第十章 ANOTHER STARTING LINE


片岡議員事務所での騒動から数日。軽音楽部の部室には、何事もなかったかのように理沙の姿があった。父である片岡議員から猶予期間を得たということで、正式に僕と時雨のバンドへ加入することになり、軽音楽部にも入部することになった。

黒染めした髪をまた染め直すことはさすがにしなかったけど、だんだん黒が抜けて若干髪色は明るくなっている。

「――ワンツースリーフォー!」

「違う違う、ラモーンズのカウントはもっと曲とかけ離れたテンポでやるんだよ」

「……それ、カウントの意味ある?」

 時雨が日直で少し遅くなるということで一足先に部室入りした僕らは、何故か理沙の思いつきで『ラモーンズごっこ』を始めることになった。

ラモーンズごっこといっても特に演奏をするわけではない。彼ら特有の曲が始まる前のカウントをひたすらモノマネするというそれだけのことだ。

しかし理沙というやつは、本当にパンクロックが大好きなのだろう。パンクのことになると目の色が変わる。ベースの腕前はかなりのものであるのに、それを必要としないラモーンズやセックス・ピストルズみたいなバンドが好きなのは、それはそれで理沙の個性が強く出ていて僕は良いと思う。

これは僕の勝手な推察だけど、彼女のクローゼットを開けたら女子高生が着ているような服はほとんど無くて、黒のライダースジャケットとかスキニージーンズとかそういうものだらけな気がする。それこそスカートなんて制服以外では着用しなさそうだ。そんな硬派な感じも理沙らしくて良い。

「……ワンツースリーフォー‼」

「そうそう、そんな感じ! 『Rockaway Beach』っぽくてすごく良い!」

「……なんなんだこの練習」

こんな感じでバカバカしいなと思いながらも、やっと理沙が加わってバンドらしくなったのは喜ばしい限りだ。

そろそろ時雨もやってくるだろうし、そうなったら真剣モードに切り替えて頑張るとしよう。

「……な、何をやってるの?」

そう思った矢先、既に時雨は部室にやって来ていた。得体のしれないものを見るようなジト目で僕らのことを見つめている。

どうやら『ラモーンズごっこ』の一部始終をを見られていたらしい。お遊びとはいえ、まじまじと見られるとなかなか恥ずかしいものがある。

「いや、これは理沙がラモーンズの真似をだな……」

「そうだ、ラモーンズは最高なんだぞ」

時雨は「ふーん」とだけ言ってギターのセッティングを始めた。まずい、もしかして機嫌を損ねたかもしれない。

すると時雨は、僕の予想に反してこんなことを言う。

「……今度は私も混ぜて」

「もちろんさ! ラモーンズは最高だからな! 奈良原もパンクロックを聴くといいぞ」

 僕はそれを聞いてホッとした。案外時雨にもそういうお茶目なところがあるみたいだ。

 改めて練習を始めるためにセッティングを再開すると、ふと時雨がひとことこぼした。

「……そういえば気になることがあるんだけど」

時雨はドラムスローンに座る僕のほうを向いてそう言う。これからのバンドの話とか、新しい曲のこととか、そんな話だろうか。

「ん? どうした?」

「芝草くん、片岡さんのことだけ『理沙』って呼ぶよね」

てっきり真面目な話が来ると思っていた僕は、時雨のその疑問に肩透かしを食らったようにずっこけた。

 でも確かに言われてみればそうだ。僕から理沙を呼ぶときだけは『理沙』、それ以外この三人でお互いを呼ぶ時は苗字呼びだ。こうなったのには理沙がそう呼べと言ったこと以外特別な理由はない。ただそれが自然になっていただけ。

「そ、それは理沙が苗字で呼ぶなって言うから……」

「……じゃあ、私も苗字で呼ばないで」

時雨はちょっといじけているように見えた。ここまできておいて自分だけ仲間はずれとか、そういうのが嫌なのかもしれない。なかなか時雨にも可愛らしいところがある。

「わかったわかった、せっかくこの三人でバンドを組むことになったんだから、もうお互い名前呼びにしようよ。それでいいかい? 時雨」

「……うん。それでいいよ、融」

その瞬間だけ、普段あまり変化のない時雨の表情が少しだけ明るくなったような気がしないでもない。スーパースローカメラでもあれば確認できるだろう。

しかしながら、やっぱり女子に下の名前で呼ばれるというのはいくつになってもドキドキする。今の僕は十六歳だけど。

「じゃあ私もそうさせてもらうかな。よろしくな、融、時雨」

「よろしくね、理沙」

 理沙はニカッと笑う。彼女にはちょっと硬派なイメージがあるけれど、さすがに時雨と比べると数億倍表情が豊かである。あの屋上でタバコを吹かしていた退廃的な理沙の姿はもうそこにはない。ただそれだけのことだけど、バンドへ巻き込んで良かったなと思える。

「……さて、じゃあ今日の練習を始めようか。みっちり練習したらマクドナルドかどっかでバンドミーティングでもしよう」

「おー」「賛成」

 二人は軽く腕を突き上げる。そのゆるい雰囲気からは、もしかしてただマクドナルドに行きたいだけじゃないのかなと思わないでもないけれど、決して悪い空気ではないなと僕は思う。

そういうことを感じ取れるぐらいにはなっていた僕は、いつの間にかこのバンドのバンドマスターになっていた。一周目のバンドでは陽介についていくだけだったけど、この癖の強い二人を引っ張って行くというのも案外悪くないなと思う。

「父さんをぎゃふんと言わせなきゃいけないしな、練習もミーティングもがっつりやらないと」

「うんうん。三角マロンパイ食べたいし」

時雨はどうやら、モンブランだけじゃなくマロンパイも好きらしい。しかし今はまだ春だ、栗のメニューは季節外れである。

「時雨、それは秋限定メニューだよ?」

「そうなの……? じゃあ行くのやめる……」

「いやいや、それは来てくれよ!」

「……冗談」

時雨はお決まりのはにかみそうではにかまない、少しだけはにかんだ顔をする。

まだ不完全だけど、やっとここから僕らの青春が始まる、そんな気がした。




 翌日、僕は未完成フェスティバルの応募を承諾してもらうために顧問の先生のところへ向かった。

顧問の金村先生は化学を担当するぽっちゃりした女の先生だ。丸みのある身体でいつも白衣を着ているので『ゆでたまご先生』とか呼ばれたりしている。そんなニックネームだけど、別に漫画を書いているわけではないし、好物も牛丼ではない。

特に厳しい先生ではないし、あまり部活に対して口を出してくることもない。普通にお願いすれば、普通に承諾してくれるだろう。と、思っていた。

「うーんとね、芝草くん。このコンテストに参加することを承諾するのは構わないんだけど、ちょっと困った事になっているのよ……」

金村先生は困惑した表情で僕を見る。すんなりと承諾してくれない事情とは一体何なのだろうかと僕は疑問に思ってしまった。

「どういうことですか……? 何か僕らに問題でも?」

「いえ……、別にあなた達に問題は無いのだけど……」

「それじゃあどうして困ったことになっているんですか」

先生はおもむろに何か書類を取り出した。それは、未完成フェスティバルの応募要項が書かれたウェブページを印刷したものだった。

「あのね芝草くん、実はこのコンテストなんだけど、この要項には『応募は各校一組まで』って書いてあるのよ」

「それってもしかして、僕ら以外にも応募したい人がいるから困っているってことですか?」

そう僕が訊くと、先生の顔からは困惑したが消えていく。まさにその通りのようだ。

「ええ、そういうことなの」

なんということだ。せっかくいいコンテストを見つけたのに、そんな制約があったなんて。

「ちなみに、僕らの他に応募したいって言っていたのは誰ですか?」

「えーっと、確か……、一年の岩本君だったわ」

先客というのはまさかの陽介だった。思いもしない名前が出てきたことで、僕は思わず驚いてしまう。なんせ一周目での陽介はこのコンテストにさほど興味を示さなかったからだ。

コンテストよりもライブ活動をたくさん行って地力をつけていくほうが大切、というのが彼のスタンスで、当時の僕もそれに概ね同意していた。

二週目になり僕が彼のバンドに加入しなかったことで、バンド内のパワーバランスが変わってしまったのだろう。その結果、陽介以外のメンバー――小笠原か井出のどちらか、もしくはその両名がコンテストへの参加を強く推し、彼を焚き付けたのだ。それでこのことには説明がつく。

しかしそれはそれで厄介だ。コンテストの応募は各校一組までという文言が規約にある以上、僕らと陽介たちで折り合いをつけなければならない。

「でもお互い一年生で良かったわね。まだ正式に承諾はしていないから、二人でよく話し合ってちょうだい。それで話がまとまったら、また私のところに来て」

先生は簡単にそんなことを言う。彼女は知らないと思うが、陽介との話し合いがうまく妥結するなんてことは無理に等しい。彼は結構我が強いのだ。これは、戦いの予感がする……。




「は? 『未完成フェスティバル』の参加権をよこせだって?」

「そ、そうは言ってないだろ……。とにかく、よく話し合えと金村先生が言うんだ」

軽音楽部の週一で開催されるミーティングの日。僕は思い切って陽介に未完成フェスティバルの参加について話を切り出した。

もちろん、陽介から返ってきたのは静かな怒りのメッセージだ。我が強い彼のことなので、これ以上建設的な対話ができるかと言われると答えは否だろう。

「そもそも俺達が先に応募しようと先生に許可貰いに行ったんだ。普通に考えて早い者勝ちだろ? 遅れてやって来たお前らがそんなこと言う資格ないだろ」

「だ、だからまだ正式に承諾されていないらしくてね……」

「そんなのお前らが取り下げれば済む話じゃないか。こっちにはそんなことしてやる義理はないんだよ」

当たり前といえば当たり前だ。遅れてやって来たのは僕らだから、それに甘んじろと言われればそうするべきなのだろう。

でもこっちだってなんとしても未完成フェスティバルには出たい。

理沙が今後バンドを続けられるかどうかがかかっているし、おまけに時雨だって珍しく我を出しているぐらいなのだ、できることならあの舞台に彼女たちを立たせてやりたいと僕は思う。

話し合いは平行線でお互いの折り合いはつきそうにない。

僕の持ち前のしつこさを活かしても、陽介から撤退の意思を引き出すのはちょっと難しいと思われた。

「どうしたんだい一年坊主、なんの揉め事?」

 ジリ貧耐久戦の様相を見せていた交渉に、割って入ってきたひとりの女子生徒。この軽音楽部の部長を勤める、三年の関根せきねかおる先輩だ。

 髪は黒髪ロングで、それをシンプルにポニーテールで纏め上げている。一周目のときは、美人で姉御肌のいい先輩だったなという印象がある。

 薫先輩は髪をおろしたほうが美人だと言う声を当時はよく耳にしたが、彼女はそれをしない。なぜなら、薫先輩は超がつくほどのヘビーメタラーで、この部で一番激しいドラムを奏でるプレイヤーだからだ。髪の毛は束ねておかないと大変なことになる。

ちなみに、十年後はこの学校に戻ってきて音楽の先生をやっている。そのメタル好きが講じて、夜な夜な音楽室からはX JAPANの『Silent Jealousy』のイントロが聴こえてくるという七不思議まで生み出したとかなんとか。

 そんな彼女でもさすがに物々しく見えたのだろうか、僕らをヒアリングして揉め事の仲裁に入る。こういう面倒見の良さは尊敬に値する。

「……なるほどね。一枠しかないコンテストの出場権を巡って争っているわけかい」

「そうなんですよ、芝草のヤツが手を引けばこんな話すぐ終わりなのに、しつこいんですよね」

薫先輩は陽介にそう言われると、今度は僕の方をちらっと見てフフッと笑う。学年も離れているので一周目の時はほとんど喋ったことなどなかったけど、どうしてかこの瞬間、薫先輩がなにかとてつもないことを考えているように見えた。そうしてやっぱり、彼女は予想斜め上の提案をしてくる。

「じゃあ直接対決したらいい。出場権を争ってライブバトルだ。それで観客に投票してもらって多い方が勝ち。出場権ゲット。どう? シンプルでいいんじゃない?」

「「ら……、ライブバトルですか……?」」

珍しく僕と陽介のセリフがかぶった。今の今までいがみ合っていたので、少しバツが悪い。

「そう! 我が校の代表として参加するわけだし、白黒はっきりつけたらお互い納得するでしょ?」

「それは確かにわかりやすいですね。でも、準備とか大変じゃないですか?」

僕は薫先輩の提案に概ね賛成だ。しかし、こういうのは会場の確保や準備、告知など大変な労力がかかる。

「まあ、そのへんの段取りは私に任せておいてよ。こう見えて伊達に部長やってないんだから」

薫先輩はノリノリだ。そういえば文化祭や定期演奏会のときもこんな感じで企画段階からテンションが高かった。おそらくこの人は、お祭り騒ぎが好きなのだろう。

「……仕方ないな、不本意だけどそれでケリをつけてやろうじゃないか」

さすがに部長の提案ともなると、陽介も乗らざるを得ない。僕としては願ったり叶ったり。陽介と千日手のような交渉をするより、ライブをやって決着をつける方が百倍マシだ。それに、うまくいけばこの三人で演奏している姿を理沙の父親に見せつけるいい機会になるかもしれない。良いこと尽くしだ。

「それじゃあライブは二週間後の金曜日。体育館はおそらく他の部活が使っているだろうから、場所は武道場でどうかな」

「異議なし」「大丈夫です」

「あとは演奏する曲のレギュレーションだけど……」

 コンテストの参加権を争うわけだから、コンテストへの応募曲を演奏するのは当然だ。でもその一曲だけではこのお祭り騒ぎ大好き部長が納得するわけがない。

「オリジナル曲と、それに加えてコピー曲も一曲演奏するのはどうかな? それなら他の生徒にもウケが良くなるだろうし」

「コピー曲ですか……」

僕は少し尻込みする。そういえばバンドを組んでから、コピー曲らしきものを演奏したことはない。――ラモーンズごっこはやったけど。

「俺は賛成。ちょうど演ってみたい曲もあるし」

陽介は意気揚々としていた。ここまでの譲歩を引き出せたのだ、これぐらいの条件は飲むしかない。

「……わかりました、そのレギュレーションでやりましょう」

 これから二週間でオリジナル曲だけでなく、コピー曲の完成度も上げなければいけない。そうなると、時間的にはギリギリだろう。でもやるしかない。これにはこのバンドの未来、そして僕らの青春がかかっている。

「よーし、じゃあそういうことで。二週間後の金曜日、楽しみにしているよ」

 踵を返す薫先輩の長い髪が、気持ちいつもより踊っているように見えた。




いつものマクドナルドの二階席。恒例のバンドミーティングが始まっていた。

「――と、いうわけなんだ」

「まあいいんじゃないか? どうせあの岩本ってやつと交渉したって日が暮れるだけだったろうし。それに、ライブをやるなら父さんに見せつけるいいチャンスじゃん」

「私もそれでいいと思う」

この間決まった事の内容を二人へ説明すると、案外あっさりと納得してくれた。そうと決まればあとは練習あるのみ。オリジナル曲は『時雨』をブラッシュアップするとして、あとはコピー曲を決める必要がある。

「コピー曲か……、私は特にこだわりはないけれど、時雨が歌うのならラモーンズじゃまずいよなあ」

「そ、それはそれで見てみたい気もするけど、また別の機会かな……」

ベースの腕前には定評のある理沙ならば、多少の無理を言ってもなんやかんや対応してくれるだろう。けど、やっぱり彼女はパンクロックが演りたいらしい。それも理沙のことだ、いざラモーンズのコピーでもやろうものなら、衣装までばっちり決め込むだろう。

革ジャン、スキニージーンズ、サングラスのラモーンズらしいニューヨークパンクスタイルな時雨を想像したら、ちょっと吹き出しそうになってしまった。一度でいいから実物を拝んでみたい。

「私は、やっぱりガールズバンドのコピーをしたほうがいいと思う。男の人の歌だと、キーを変えたりアレンジを変えたり、それだけで大変」

「確かに時雨の言うとおりだね。実際のところあまり練習時間に余裕もないし、バンドスコアそのままコピー出来る方がありがたいよね」

 勝負は二週間後。時間が限られている以上、余計な手間は出来るだけ省きたい。そうなればコピー曲は早めに決めておいて、とにかくひたすら練習するのが正攻法だろう。

 そこで、僕はおもむろにこんなことを提案する。

「じゃあこれから僕んちに来なよ。バンドスコアなら結構たくさん持っているから、その中から探そう」

すると、その言葉を聞いた二人は目を見開いて僕の方を見る。

「……あれ? 僕なにか変なことを言った……?」

「い、いや、融ってそうやってしれっと自分の部屋に女子連れ込むんだなって……」

「うん」

「いやいやいやいや! それはちょっと誤解だよ! というか、バンドメンバーで集まるぐらいしれっとやらせてくれよ!」

 何かあらぬ誤解をされているけどそういう意図は全くない。

僕が時雨の部屋に行くのもなんだし、ましてや県議会議員のお宅、もとい理沙の家に行くのもはばかられる。それならここから距離も近いから、僕の家でコピー曲探しをするのが一番良い。ただそれだけ。他意はない。断じて。


「おー、やっぱり予想通り融の部屋って感じだな」

人気バンドのポスターが貼られている壁と、漫画や小説、バンドスコアやCD、音楽雑誌が整理されていたりされていなかったりする棚や机を見て、理沙は率直な感想を述べた。

「予想通りって……、そんなに僕の部屋は僕っぽかった?」

「そうだな、趣味全開なところとか、片付けが行き届いてないところとか」

「ご、ごめんよ……、もうすこし片付けるようにするから」

普段からきちんと片付けができる人が羨ましい。整理、整頓、清掃、清潔は全ての基本だと言うから、今後はもうちょっと意識しなければ。人を呼ぶならなおさらだ。

「……時雨? そんなに棚をぼーっと見てどうしたんだ?」

 部屋全体を見回す理沙とは違い、時雨は僕の部屋に足を踏み入れるなり、CDの並んでいる棚をずっと眺めている。

ちなみに家に入った時も飼犬のペロとずっとにらめっこしていた。時雨の家では犬を飼えないようなので、飼犬に対する憧れがあるらしい。どうやら時雨には、興味があるものをずっと眺めてしまう癖みたいなのがあるのだろう。

「……ええっと、聴いてみたいものがいっぱいあるなって」

「良かったら借りてってもいいよ」

「ほんと? いいの?」

「もちろんだよ。ただし、コピー曲を先に決めてからね」

時雨は嬉しそうにコクリと首を縦に振った。僕はその小動物的な反応にちょっとドキドキしてしまう。

僕の音楽の趣味に興味があると言われると、何かこう嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちになる。でもこうやって時雨と共有できるものが増えるのであれば、それは喜ばしいことだ。

「……さて、改めて本題に入るわけだけど」

 僕は再度バンドミーティングを始めようと、二人を集めて咳払いをした。すると、議論をする間もなく理沙がこんなことを言い始める。

「それならさっき、あのバンドスコアの積まれた山から良さげなのを見つけたぞ」

理沙が取り出したのは一冊のバンドスコアだ。青地に黒で女性メンバー三人の顔が描かれている特徴的なジャケット。このバンドのアルバムは、僕も爆音で何度も聴いた。

まったく、理沙ったらいつの間に見つけ出したのだろう。

「ガールズバンド、それに三人で演奏できてみんなが知ってそうなのって、もうこれしかないと思ってさ」

理沙はそのバンドスコアの中から、キラーチューンとも言えるとある曲のページを開いた。それを見て僕は納得する。

「確かに曲もキャッチーだからいいかもね。時雨はどう?」

「うん、それでいい」

時雨も異議はないらしい。長引くかなと思っていた議論は、意外とあっさり決まってしまった。僕の部屋でミーティングをしたのが結果的に功を奏したのかもしれない。


※サブタイトルはHi-STANDARD『ANOTHER STARTING LINE』より

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