第十五章 魔法のバスに乗って

 翌日。バンド合宿へ向かう準備を整えた僕は、意気揚々と家を出た。

幸いなことに合宿施設の料金は閑散期ということで激安だった。僕らの貯金を使えばなんとかなる。学校をサボって合宿、それも男女混合と、字面だけでは絶対に反対されそうだが、案外なんとかなるものだ。

集合場所の駅前のバスターミナルについた僕は、ぼーっと音楽を聴きながら二人を待っていた。

「よう、おはよう」

「おはよう、理沙」

先に来たのは理沙だった。スキニージーンズとライダースジャケットという予想通りの出で立ちでやって来たので、僕は一周回って安心した。細身で脚も長くスタイルがいいので、お世辞抜きで似合っている。

「しかしまさか上手いこと合宿に行けるとはな」

「そうだね。僕もここまで事が上手く運ぶとは思わなかったよ」

理沙は道中コンビニで買ったらしい緑茶のペットボトルに口をつけた。

こんな感じで硬派な理沙だけど、実はコーヒーが飲めなかったりする。大概の場合、緑茶か烏龍茶が彼女の手元にはある。

「まあでも、その突拍子のないアイデアが融っぽくていいと思う。私と時雨じゃあ絶対にこんなことを思いつきやしないから」

「ハハハ、それは褒められていると思っていい?」

「もちろん」

僕は自嘲気味に笑う。

別にバンド合宿でなくても、三日間どこかへ逃げられるのであれば何でも良かった。思いついたのがたまたま合宿だったというそれだけだ。

しばらくして時雨がやってきた。いつものように少しオーバーサイズ目のパーカーを着てショートパンツとタイツを組み合わせている。耳にはお気に入りだというヘッドホンが装着されていた。

「おはよう時雨、昨日はよく眠れた?」

「うん……、大丈夫だよ」

時雨はヘッドホンを外して、呼吸を整えながらそう言う。

今日から三日間学校でトラウマの恐怖に晒されなくて済むことになったので、時雨は以前の落ち着きを取り戻していた。とにかくその姿を見られたので僕は一安心だ。

本当に心を閉ざしてしまう時というのは、部屋から出ることさえおっくうになる。でも、そうでないのであれば、また時雨は立ち直ることができる。この三日間は、大切な充電期間でもある。

「そんじゃ、揃ったことだし行こうか。もうそろそろバスも来るみたいだし」

「そうだな、案内頼むよ」

高速バスの乗り口へ向かう。

ちょうどそこには回送運転から営業運転に切り替わったバスが乗客を待っていた。荷物を床下トランクへ預けると、僕らは座席に腰掛けた。

平日の午前中。ほぼ貸し切りのようにバスの中はガラガラだ。

心地よい揺れに身を任せているうちに僕はまどろんでしまった。目的地に着くまでに起きられれば大丈夫だろうと、ゆっくりまぶたを閉じる。

次に目が覚めたのは目的地の少し手前になってから。時雨が心配して僕に声をかけてきた。

「……融、そろそろじゃない?」

「ああごめん、そうだね。次の停留所が目的地だよ、ありがとう時雨」

危うく寝過ごすところだった。もし時雨も理沙もいなくてひとり旅だったとしたらと思うと、やっぱり三人でいるのは安心する。


バスに揺られたあと、そこから三キロほど歩くと合宿用の宿泊施設がある。チェックインを済ませると、荷物を自室へ運び込んだ。

部屋はいわゆる旅館みたいな和室。お金もないので三人でひと部屋だ。

さすがに男女混合で同じ部屋に過ごすとなると色々大変なので、僕は遠慮をして窓際のテーブルと椅子のあるスペース――広縁ひろえんに陣取り、女性陣二人は八畳間を広々と使うようにした。

二人から文句を言われなかったあたり、僕は信頼されているのかそれとも無害だと思われているのだろうか。キャラ的に自分は後者なんじゃないかなと自嘲しながら、荷物を置いて練習スタジオへ向かった。

「おおー、案外ちゃんとしたスタジオじゃないか」

「レコーディングに使ったりもするみたいだからね。今村楽器のスタジオより設備充実していると思うよ」

スタジオの重い防音扉を開けた理沙の第一声は驚きだった。

部室が使えないときに御用になる今村楽器のスタジオに比べて、アンプやドラムセット、レコーディング機材も充実している。

「……これ、二十四時間使っていいの?」

「もちろんだよ、夜中も爆音オッケーさ」

極めつけはこれが二十四時間使い放題というサービスっぷりだ。周辺に民家がないので思い切り音が出せる。

加えて他に遊ぶようなところもないので、否が応でもバンド漬けの合宿が行えるという至れり尽くせりっぷり。

「……それにしても融、こんなところよく知っていたね。この合宿所、使ったことあるの?」

「えっ……?  いや、そ、そんなことないよ?  ほ、ほら、色々なバンドのブログとかSNSを見ているとそういう事書いてるからさ……」

「ふうん……」

時雨はたまに鋭い問いかけをしてくる。

実際のところ、僕は一周目のときにこの合宿所を使ったことがある。だから合宿先にここを選んだわけなのだけど、あまりにも慣れすぎていて不自然に見えたかもしれない。

今までもちょっと口が滑って危ないことがあったから気をつけなくては。


合宿所に着くなりすぐに練習を始め、気がついたらもう夜になっていた。

オリジナル曲やコピー曲を練習したり、それを録音して聴き返したり、はたまた、よくわからないセッションが始まって収集がつかなくなったり。このバンドを組んで以降、こんなに長い時間充実した練習ができたのは初めてだった。

夕食を終えたあとは、女性陣がお風呂へと向かっていった。大浴場の大きな湯船で体を休められるということもあって、二人ともなんだかご機嫌なように見えた。

二人がお風呂で何を話すのかは気になるところではあるけれど、そこに介入するのは野暮というものなので、僕は僕で静かに基礎練習でもして時間を潰すことにしよう。


※サブタイトルは曽我部恵一BAND『魔法のバスに乗って』

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