
「まーたそんなこと言ってさ、相変わらず陽介は一人で抱え込み過ぎなんだよ。うちのバンドでお前のできることを存分にやってくれれば、文句なんてないよ」
少し頑固な陽介の性格だが、後ろ向きな考えのときも同じらしい。でもそれならば対処法は簡単。僕が持ち前のしつこさで粘ればいいだけ。
「言っておくけど、お前が『うちのバンドに入る』って言うまで僕はここを動く気はないからね」
「……」
僕の殺し文句に陽介はついに黙り込んだ。色々な考えが彼の頭の中を巡っているのだろう。ここまでくればもう一息。
「僕は陽介が凄いやつだって知っているよ。そんなやつが『音楽に殺される』なんて言うほど苦しむとか、馬鹿げてるんだよ」
「買いかぶり過ぎだ。俺はそんなタマじゃない」
「買いかぶっているかどうか、僕らのバンドに入って確かめさせてくれよ。僕はお前の技量もセンスも熟知してる。それだから――」
最後の決め台詞を言いかけたその瞬間、再び電車が鉄道橋を駆け抜ける。
騒音が去ったあとに言おうかと思った。でも、この気持ちは熱量を持ったうちに早く言わないといけない。騒音に負けない声で僕は叫ぶ。
「――お前が積み上げてきた音楽を、死なせたくないんだよ!」
電車が駆け抜けたあとの陽介の顔は、少し憑き物が取れたような表情だった。いつの間にか彼はギターをケースにしまいこんで、その重い腰をあげた。
「……なんて言ったらいいのかわからないんだけどさ、なんつーか……、ありがとう、融」
こういうときに限って口下手を発揮する陽介は、やや恥ずかしそうに右手を差し出す。
「へへっ、どういたしまして」
僕はその手を強く握り返す。
一度失敗してしまった親友との関係をやり直す、これが新たな一歩となるだろう。
今までの十年ではたどり着けなかった、本当の友情を積み上げていく。もう、一人で苦しむ陽介の姿は見たくない。そういう意味を込めて、僕は彼へこう返す。
「おかえり。いや、ようこそ、『ストレンジ・カメレオン』へ」
陽介を説得してしばらく駄弁っていると、いつのまにか時刻は既にお昼を回っていた。
もう今日は学校に戻るのも面倒なので、午後はサボってのんびりすることにしよう。
いつも並んでいてなかなか行けないラーメン屋でお昼済ませると、陽介がたまには遊びたいということであのバッティングセンターにやってきた。
「俺、打つ方はあまり得意じゃないんからさ、いつもこっちで遊んでるんだ」
「これって、ストラックアウトゲーム?」
「そうそう。九分割された的に野球ボールを投げる的あてゲーム。昔リトルリーグのチームにいた頃はピッチャーをやってたから、こっちのほうが楽しめる」
「へえ、野球やってたんだ」
僕はすっとぼけたように返事をする。もちろん、陽介が小さい頃に野球をやっていたのは知っている。それに加えて、当時の彼がライバルだと言っていた別のチームの打者のことも、ある程度推察ができていた。
「いたいた。おーい融」
陽介がストラックアウトゲームに熱中しているのを眺めていると、遠くから名前を呼ばれた。
ふと声の方を向くと、やや早めに授業を切り上げてきた理沙と時雨がいた。声の主は理沙で間違いない。
先程僕が二人に連絡をいれて、気が向いたらここにやってくるよう伝えたのだ。もちろん、陽介をバンドに引き入れることも言っている。
「二人とも、こっちこっち」
僕は二人を近くへ呼ぶと、時雨が僕らのことを心配そうにしていた。
「岩本くん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。見ての通り、学校サボって遊ぶ余裕くらいはあるよ」
「やっぱり融はすごいね」
「大したことはしていないよ。時雨の言っていた通り、手を取るまで諦めなかっただけさ」
それがすごいんだよと時雨は小さな声で返す。その安堵の表情が不意を突くように可愛らしくて、思わずドキッとしてしまったのは内緒だ。
「しかし岩本のやつ、なかなかいいフォームでボールを投げてるな。いや、待てよ? あのフォーム、どっかで見たぞ……?」
無心で野球ボールを投げる陽介の姿を見て、理沙がぼそぼそひとりごとを言っている。すると、ちょうどワンゲームが終了したようで、陽介がブースから出てきた。
出てきた瞬間をまるでパパラッチの記者のように理沙が押さえる。
「岩本、お前もしかして、
「あ、ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」
「くっそー! お前だったのか! 最後の大会で私から三振取ってドヤ顔していたやつは! やっと見つけたぞ!」
「……やっと気づいたのか」
「岡崎北リトルと試合をしていたあの時、調子良く打てていたのに、サヨナラの場面で急にギア上げてものすごい球放りやがって! あそこで打てていたら私はっ……!」
「さすが、安城東リトルで五番打ってた片岡……いや、『扇風機の片岡』」
「くっそー! あの試合勝っていたら県大会行けたのにっ……!」
ものすごい剣幕で理沙がまくしたてる。
「まあ、まさか、女だとは思わなかったけどな……」
「なっ……! 確かにあの時から男に間違えられる事はあったけど、メンバー表にフルネームで書いてあるだろ! それでわかれよ!」
「そ、そこまで見てねえよ! ただあの時は、安城東の片岡は振り回してくるから気をつけたほうがいいかなとしか……」
突然の再会に理沙は驚いていた。
もちろん僕は全部わかっているし、実はお互いがお互いのことをライバル視して、それでいてリスペクトをしていたことも知っている。それをここで僕の口から言うのは野暮なので、このまま二人が騒いでいるのをニヤニヤしながら見守ろうかなと思う。
「なんだか楽しそうだね、二人とも」
「うん。陽介もすぐに馴染んでくれそうだし、安心したよ」
建山さんに立ち向かうためのコマはそろった。あとは、しっかりと準備をするだけだ。
※サブタイトルはサンボマスター『ロックンロールイズノットデッド』
新作やってます
こちらも青春バンドものです、ぜひどうぞ
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