第十二章 フラッシュバック
最近バンドが楽しい。
今までずっと一人で音楽をやって来たこともあって、融や理沙と一緒に音を出せることが嬉しくて仕方がない。ずっとこのまま、このバンドが続いていけばいいと、そう思っていた。
とある日、事件は起きた。
いよいよ『未完成フェスティバル』の参加権を争うライブの告知が全校中に行なわれたのだ。部長の関根先輩はかなり念入りに準備をしているらしく、大々的に宣伝がされている。フライヤーには私たちのバンド『ストレンジ・カメレオン』と、岩本くんたちのバンド『ミスターアンディーズ』の対決の煽り文句が書かれていた。
とても目につくデザインであるので、生徒は皆興味津々。これほど関心が高いと、相当数のお客さんが来るのだろう。
ふと私は、休み時間に掲示板に貼られているフライヤーを見に行こうとした。すると、掲示板の前には見覚えのあるひとりの女子生徒がフライヤーを眺めていた。
「み、美緒ちゃん……」
「しぐちゃん……」
その女子生徒は私の中学の同級生である石本美緒だった。同じ高校に進学したのは知っていたけれど、あの事件から疎遠になっていたおかげで、彼女と会話を交わすのはとても久しぶりだ。
「しぐちゃん、週末のライブに出るんだね。ついに組めたんだ、念願のバンド」
「う、うん。本当は美緒ちゃんと組めたら嬉しかったんだけど……」
「いいのいいの、私はそんなにドラム上手くないから戦力になれないよ。それに、今はただの放送部だし」
「そ、そうなんだ。美緒ちゃん、放送部に入ったんだね」
美緒ちゃんとは話をすることすら難しいかなと思っていたけれど、意外とそんなことはなかった。昔と変わらない感じで話せることが嬉しくて、少しだけ表情が緩んでいたと思う。
「週末のライブ、観に行くから頑張ってね」
「う、うん。頑張る」
こんな風に美緒ちゃんと再び会話ができるようになったのも、融や理沙とバンドを組んで自信がついたからだろうか。期待してくれる彼女のためにも、頑張らなくてはなと私は気を引き締めた。
しかし、気乗りし始めていたそんな私をどん底に落とすかのように、心無い言葉が周囲から飛んでくる。
「えっ、奈良原、バンドやってるの? やばっ、よくメンバー集まったよね」
「マジ? 懲りなさ過ぎじゃない? 高校生になってもライブやりたがるとかどんだけ自己顕示欲高いのさ。ウケる」
いつの間にか掲示板の前には私と美緒ちゃん以外の人が集まっていた。それも、私の中学時代のトラウマを作った原因であるあの人たちが目の前にいたのだ。あの人たちは、わざとらしく少し大きな声で会話を続ける。
「どうせろくなメンバーじゃないんでしょ。噂だけど、ひとりは退学スレスレのヤンキーらしいよ?」
「ハハハ、さすがだわ。未だにロックは不良がやるものって思ってるんじゃない?」
「かもね。おまけにライブの対戦相手、岩本陽介とか無理ゲーでしょ」
「あー知ってる、めっちゃイケメンで歌上手くて動画とか投稿してる人でしょ? もうやる前から勝負決まってるじゃん」
明らかに私へ向けた悪意のある言葉だった。悲しいことに、そんな心無い言葉は無常にも周囲へと伝播していってしまう
「なになに? その奈良原って子、何かヤバい系の子なの?」
「そうなんだよねー、実は中学の頃――」
掲示板の周りがガヤガヤと騒がしくなり始める。
私の頭の中ではフラッシュバックのように当時の記憶が蘇ってきた。
辛かった日々というのは、何故か鮮明に思い出されてしまうものだ。私は徐々に胸が苦しくなってきて、涙が出そうだった。
私のその様子を見ていた美緒ちゃんが何かを言いたそうにしていた。優しい美緒ちゃんのことだから、ここにいるみんなに大きな声で反論をするかもしれない。でも、そんなことをしたら、今度は矛先が美緒ちゃんに向いてしまう。
そんなのダメだ、美緒ちゃんを止めなきゃ。苦しい思いをするのは、私だけでいい。
とっさの言葉が出せなかった私は、夢中で美緒ちゃんの制服の袖を掴んだ。
「し、しぐちゃん……?」
何も言わず私は首を横に振り続けた。美緒ちゃんも私の意図をわかってくれたようで、何も言わずに黙っていた。このまま我慢していれば誰にも迷惑をかけなくていい。私さえ耐え凌げば、あとはなんとでもなる。まるで嵐が通り過ぎるのを待つかのように、ずっと沈黙を貫いた。
しばらくして人だかりはまばらになった。なんとかしのぎきったものの、精根尽き果てた私は、逃げるように美緒ちゃんの前から姿を消した。
あることないこと好き放題言われた私の心の中はぐちゃぐちゃだった。ドロドロにうごめく自分の感情をなんとか抑えて、我慢して、ただ時間とともにその波が消えていくのを待った。でもそんなに長くは耐えられず、二限の体育の最中にダウンしてしまった。
その後はもう、何も考えられなかった。気がついたらあのときと同じように、自分の部屋に閉じこもってしまっていた。
ごめんなさい美緒ちゃん、融、理沙。私はやっぱり、ひとりでいるべき存在なのだと思います。
※サブタイトルはASIAN KUNG-FU GENERATION『フラッシュバック』より
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