第八章 スーパーマンになりたい

 ファミレスでの反省会を解散させたあと、理沙はそそくさとどこかへいなくなってしまった。

 バンドのリーダーとして僕は理沙の後を追うべきなのだけれども、お会計をしているうちに見失ってしまったのだ。

「だめだ……、電話にも出てくれない。もう帰りの電車の中かな」

「私もメッセージを送ってみたけど、既読がつかないよ」

 時雨と二人でなんとか理沙と連絡を取ろうと必死になるけれども、彼女は応答してくれない。

 すると、困っていた僕らを見ていた野口の彼女、実松さんはあることを教えてくれた。

「もしかしたら理沙、まだ駅にいるかもよ? 名鉄が事故で運転見合わせ中みたいだし」

「ほんと? じゃあとにかく駅に行ってみるよ」

「わ、私も行く」

 その一報を聞いた僕と時雨は、すぐに駅へと向かった。

 名鉄東岡崎駅は街の中心部にある駅。快速も特急も停車するため、こんなふうに運転見合わせになると行き場を失った人たちで駅の中は溢れかえる。

 駅の北口で人混みをかき分けながら、僕と時雨は理沙の姿を捜した。

「時雨、見つかった?」

「ううん、見当たらない……」

「やっぱりどこか別の場所で時間を潰しているのかなあ」

「そうかも。理沙、人混み好きじゃないと思うし」

 駅にいないとなると一層理沙を捜すのは難しくなる。この辺一帯は時間を潰せる場所がまあまああるのだ。携帯での連絡がつかない以上、カラオケボックスなんかに入られてしまってはもう手の打ちようがなくなってしまう。

「もう少し捜してみよう。北口だけじゃなくて、南口のほうも」

「うん」

 線路下の連絡通路を通り、南口から北口へと移動する。こちらはお店が少なくて、駐車場や学習塾が立ち並んでいる。南口に比べると結構静かだ。

「こっちにもいなさそうだな……。どこ行ったんだ……?」

「コンビニとかロッテリアの中もいなかったよ。ベースのギグバッグを背負ってるはずだから、結構目立つと思うんだけど……」

 僕らは肩を落とす。やはり、カラオケボックスかどこかに入ってしまったのだろうか。

 どうしたものかと頭を抱えていると、ふと誰かに名前を呼ばれた。

「しぐちゃん……? それと、芝草くん? こんなところで何をやっているの?」

 僕と時雨の目の前には、少し驚いた表情をした石本さんがいた。彼女は今日のライブイベントで僕らの出番を観たあと、すぐに塾へ行かなければならないということで早々とライブハウスをあとにしたのだ。

 今ここに石本さんがいるということは、きっと塾帰りなのだろう。

「ちょっと理沙を捜して駅の周辺を見て回っているんだ」

「ねえ美緒ちゃん、理沙を見なかった?」

 時雨は駄目元で石本さんに訊いてみた。すると、僕らは思いがけず目撃情報を得ることになる。

「片岡さんなら、岩本くんとどこかに歩いて行ったのを見たけど……?」

「陽介と? どうして?」

「さ、さあ……。それはよくわからないけど、駅がこんな状況だから、時間を潰しにどこかに行ったんじゃないかな?」

 理沙が人混みを嫌ってどこかへ歩いて行ったのなら理解できる。しかし、よりにもよって先程きついことを言われた相手とどこかへ出ていったというのが僕には不思議で仕方がなかった。

 ふと隣を見ると、時雨もなぜだろうという顔をしている。理沙と陽介という取り合わせが、今現在一番ミスマッチなのだ。無理もない。

「でも、とりあえず理沙と陽介は駅にはいないってことだし、それなら他の場所を捜しに行けば良いわけだ」

「そ、そうだね。融、どこか心当たりある?」

「うーん、そうだなあ……」

 僕は頭の中に二人のいそうな場所の候補をいくつか挙げる。

 ああでもないこうでもないと考えている間、石本さんと時雨は先程のライブについて話を始めた。

「そういえばしぐちゃん。さっきのライブ、途中で抜けちゃったんだけどとても良かったよ。新曲がかっこ良かった」

「ほんと? すっごく緊張していたからそういう感想を貰えると嬉しい」

 時雨はうっすら笑顔を浮かべる。石本さんと話しているときに見せるこの表情は、なんとなく僕を安心させてくれる。

「でも、しぐちゃん大変そうだった。曲作って、ギター弾いて、歌って、喋ること考えて……、そんなにたくさんのことをいっぺんにやるなんて、すごく負担が大きそうだなって」

 石本さんの言葉を隣で聞いていた僕は、確かにそうだよなと心の中で頷いた。

 大急ぎで曲を作って、少ない練習時間でなんとか形にして、更にはギターを弾きながら歌う。曲の合間には、気の利いたことを言わなければならない。

 いくら天才シンガーソングライター奈良原時雨とはいえ、これだけのことを完璧にこなすには時間が足りなすぎた。いや、時間が足りたとしても、これだけのことを時雨は背負わなければならない立場にある。

 時雨にかかる負担というのがこれからどんどん大きくなるのは間違いない。

 僕はふと、一周目での陽介のことが頭をよぎった。

 あいつはなんでもできた。曲を作ることも、アレンジを考えることも、ギターを弾くことも、歌うことも、その他様々なことも。

 それゆえにバンドのバワーバランスはいびつだった。僕が感じていただけかもしれないけれど、メンバーの小笠原と井出は、ほぼ陽介に任せっきり。いつの間にか陽介に乗っかっておけばまず間違いないと、考えることすらしなくなっていた。

 パワーバランスの乱れは、確実にバンドをおかしくしていく。ただでさえ一周目での時雨は自分を追い詰めて自らの命を絶とうとしてしまうのだ。今このバンドの中で彼女にだけ何でもかんでも背負わせるのは良くない。

 石本さんに言われるまで全然気が回っていなかったなと、僕は少し自嘲した。

「確かに石本さんの言うとおりだ。時雨がもっと曲を作ることと歌うことに集中できるようなバンドにならないと、これから大変になると思う」

 時雨へ進言するように言ってみる。しかし、当の時雨自身はあまり負担がかかっているという自覚がないらしい。

「だ、大丈夫だよ。私、曲を書くことも歌うことも、ギターを弾くことも大好きだもん。……喋るのは、ちょっと苦手だけど、全然これくらい平気だよ」

「平気かもしれないけど、やっぱり……、大好きなだけじゃ、いつか躓いちゃうんだよ」

 僕は声のトーンを落としてそう言う。すると、時雨は何かを察したのか、僕の言葉に言い返そうとしてやめた。

 大好きなだけでは躓いてしまう。

 それを象徴する出来事が一周目のときにあったなと、僕は記憶の奥底からそのエピソードを思い出す。


※サブタイトルはandymori『スーパーマンになりたい』


本日朝8時に新作投稿します

そちらもバンドものです、お楽しみください




 

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