第六章 Sonic Disorder

 ライブ終演後、僕らは打ち上げ――もとい、反省会として近くのファミレスに逃げるように入った。

 僕と時雨と理沙、それに観に来てくれていた野口とその彼女の実松さねまつ麻李衣まりいさん。あとは、陽介。

 とりあえずドリンクバーとフライドポテトだけを注文して、僕は大きくため息をついた。

 あまりにもそのため息が大きかったせいなのか、すかさず実松さんがツッコミを入れる。

「あれー? どうしたの芝草くん。あんなにカッコいいライブ演っておいて落ち込んでるのー?」

「い、いや……、確かに僕たちはそれなりに上手くライブを終えたんだけどね。その、いろいろ課題も見つかったわけで……」

 そう返すと、時雨もコクコクと無言で首を縦に降った。今日のライブはSleepwalk Androidが完全に支配したと言ってもいい。

 たかだか一回食われてしまったと言ってしまえばそれまでだ。ライブなんてこれから何十回何百回と重ねていくだろうから、上手くいかないことなんていくらでもある。

 しかしとても厄介なことに、そんな失敗を無視できない状況になった。ライブ中のスリアンのMCで僕らは衝撃の事実を聞かされたのだ。

「でもまさか、あのスリープなんとかってバンドまで『未完成フェスティバル』に出場するとはな……」

 僕の親友である野口が説明してくれるかのようにそう言う。すると、これまた皆が抱くである疑問を実松さんが代弁するように喋ってくれた。

「でもズルくない? この間の放課後に出場権をかけて芝草くんたちがライブバトルしたのに、何もしないで出場できちゃうなんて」

「あのなあ麻李衣、あのライブバトルは『出場権は一校につき一組』ってことになってるからやったんだよ。だから、他校のメンバーが混ざってるあのバンドは、他校の出場権を使えば出られるってことなんだよ」

「それじゃあライブバトルなんてやらないで、誰かが転校しちゃえば二組出られたのに」

「バカ言うなよ。芝草が転校できるレベルの学校なんて市内にはもう残ってないんだから無理言うなよ」

 野口と実松さんがまるで夫婦漫才のような掛け合いをする。あまりにもテンポ感が良かったおかげで、野口の僕に対する失礼な言動にツッコミを入れることさえ忘れてしまっていた。

 要するに、未完成フェスティバルの予選ライブで建山さんを擁するスリアンと、もう一度対峙することになるのだ。

 今日のままでは奈良原時雨という天才がいても、勝つか負けるかの五分に持っていくのが精一杯だろう。

 仮に負けてしまっても全てが終わりになるわけではない。また来年同じコンテストを目指せば良いし、他にもイベントはたくさんある。でも、先日バンドをやることを認めてくれた理沙の父の気が変わらない保証もないし、時雨の気持ちが折れてしまう可能性だってある。

 一周目での奈良原時雨はこのコンテストを主催するラジオ番組のヘビーリスナーだった。それも、この番組で色々な音楽に出会えていなければ、自分はこの世界に存在できなかったと言わしめるぐらいなのだ。だからこそ、僕はこのコンテストを勝ち上がりたいと思っている。

 ただでさえ、お互いがお互いを支えて絶妙なバランスで成り立っているこのバンドなのだ。こんな物語の序盤で負けるなんてことは避けたい。だから僕は内心ものすごく焦っていた。

 一方で、察しの良い実松さんは話題を変えて空気を良くしたいのか、おもむろにバッグからカメラを取り出した。

「ねえ見て見て、さっきのライブでめちゃめちゃ写真とか動画を撮ったんだけど、みんなかなりいい感じじゃない?」

 デジタル一眼レフの液晶パネルには、先程のライブでの僕らが表示されていた。そういえば忘れていたけれど、実松さんは写真部だった。

 彼女が撮った動画を見る限りでは演奏ミスはほとんどない。むしろいつもより上手にできたぐらいだ。

 バンド歴が長い僕でもこんなに綺麗に演奏しきった経験は多くない。

「うーん、ミスらしいミスもないんだけどなぁ……」

「私、緊張はしていたけど歌もちゃんと歌えたし、ギターも頑張って弾けたよ。曲の合間のMCは……、もうちょっと頑張らないとだけど……」

 時雨は自分の良かった点と悪かった点についてきちんと理解していた。

 僕が彼女の歌にケチをつけることなど絶対にありえないが、その一方でギターの演奏をやや苦手としていて相談に乗ったりはしていた。

 時雨はギターの練習を毎日欠かさず行っているので、テクニカルではないにせよやるべきことをきちんとできている。MCは練習したり、ある程度喋ることを事前に決めておけば改善できるだろうから心配していない。

 ここまで言えば大体わかるとは思うけど、僕は時雨に対して心配をしているわけではない。どちらかといえば先日からどうも様子がおかしい理沙のほうを心配していて、このライブでその心配が悪い形で表に出てきてしまったのだ。

 そんなことは僕が直接理沙に意見すれば解決に向かうと思うかもしれないが、あえてそれはしなかった。

 理沙は現状に対して必死で足掻いている。こういうとき、内側の僕や時雨から指摘をするのは悪手だ。見た目によらず真面目な理沙のことだ、仮に解決したとしても、自分はこのバンドのなかで遅れをとっていると思ってしまうに違いない。そのしこりみたいな違和感は、この先ずっと引きずることになりかねない。

 それは、十年バンドを続けた自分の経験があるから言えることでもある。だから僕は外からの意見を欲した。この場に野口と実松さん、そして陽介の三人を呼んで、解決という出口へ向かうロープを投げ入れてもらうことにしたのだ。

「ねえ、客席で聴いてたみんなは僕らとスリアン、何が違うと思った? 何でもいいから、感じたこと全部教えてよ」

 ここで僕は本題に話題を持っていく。すると、みんなライブのことを振り返って考え始めた。

「何かって言われるとなあ」

「うーん……、そうだねぇ……」

「ひいきとか先入観とかは一切無しで、なんか違うなって思ったこと何でもいいんだ」

 野口と実松さんは腕組みをして首を傾げる。

 うーんうーんとしばらくうなったあと、野口がこう切り出した。

「まあ、俺の主観だけど、やっぱり向こうは音圧が凄かったと思うよ。そういうジャンルのバンドだと言ってしまえばそれまでだけどさ」

「音圧か……。三人と五人じゃ確かに違うよなあ」

「それもあるんだけどさ、なんかちょっと足りない感じがするんだよな」

「足りない感じ?」

 野口は組んでいた腕を解いて、両手をテーブルに置く。珍しく真剣な表情で、何か重要なことを言ってきそうな雰囲気をぷんぷんに醸し出していた。

「足りないっていうのは曲が悪いとか下手とかじゃない。例えるなら、やっこさんは『五種類くらいの天ぷらがのった天丼』で、芝草たちは『シンプルに美味い白米』って感じだな」

「……例えがわかりやすいような、そうでもないような」

「これに美味いおかずでもあれば最高なのになって感じなんだよ。白米だけじゃいくら美味くても物足りない感じするだろ?」

「まあ、わからなくもない」

 僕はわかったようなわかりきってないような曖昧な返事をする。相変わらず野口の比喩にはいまいちセンスを感じない。

 しかし、欲しかった答えではないが結構重要なことのようにも思えた。うちは時雨がボーカルを兼任しながらギターを弾いていて、おまけに一人だけ。一方のスリアンはプレイに専念できるギタリストが二人いる。いくらスーパーギタリストであっても一人で同時に二本のギターを弾くことはできない。だからギタリストが二人いるというのはバンドサウンド的にも楽曲の幅広さ的も絶対的なアドバンテージである。

「私も思ったことがあるんだけどいい?」

 今度は実松さんが小さく手をあげてそう言うと、僕は視線を彼女の方へ向けた。

「もちろん。なんでも言ってくれよ」

「あのね、ライブのツカミが弱いなって思った」

「ツカミって……、要するに冒頭のこと?」

「うん。スリアンはいきなりどかーんとかましてくるけど、芝草くんたちはちょっとエンジンかかるのが遅いかなーって思った。もちろん、時雨ちゃんの書く曲は凄く良いんだけどね」

 さすが撮影を生業としているだけあって、本当にこの子はライブをよく見ているなと僕は思った。カメラに被写体を収めることをやっていると、その被写体に対する観察力も磨かれていくのだろうか。

 ライブのツカミというのは盲点だったかもしれない。曲のレパートリーが少ない以上、曲順のパターンは限られる。そのなかでベストな選択をしたつもりだったけど、彼女の聴いた感じでは違うらしい。今後制作するもう一曲について、この点を踏まえるべきだろう。

 しかしこれも良い意見ではあるけれども欲しかった答えではない。僕は若干シナシナになり始めているフライドポテトをつまんで口に運ぶ。すると、今の今まで舞台上の黒子のように黙っていた陽介が口を開きはじめた。

「……じゃあ、俺からも一点いいか」

「あ、ああ。陽介からも意見をくれると助かるよ」

「誰も言わないからあえて言わせてもらう。今日のお前らの足を引っ張ったのは間違いなくベースだよ。ひどいってもんじゃない、クソだ。それに――」

「ちょ、ちょっと陽介、それは言い過ぎだよ……!」

 思っていたよりも百倍強い言葉で理沙を酷評してきたので、僕は思わず彼を止めてしまった。そうして散々に言われた側である理沙の方をみる。

 彼女のことなので売り言葉に買い言葉という感じでケンカになるのではと思ったが、意外にも理沙は納得をした表情を浮かべていた。

「……いいよ融、そいつの言う通り今日の私はひどかった。何も間違ってない」

「理沙……」

「大丈夫。本番までには直すから。心配するな」

 理沙は弱々しくそう言う。焦りのようなもどかしさのような、なんとも言えない感情に彼女は襲われている。そういう情報を理沙の表情から読み取ることは容易かった。

 この場は、重い空気に包まれていた。

 その空気を吸い続けるのがしんどくなって、僕はすぐにこの会を解散させた。


※サブタイトルはSyrup16g『Sonic Disorder』

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