First cup 5滴目
「その日も、今日はどんな死に方にしようか、なんて考えていました。そんな時でした。ふと、コーヒーの香りがしたんです...兄の淹れてくれたコーヒーの香りが。匂いをたどって足を進めるとこのお店の前に着いたんです。僕は店に入って、ブラックコーヒーをホットで頼みました。コーヒーが来るのを待っていると、マスターがふと、外を眺めて、今日は虹が架かってるなぁ、なんて言うんです。僕は到底そんなことに興味をもてる心理状況じゃなかったので、
「そうですね。」
なんて適当に返しました。マスターが淹れてくれたコーヒーは兄の淹れてくれたコーヒーと同じ味がして、自然と涙がこぼれました。そんな僕を見てマスターはこういったんですよ。
「虹ってのは、雨が止んだからって綺麗に見えるわけじゃない。虹っていうのは、雨に濡れた地面が乾いて、余計なものがない空っぽな状態で見るから、いっそう綺麗に見えるものじゃないかな。」
って。続けてマスターはこう言いました。
「心も同じことが言える。今の君は空っぽになる必要があるね。なんか辛いことでもあったんだろう?」
それを聞いた僕は、あぁ、この人なら大丈夫だっていう安心感に満たされて、自然と涙が溢れてきました。僕は泣きじゃくりました。子供らしく、ひたすらに。涙が止まった時にはもうすっかりお昼時で、マスターがナポリタンを出してくれたんです。僕はがむしゃらにそれを食べました。お代いくらですかって聞いたらマスターは、君の成長祝いだ。お代は結構、それと言ってはなんだが、君が目標を見つけたら教えておくれ。そう言ったんです。僕はマスターに一礼して店を後にしました。家に帰る時、成長祝いという言葉が頭から離れませんでした。そして思い出したんです、兄が僕に入学祝いとして一冊の本をくれたことを。僕は走って帰りました。それは必死に、そして本のページをめくっていくと、封筒が挟まっているのを見つけました。中には手紙が入っていて、兄の文字で、俺は柊哉に一つだけ勝てないことがある。それは柊哉の優しさだ。自信もって自分らしく頑張れ!そう書かれていました。その日から僕は公認心理師を目指して頑張ろうと思えるようになったんです。」
僕の話が終わると、彼女は立ち上がって、僕に頭を下げた。
「ごめんなさい。何も知らずに、酷いこと言っちゃって。」
「大丈夫ですよ、今一番辛いのは先輩だってわかってますから。僕の方こそ軽々しくに大丈夫なんて言ってすいませんでした。」
僕は頭を下げた。深く深く、誠意が伝わるように。僕が頭を上げてから、気まずい時間が流れる。
「あ、そうだ、先輩。ちょっと待っててください。」
そう言って僕は部屋を後にする。マスターの元へ行くと、マスターは全てを見透かしたように、一回り小さなアンフロパイを皿に盛り付け、僕に声をかける。
「いっておいで。」
その一言で十分だった。僕は強く背中を押された気がした。
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