第六章 ヤンキーガール

 新入生歓迎会の翌週。僕は軽音楽部の部室でドラムスローンに座ってスティックを握って手首をぐるぐると回していた。ドラムを叩く前の準備運動だ。これは絶対に欠かせないルーティン。

 僕の目線の先では奈良原時雨がギターのセットアップをしている。家にあったから持ってきたというサンバーストカラーのフェンダー・ジャズマスターを担ぎ、ギターアンプにシールドを接続してはつまみを弄って四苦八苦していた。彼女はメカが苦手なのだろう、なかなか狙った音が出てこないみたいだ。

 普段から時雨は表情のバリエーションが少ないが、この困り顔の彼女はなかなか悪くない。ずっと見ていられる。こんな綺麗な子と一緒の空間に居られるなんて、タイムリープ万歳としか言えない。

「ねえ芝草くん、ギターアンプの上手なセッティングの仕方って知ってる?」

「えっ……、あ、はいはい……」

 僕は生返事をしてしまった。思わず見とれていたよ、とはさすがに自分が気色悪すぎて言えるわけもない。

 お分かりのとおり、晴れてというか強引にというか、僕は奈良原時雨とバンドを組むことになった。

 とりあえずはギターボーカルの時雨とドラムの僕という二人編成。デビューを目指すでもなく、モテるためでもない。青春をやり直すことが目的のバンドだ。楽しくやっていきたいと思う。欲を言えばベース担当がいるともっと盛り上がるとは思うのだけど、いかんせんメンバーが見つからない。

 原因は、先日の歓迎会で陽介の誘いを断ったことに始まる。カースト上位で軽音楽部のエースとも言える彼の反感を買ったわけだ。彼を慕う連中からは当然のように嫌われる。

 もともと僕は陽介と仲良くなるつもりがなかったから問題はない。時雨はそもそもひとりぼっちなので全く影響がない。気長に構えていれば、ベーシストの一人ぐらい見つかるだろう。

 時雨に呼ばれた僕は、ギターアンプの前に立ってつまみをいじり始める。

「えーっと、確かトレブルとミドルは十二時にして……、ゲインで歪みの量を……」

「芝草くん、ドラマーなのにギターのことよく知っているね」

 そりゃあキャリアが君より十年違うからな。とは言わない。

「ま、まあそれなりに勉強したからね。人生は勉強することばかりだよ」

「……なんかおじさんみたいな言い草だね。芝草くん、本当に高一なの?」

「こ、高一だよ。間違いなく奈良原さんと同い年だよ」

 実質二十六歳の僕に『おじさん』はかなりダメージのでかい言葉だ。時雨に悪気はないのだろうけど、ちょっと今の僕にそんなことを言うのはやめて欲しい。

 ギターのセッティングが終わると、時雨は手癖でコードをジャランと鳴らす。ジャズマスターのフロントピックアップから出る音は、丸っこいようでトゲがある、独特のトーン。これがまたたまらない。

ジャズと銘打っている割にジャズギタリストにはあまり好まれず、どちらかと言うとオルタナティブロックでの使用者が多い。僕がもしギタリストだったら間違いなくこいつを手に取っているだろう。それぐらい僕はこのギターが好きだ。時雨のお父さんが買ったおかげで今時雨が手にしているのだろうが、とても彼女に似合っていてナイスである。感謝状を差し上げたい。

「ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ、適当に音出しを始めようか」

「うん」

 時雨のこの、はにかみそうではにかんでいない、少しはにかんだ絶妙な表情も最高だ。こっちもまぶたの裏に永久保存したい。

さらに嬉しいことに、歓迎会のあとから時雨はちょっとだけ喋るようになった気がする。今みたいに『ありがとう』と言うようになったし、『おはよう』とか『またね』とかそういう挨拶を普通に交わせるようになった。僕の思い上がりかもしれないけど、時雨が少し心を開いてくれたようであればそれは喜ばしい。

僕はドラムスローンに座り直してタカタカとスネアを叩く。昨晩自宅で念入りに調整したので、ヘッドの張り具合なんかは最高だ。時雨はカポを二フレットにつけると、いつものあの曲――『時雨』を鳴らし始めた。

 アコースティックギターの時と違って、ジャズマスターの音色にはパワーがある。極力歌を活かすようなアレンジを心がけて、僕はハイハットを刻み、バスドラムのキックを踏んだ。

 楽器が変わると曲が見せる表情というものも変わる。

 時雨という言葉は本来、晩秋に時折降る小雨のことを指すけれども、今この曲はどちらかというと真夏のスコールのようだ。音の雨がざあざあと降っている。

 僕はドラムを叩きながら、この子の持つ才能というのものに改めて感心していた。アコースティックであれだけの歌を歌う彼女は、こんな中途半端なバンド編成になってもその良さを失わない。むしろ、増幅するようにも感じるのだ。

 奈良原時雨のファンである僕は期待せざるを得ない。ここに腕のあるベーシストが加わった時、このバンドがさらにどんな変化を起こすのかということに。




ある日の昼休みのこと。

「おい芝草、お客さんだぞ」

四時間目を睡眠学習していた僕は、野口のその呼びかけて起こされた。

せめて女子に起こしてもらえたら寝覚めも良くなるのだけど、野口が隣の席だから仕方がない。

「……お客さん? 一体誰だよ」

「知らないけど、なんかきれいな子」

「きれいな子……?」

 そんな子に心当たりがないかといえばそうでもない。むしろ間違いなくこいつだろうという確証がある。でも、わざわざここに来るなんてとう言う風の吹き回しなのだろうと少し困惑した。

「……芝草くん、ちょっと来て」

 やっぱり僕の目の前に現れたのは時雨だった。理由はわからないが僕をどこかへ連れ出したいようだ。クラスのみんなは見慣れないきれいな女子が、冴えない僕を訪ねて来たということでざわざわしている。

 本当なら教室で静かに昼飯を食べる予定だったけど、教室がこんな雰囲気になってしまったので外に出たほうがいいだろう。

「わかったわかった、今行くから」

 それだけ言うと、僕は出しかけていた弁当箱を持って、時雨に連れられるように教室を出た。

「一体どこに行くのさ」

「いいからついて来て」

「僕、お昼ごはんを食べたいんだけど」

「……ついた先で食べればいい。私も一緒に食べるから」

 要するに僕と一緒にお昼ごはんを食べようということらしい。シャイな時雨らしい連れ出し方だとは思うけど、余計に目立つような気がしないでもない。

 それにしてもどこに連れて行くのだろう? まさかひとりぼっちらしく便所飯とか言わないよな?

時雨は黙々と僕をどこかへ連れて行こうと先導する。いくつか階段を登った後、彼女は鉄の扉を開けた。

「……ここ」

「ここって屋上じゃないか。勝手に入っていいの?」

「大丈夫。私はいつもここに来ているけど、誰からも文句を言われたことない」

 一周目のときも立ち入ったことのないそこは、学校の屋上だった。意外にもセキュリティはガバガバで、行く気になればすぐに行ける。今日みたいに天気がいい日は通り抜ける風が気持ちいい。

「……お昼、一緒に食べよ」

「最初からそう言ってくれればいいのに」

 若干羞恥を含んだような時雨の表情は、それだけでご飯が食べられそうだった。役得だ、あまりにも役得すぎる。奈良原時雨独占禁止法があったなら僕は即刻有罪だろう。

 適当な場所に陣取った僕は、持ってきた弁当箱を開ける。中身はいつもの通り、赤しそのふりかけがかかったごはんと冷凍食品の超重量打線だ。一方、時雨のお弁当箱の中身はサンドイッチだった。卵とかツナとか、オーソドックスなものがたくさん入っている。

「それ、奈良原さんが作ってるの?」

 時雨はコクリと首を縦に降る。

「……作っちゃダメ?」

「いやいやそんなこと言ってない、お弁当作るなんて偉いなって」

「ほんと……?」

「ほんとほんと。僕なんてズボラだから、工場で働く人たちの労働力のおかげでなんとか完成した冷凍食品弁当だよ?」

 時雨は僕の弁当箱を覗き込む。しばらく見つめた後、ちょっと安堵のため息をついた。その不思議なリアクションはまるで、テレビで特集されるかわいい生き物だ。

 なんだろうこの幸せな空間は。一周目の僕は女子とお昼ごはんを共にすることが皆無だったおかげで、余計に嬉しくて仕方がない。

「それにしてもここ、すごくいい場所だね」

「だよね、私のお気に入り」

「もしかして奈良原さん……、ここで授業サボったりしてる?」

「……よく聞こえなかった」

 カマをかけてみたらやっぱり図星だった。それもそうか。僕とバンドは組んだものの、時雨はまだまだ学校には馴染みきってはいない。こういう逃げ場所の存在は大事だ。

 一周目の逃げ道を無くして思い詰めてしまう時雨の未来を知っているだけに、なおさらそう思う。そんな逃げ場所に僕を連れ込んでくれるということは、時雨なりに心を開いてくれているということだろうか。

 お弁当を食べ終わった。屋上を吹き抜ける爽やかな風のおかげでとても気持ちがいい。リラックスしようと僕は深呼吸すると、ある違和感に気がついた。

「……なんか、変な音がしない? 僕の気のせいかな?」

 金属のワイヤを弾くような音。それもギターではなく、エレキベースのような太い弦を弾くような音だった。

「それは多分、あの貯水タンクの下にいる人のせい」

 時雨は向こうにある貯水タンクを指差す。そのタンクの載った門型の足元には、確かに誰かがいるようにも見える。

「え? もしかして僕らの他に誰かいるのか?」

「いる。あの人、多分私よりもここに入り浸ってる」

 まさか時雨よりぼっち生活を極めている人間がこの学校にいるなんて思わなかった。時雨との幸せな空間を守るためにも、そこに何者がいるのか把握しておく必要がある。

 僕は立ち上がって恐る恐る貯水タンクの方へ近づいた。自分で言うのもなんだが、こんな誰もいない屋上でコソコソしているような奴だ。間違いなく不良生徒だろう。逆上して殴られる可能性もあるけど、もし殴られたら殴られたでそいつは停学になるだろう。だから、僕と時雨の幸せ空間を確保するためには立ち向かうのが正解だ。

「おいそこのお前、何をやっているんだ?」

 まるで不意打ちのように貯水タンクの物陰に隠れる生徒へ注意をした。

「……なんだお前? やんのか?」

 そこに居たのはやっぱり絵に書いたような不良生徒だった。独特なきつい香水の香りをまとっていて、髪の毛はわかりやすいぐらい金髪に染まっている。喧嘩っ早そうで、今にも拳が飛んで来そうだ。

 でも僕は、その生徒の身なりに一瞬身構えた。目の前で地べたに座っていたのはまさかの女子生徒。しかも、何故かベースを携えている。ショートヘアで金髪。ピアスも数カ所開けているし、制服は着崩していていかにもヤンキーという感じだ。

 しかしなぜか彼女には不思議と気品高い雰囲気があった。言ってみれば、優等生がわざとヤンキーの真似をしているような感じ。どこか整っていて綺麗なのだ。

切れ長の目が凛々しくて、全体的に細くてスラッとしたシルエットは女子でありながら王子様を彷彿させる。履いている靴のライン色から察するに、僕らと同じ一年生だろう。

「あっ……、いや、なんでこんなところでベースを弾いてんのかなーって」

 さっきまでの僕の勢いはすっかりどこかに行ってしまった。ビシッと言ってやろうと思ったくせに、急に口調が弱々しくなるのは自分でも情けない。

「……別に、そんなの私の勝手だろ」

「確かに勝手だけど……、こんなところでサボってたら停学になっちゃうかもだよ?」

「構わないさ。いずれ学校なんて辞めることになるんだ、そのぐらいどうでもいい」

 彼女は学校を辞める前提で話してくる。すっかり退廃的になっていて、自分の事などもうどうでもいいという感で僕の話に聞く耳を持たない。青春を棒に振っている、という表現そのものの事が、まさに行われている最中だった。

 僕としては彼女が停学になろうが学校を辞めようが、それはそれで時雨との幸せな空間を保持できるのでどうでもいい。でも、ひとつだけどうしても訊かずにはいられないことがあった。

「ちなみになんだけど、そのベースは何?」

 僕は彼女が担いでいるフェンダー・プレシジョンベースを指差して言う。セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスや、ラモーンズのディーディー・ラモーンが使用していたような、白地のボディに黒のピックガード。それを持つだけでパンクロッカーであるということを示す、まさに名刺のような一本だ。

「これか? これはただの暇つぶしだ」

「暇つぶし……?」

「空を見ているだけだと暇だからな。これで所在がないのを埋めている」

 音楽をイヤホンで聴きながら、それに合わせてベースを鳴らしていると彼女は言う。

 それにしたってなんでベースなのだろうか。ギターのほうがひとりで演奏するならできる事のバリエーションが多いだろうに。

 さすがにそんな野暮な事は訊かなかった。こんな屋上の片隅で孤独に過ごしている彼女の最後の拠り所がそれなのだと思うと、そこまで深く探りを入れたくはない。

 むしろこれはチャンスなのではないかと僕は思った。今、時雨と組んでいるバンドに欲しいものは『腕のあるベーシスト』だ。もしも、彼女にその気があるのであれば、バンドに引き入れるということも悪い選択ではない。

「じゃあ気が向いたらなんだけどさ、放課後にセッションしない? 僕、軽音楽部でバンドをやっているんだけど、丁度ベーシストがいなくてさ」

「……断る」

 あっさりと突き放された。そりゃ、僕だってすんなり上手く事が運ぶとは思っていない。そんなことは時雨の時に既に経験済だ。こういうときはねちっこくいくに限る。

「ああ、もしかして放課後忙しい系? それなら別に今日じゃなくっても――」

「今日だろうが明日だろうが断る。お前、私みたいなのとつるみたがるとか頭おかしいだろ」

僕のセリフにかぶせるように彼女は言う。普通の不良だったら僕を威圧してくるだろうけど、彼女はそうじゃない。自分の事をまるで貧乏神みたいな風に扱っている。何かしら自分自身を肯定できない問題を、彼女は抱えているのかもしれない。

「なんでだよ、ベーシストが足りないんだからベース弾いてるやつに絡みにいくのは当然だろ?」

「そういう意味じゃない。……もういい、全く、お前とは会話にならないな」

 同じようなことを時雨にも言われたなあなんて、僕はぼんやり思い出す。押してだめなら引いてみろとは言うけど、彼女の場合は引いてしまったらだめだ。なんとしても彼女のベースを僕は一度聴いてみたい。せっかく僕の前に現れたのだから、仲間に取り込めたほうがいいに決まっている。タイムリーパーと孤独な少女と不良生徒、そんな三人のバンドを組めたら、とてもエモくて青春映画みたいじゃないか。青春のやり直しがテーマであるならば、その辺のベーシストより彼女のほうが断然適任だ。これ以上ない。

「仕方がないなあ……。じゃあ、また明日出直すことにするよ」

「来なくていい。私に関わるとろくなことがない」

「それがろくなことじゃないのかどうか判断するためにも、また明日来ることにするよ」

 彼女は僕の言葉に呆れたのか、最後は返答すらしなかった。

 昼飯の続きをと思って時雨のもとへと戻ると、彼女は「遅い」とだけ言ってちょっとムッとした表情を浮かべた。僕が戻って来るのを律儀に待っていたらしい。かわいらしいじゃないか。




 次の日の僕はカホンを持参して、屋上の給水タンク下にいる彼女のもとを訪ねた。やっぱり今日もベースを抱えて、空を見上げるように座り込んでいる。

僕は時雨にも協力してもらって、無理矢理こちらからセッションを仕掛けてやろうと考えた。言葉で説得が難しいのであれば、もう実力行使しかないだろう。楽器を装備した僕らの装備を見るなり、彼女は「マジかよ」と小さく漏らした。

「誘っても来てくれなさそうだし、僕らが準備したほうが手っ取り早いかなと思ってね」

「……とんだお節介だな」

「いいじゃないか、どうせ暇つぶしなんだから」

 こんな場所でセッションをしようだなんて普通の発想ではない。冗談だと思うのが普通である。それでも僕はどうしても彼女と一曲交えたかった。

「何の曲を演る? 一応いくつかレパートリーは用意してきたけど」

「まるで私がセッションに参加するのが前提みたいな話し方だな」

「えっ……? ここまで来て演らないの?」

 僕はお得意のすっとぼけた感じで、わざと驚いた真似をする。まず間違いなく最初は断られると思っているので、ちょっとおどけたふりをしたほうが険悪にならなくて済む。

「どこまで行っても演るもんかよ。私のことなんて放っておけと何回も言っているだろ」

 やはり彼女はセッションを断った。テコでも動かないという感じだ。仕方がないので僕は時雨と二人でいつものセッションを始めることにした。楽しげに演奏しているところを見せつけてやれば、嫌でも体が反応してしまうだろうという作戦である。彼女のバンドマンの性にかけるしかない。

 時雨へアイコンタクトを送ると、彼女は二フレットにカポタストをつけたアコースティックギターを鳴らし始める。曲はもちろん『時雨』だ。もう何度も二人で演奏しただけあって、だいぶリズムの方のアレンジも固まってきた。レコーディングさえしてしまえば、すぐにでも公募なんかにデモテープを送り付けられるそんな状態。だからこそ、優秀そうなベーシストである彼女にはこの曲の良さに気がついて欲しいなと僕は思った。

時雨の歌い出しで一気にその場の空気が変わる。それまで僕らのセッションに全く興味がなかった彼女ですら、時雨の歌声には反応せざるを得なかった。それぐらい異質で群を抜いているのだ。それもそうだ。一周目では一世を風靡していた歌声なのだ。当たり前のように聴き入ってしまう。

ふと僕が気づくと、いつの間にか彼女はベースを手にして低音を刻み始めていた。エレキベースの生音は小さいが、確かに僕らの演奏に合わせるように弾いている。これは作戦大成功というやつだ。やっぱり時雨の歌は凄い。

「……あれ? いつの間にかベース弾いてるじゃん。やっぱりセッションしたかったんじゃないか」

すかさず僕は彼女に茶々を入れる。

「ち、違う! これは……、その……、手グセみたいなもんで……」

 彼女は恥ずかしくなってきたのか、だんだん語尾が弱くなる。言い訳もちょっと苦しまぎれで僕はニヤニヤが止まらない。追い打ちをかけるなら今だ。

「まあでも楽しんでくれて良かったよ。もし良ければ、今日の放課後に軽音楽部の部室で練習時間を取ってるんだけど、来ない?」

「……行かないと言ったら?」

「そうだなあ、いっそ練習拠点を屋上にしようかな。そうしたら君もわざわざ出向かなくていいだろう?」

 それはつまり、毎日こんな感じで彼女に見せつけるようなセッションが行われることだ。無視したいけど無視できない、気になり続ける状態が続くのであれば、彼女としても落ち着けなくなる。

 自分で言うのもなんだけど、こういうときに限って持ち前のしつこさが存分に発揮されるのはなぜなのだろう。一周目のあのときは何もできずにバンドをクビになっただけに、惜しいとしか言いようがない。

「……わかったよ! 行きゃいいんだろ行きゃ!」

「おおっ、来てくれるの!? それはとても助かるよ!」

 これまたわざとらしく僕は喜ぶ素振りを見せる。実際のところ嬉しいのだけど、大げさに喜んだほうが彼女の気持ちにより訴えられるかなと思ったのだ。

「……何が『助かるよ!』だよ。行かなかったら私の安息の場所がなくなるから仕方なくってことだからな!」

「ごめんごめん、別に君の居場所を奪おうって気はさらさら無いから安心してよ」

「……ったく、変な奴に捕まってしまったな」

 彼女は肩をすくめた。それでも僕らに嫌悪というものを向けているようには見えない。音楽自体は純粋に好きなのだろう。おそらくそれを許さない何かしらの事情があるはず。好きでヤンキーっぽく振る舞い、こんな屋上の片隅で佇んでいるわけではないと僕は踏んでいる。何回か一緒に演奏したらそういう裏の部分も見えてくるのではないかと、僕は大した根拠もなくそう考えていた。往々にして言葉よりも楽器のほうが感情を表現しやすいのだ。彼女の本心みたいなものがちょっとでも見えることを期待したい。

「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は芝草融、こっちのギターの子は奈良原時雨さん」

「……片岡かたおか理沙りさ。片岡とは呼ばないでくれ、苗字で呼ばれるのは好きじゃない」

彼女の名を聞いた瞬間、頭の中でなにかが引っかかった。一周目のどこかで彼女に会ったことがあるのか、それとも誰かから聞いた話の中に登場したのか、それはすぐにはわからない。でも、間違いなく僕はその名前を知っていた。

「……じゃあ理沙、今日の放課後、軽音楽部の部室で待ってるから」

 考えても答えが出ないなら仕方がない。僕はとりあえず理沙を部室に誘って、またセッションをする約束を取り付けた。


※サブタイトルはコンテンポラリーな生活『ヤンキーガール』

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