第十章 Missing

「融……? どうしたの? 大丈夫?」

 時雨の声が聞こえてきて、ふと僕は我に返った。

 一周目での陽介とのやりとりを思い出して、今の時雨に重ねてしまったのだ。

「だ、大丈夫大丈夫。……とにかく、時雨が一人だけ頑張り過ぎなくてもいいように、みんなで頑張らないと大変だよってことだよ」

「ま、まあ……、確かにそうだよね。みんなで楽しくできたら、それが一番いいよね」

「そうそう。だからもっと込み入った話を理沙ともしなきゃだね」

 僕は変になってしまった空気をうまいこと元に戻す。過去を振り返るのもいいが、今必要なのは理沙がどこへ行ってしまったのか突き止めることだ。

「石本さん、ちなみに理沙と陽介はどっちの報告へ行ったかわかる?」

「ええっと、北口から出ていったのを見ただけかな。でもこの時間だと、暇をつぶす場所ってあんまりないよね」

「うん……、だから見当がつかなくて困ってる。駅の北口方向か……」

 僕は頭の中に近隣の地図を思い浮かべた。わざわざ二人で行動しているということは、陽介が主導している可能性が高い。

 陽介の行きそうなところ……、楽器屋はもうしまっているからなさそうだ。他にはスーパー銭湯……は理沙と行くにはちょっと違う。

 僕は先程の陽介との思い出がまた頭の中を過ぎった。あの日、鉄道橋の下で曲を作ったあと、ひとっ風呂浴びてから僕らはバッティングセンターへ行った。

 その時知ったのだけれども、陽介はリトルリーグのチームに入っていて、よくそのバッティングセンターに出向いていたのだとか。

「もしかして、バッティングセンターか……?」

 僕はひとりごとをつぶやく。あそこはナイター照明がついているので、この時間でもまだまだ営業しているのだ。時間を潰すのであればちょうどいいかもしれない。

「バッティングセンター……? あそこの?」

 時雨が不思議そうに聞いてくる。

「そう、あそこならまだ営業してるし、暇を潰すにはちょうどいいかなって思ってさ」

「それ、あり得るかも。理沙、小さい頃に野球やってたって言ってたし」

 時雨のその一言で僕の仮定はほぼ確信へと変わった。そうと決まれば、急いでバッティングセンターに行くしかない。

 僕らは石本さんにお礼を言って東岡崎駅を飛び出した。

 懐かしのバッティングセンターにたどり着くと、僕らが捜していた人影がそこにあった。

「理沙! よかった、ここにいたんだね」

「融? それに時雨も……? どうしたんだ?」

 理沙は缶ジュースを飲んで一息ついていた。少し汗ばんでいるところをみると、さっきまでバットを振っていたのだろう。

「ファミレス出たら急にいなくなったから心配になって探してたんだよ。東岡崎駅で石本さんに会って、理沙と陽介がどこかに行ったって言ってたから、ここかもと思って」

「悪い悪い。ちょっとあいつと時間つぶしに勝負してただけだよ。まあ、私の完勝で終わったんだけど」

 先程までの思い詰めた表情の理沙とは打って変わって、少し得意気に彼女はそう言う。陽介とのバッティング勝負で何かあったのだろうか。自然と笑みが出てきていた。。

「そういえば、陽介の姿が見えないんだけど」

「ああ、あいつか? 私が打席に入っている間にどこかに行っちゃったんだよな。そろそろ電車も動き始めそうだし、駅に戻ったんじゃないか?」

 理沙は陽介の行き先について何も知らなそうだった。駅に戻ったのであれば、バッティングセンターへ向かう僕らと出くわすはずなので、また別の場所に行ってしまったのだろう。

 一人好きな陽介らしいなと思いつつ、先程頭をよぎった過去のことを考えると少し心配になる。ただ、今はまだ高校生だから、彼はそれほど思い詰めてはいないだろうと、僕は深く考えることを避けた。

「そんなことよりもさっきのライブで私が良くなかったところ、ちょっとわかった気がする」

「そう、僕もそのことについて話したいと思ってた」

「じゃあちょうどいいな。駅に戻るついでに、いろいろ話そう」

 理沙は自分のベースが入ったギグバッグを背負うと、僕と時雨と一緒に駅へ向かって歩き出した。

「まあ、正直なことをぶっちゃけると、全然自分に自信が持てなくなっていたんだよな。時雨がすごくカッコいい曲を書いてくるし、融はストイックすぎるくらいに基礎練習に打ち込んでいる。なんだか二人に置いていかれているようなそんな感じだった」

 街灯や車のライトのおかげで全く暗さを感じない幹線道路の歩道。車の走行音でかき消されないよう、理沙は少し大きめの声で話し始めた。

「それで私は迷った。挙げ句、このバンドではもっと精密で丁寧なベースを弾こうっていう方向に舵を切りかけた」

「だからライブのときも、テンポに対してビタビタに正確なプレイをしてきたんだね」

「そう。でも付け焼き刃でどうこうできる問題じゃないよなって思って、余計に落ち込んだってわけだ」

 先程の理沙のベースは、譜面上では完璧に弾いていたと思う。元々テクニックは持っているのもあって、人生二周目の僕が驚くレベルで正確だったのだ。

 しかし、不思議なことに正確に弾くだけではバンドの演奏というのはカッコよくならない。それは多分、正確に弾くことに集中するあまり、バンドの中で他のプレイヤーの存在を見失っているからだと僕は思う。それこそ、感情を持たない機械のように。

 本来の理沙――僕がカッコいいなと思う片岡理沙は、やはり周りを巻き込んでいくそのプレイスタイルにある。時雨という引っ込み思案な天才フロントマンを前へ前へと押し出すパワフルなエンジンのようなサウンドで、多少荒っぽくても、ドラムを叩いている僕がもっと欲しいと思えるグルーヴを生み出すのだ。そこを見失ってしまうと、理沙が理沙である意味がなくなってしまう。

「でもさっきバッティングセンターで打席に立ったとき、岩本に言われてわかったよ。自分の魂を殺してベースを弾いたところで、良いことなんて全然無いんだなって」

 自信が無くなったとき、人は技術とか数字とか確実に目に見えるものにすがりたくなる。理沙は技術に頼った結果、それが自分の長所を消すという裏目に出た。彼女くらい長所らしい長所を持っているプレイヤーであれば、短所をカバーするより長所をさらに活かすほうが絶対にバンドにはプラスになる。

 僕は自分でそう思いながら、似たようなことを陽介にも言われたなと、また寂しそうな彼の姿が頭をよぎった。

「というわけで、私の悩みはこれにて解決ってことだ。二人には悪いことしてごめんな。次はちゃんと弾くからさ」

「よかったよ、理沙が自分を見失わないでくれて」

「まあな。変わることも大切だけど、変わらないことも重要なんだなって。やっと自分で自分のことを受け入れられた気がする」

 理沙はずれ落ちそうになったギグバッグをよいしょと背負い直す。

「だから次のライブはあの建山って先輩をギャフンと言わせてやろう。今度対バンしたなら負ける気しないしな」

「そうだね。もっといいライブをやろう。だから理沙に僕からお願いしたいことが一つあるんだ」

「お願いしたいこと?」

 理沙は急にそう言われ、頭上に疑問符を浮かべる。

 これは先程のライブを受けて、どうやったら自分たちのステージがより良くなるか僕なりに考えたこと。

「ライブ中のMC――要は、ステージ上で喋ること全般を理沙に任せたいなって」

「えっ、えええっ……!? い、いや、でもそれはバンドのフロントマンである時雨のほうが……」

 思いもよらないことを言われたおかげで、理沙は今までにないくらい動揺していた。無理もない。普通、ライブの曲間に喋るというのは概ねフロントマンの仕事だからだ。

 それでもうちのバンドの場合は事情が事情だ。時雨は見ての通り引っ込み思案で、歌は一級品でも喋りは大の苦手。一方の理沙は政治家の血を引いていることもあって、人前で喋ることに臆さない。はっきりシンプルにカッコよく喋る。MCを担当するならば、これ以上ない人材だ

「理沙はそう思うかもしれない。でも、僕は理沙のほうが適任だと思うんだ」

「適任って言ったって、それは……」

 理沙は時雨のほうを見る。肝心の時雨は、自分のやるべきことを理沙に丸投げしてしまう後ろめたさと、苦手分野から解放されるという安堵感が混ざった複雑な表情をしていた。

「もちろん、時雨ができるようになるのが一番いい。でも、さっきのライブを見る限り、キャパオーバーな感じは否めない。そしてなにより、時雨にばかり頼る体制というのは、僕としては避けたいんだ」

「それまたどうして……?」

「パワーバランス……と言うとちょっとニュアンスが違うかもしれない。けれども、一人に頼り切ったバンドは、どこかで孤独を生み出してしまうんだよ」

 それは一周目で陽介が潰れかけてしまったことから得た知見だ。あの大丈夫そうに見えた陽介でさえ苦しい思いをしたのだ。きっと時雨だって例外じゃない。

「……わかったよ、融がそう言うならやってみる。時雨も、歌とギターに集中できたほうが良いに決まっているしな」

理沙は賢い。僕の言いたかったことを大体理解してくれたようだ。このバンドで理沙がこの役割を担えば時雨の負荷が減る。それは同時に、バンドのウイークポイントの一つを補うことにもなる。

「ありがとう。時雨もそれでいいかい?」

「うん。苦手なところはカバーし合えるなら、それがいい。私も、何かできることがあれば頑張るし」

「そうだね。一人で全部抱えることはないから、みんなでうまくやっていこう」

 一つ課題が片付いたということで、時雨は胸をなでおろした。

 まだ予選ライブまでには少し時間がある。今日見つかった課題をクリアして、なんとしても建山さんに勝って全国大会に行きたい。

 東岡崎駅へと向かいながら、僕は次の一手を考えていた。


※サブタイトルはELLEGARDEN『Missing』

新作もやってます、同じくロックバンドものです

よろしければこちらもどうぞ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659288210606


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