First cup 7滴目

彼女は不思議そうに尋ねてくる。

「大学の頃からずっと、先輩が僕の心の支えで心の傘だったんです。ぶっちゃけ言うと好きだったんですよ。先輩のこと。」

僕は彼女を直視出来なかった。恥ずかしくてしょうがない。ついつい彼女がいることも忘れ、頭を抱え込む。

「...なんだ。」

彼女がなにかつぶやくのが聞こえた。

「え、何か言いましたか。」

すると彼女は慌てた様子で、

「な、なんでもないよ。」

と、言うのだった。

「あ、私そろそろ帰るね。」

急に帰ろうとし出す彼女を僕はレジまで送り届ける。


マスターが彼女にお釣りを渡しながら、

「ところで住むところと働き口の目星はついているのかい。」

そう聞いた。まさか彼女に限ってそれを決めていないなんてことない...、いや、ありそうだった。なぜって、彼女が思い出したように、「あっ。」と言ったからだ。

「え、先輩、嘘でしょ。」

「やばいどうしよう、近くのホテルとれるかな。というか所持金あんまりないんだった。」

マスターも必死に笑いをこらえている。マスターはふと、

「私の管理している家に来るかい。」

彼女にそう言った。

「「え...。」」

僕と彼女の声が重なった。しかし次の言葉は全く違った。

「なんでですかマスター!あそこは静香先輩が来ては行けない場所ですよ。」

「いいんですかっ!出来ればそうさせてもらいたいです。お願いします。」

前者は僕がマスターに必死に抗議する発言、後者は彼女がマスターに賛成する発言だ。

「先輩もなんで軽率に賛同しちゃってるんですか!」

「いや、住めるところと職場が一緒に見つかるなんて好条件すぎるじゃん。あ、でも男の人が多いとちょっと厳しいかもです。」

「大丈夫だよ。男の子は柊哉くんしかいないから。男の子はね。」

マスターが爆弾発言をした。これはマスターと僕の関わった中で初めてマスターに悪魔のツノが生えているように思えた。

「えっと、男の子はってことは、大人の男性がいらっしゃるってことですか。」

彼女は恐る恐る尋ねた。

「いや、そういう訳では無いよ。ねぇ、柊哉くん。」

何故そこで僕に振るんでしょうかマスター。あなたは何をしたいんですか。

「えぇ、まぁそうですね。」

「うーん。どういうこと。」

彼女はますます頭が混乱しているようだった。

「女の子が一緒に住んでいるんだよ。隣のスナックで働いている子が三・四人程ね。」

彼女がバッという効果音がなるかと思うほどの勢いでこちらを凝視してくる。あぁ、視線が痛い。

「姫くんのえっち。」

「ちょっ、な、なんでそうなるんですか。第一マスターも説明不足ですよ。一緒に住んでいると言っても僕と彼女達の活動時間は全くの逆なんです。一緒に住んでいても会うのは、たまに僕の帰宅時間と彼女達の出勤時間が重なった時ぐらいなもんですから、やましいことは何も無いですよ。」

「なんだ、そうなんだ、よかったぁ。」

何が良かったのだろうか、僕はただ、あらぬ疑いをかけられただけなのだが。

「とりあえず柊哉くん、部屋の鍵を持ってきてもらってもいいかな。」

マスターが僕に言う。

「はい、わかりました。何号室ですか。」

マスターは何かを企んだような笑みを浮かべ、僕に言う。

「一〇二号室でいいかな。」

「わかりました。一〇二号室ですね。」

一〇二...ん、一〇二。

「マスター!一〇二号室って僕の隣の部屋じゃないですか!」

さすがにそれには彼女も驚いたようで

「えっ、」

と声を出した。マスターは追い打ちをかけるように続けた。

「嫌なら柊哉くんが出ていくかい。」

「いえ、今すぐに持ってまいります。」

僕も住む場所がなくなっては困るのだ。僕は大人しく鍵を取りにバックヤードへ向かった。鍵を持って戻ると頬を赤らめる彼女と笑顔で僕を見るマスターの姿があった。僕の頭に?マークが浮かぶ。何があったのだろうか。マスターはさらに楽しそうに笑みを浮かべ始め、

「家までは柊哉くんが送って行ってくれるから。一緒に帰って、場所を覚えるといいよ。」

そんなことを言い始める。

「マスター、それじゃ僕のお給料どうなるんですか。」

「今日は特別に定時と同じ時間でカウントしておくよ。」

ホワイト万歳。そう実感する僕なのであった。

「じゃあ行きましょうか先輩。」

彼女に声をかけて、僕はマスターにぺこりと頭を下げて店を出る。彼女も「ごちそうさまでした」と、声をかけて僕に着いてくる。僕にとって幸せな時間だった。...その日の夜は一睡もできなかったことは言うまでもないだろう。


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