First cup 2滴目

「え、もしかして静香先輩ですか!」

「うん、そうだよ、久しぶりだね。」

大学時代の先輩であり、僕の憧れだった彼女が今目の前にいるという幸せを噛み締める。

「お久しぶりですね、本当に。あ、とりあえず注文伝えてきますね。」

「はい、お願いします。」

マスターに注文を伝えるとマスターはグラスを二つ出してアイスコーヒーを二杯淹れる。

「マスター、なぜ二杯なんですか。」

マスターは紳士であった。

「久しぶりの再会なのだろう、休憩あげるから少し話してくるといいよ。」

自営業で、かつ、お客様との距離感が近いこの喫茶店だからできることなのであった。

「ありがとうございますっ。」

僕は彼女の元へ行き、

「相席いいですか。」

と声をかけると、彼女は快く認めてくれた。

「それにしても、帰ってくるなんてなんかあったんですか。」

そう聞くと彼女は髪を耳にかけて、一つの長い瞬きまばたきをした。

「うん、実は仕事でちょっとミスしちゃって。」

僕は間発入れず、彼女に聞き返す。

「理由、それだけじゃないですよね。」

すると彼女はやれやれと言ったふうにこう切り出すのだった。

「やっぱりバレちゃうんだ。大学の頃から姫くんには隠し事出来ないよね。なんでだろう。」

僕は笑顔を向けながら、

「先輩も変わってないってことですよ。」

そう返した。

「ところで先輩はどこでこの喫茶店のこと知ったんですか。」

ふと気になったことを聞いてみた。彼女は店の中をぐるりともう一度見渡すと、

「実は懐かしい匂いがしてね、その匂い辿ってきたらここだったの。」

と答える。

「懐かしい、匂い...ですか。」

「うん、姫くんがサークルの時に淹れてくれたコーヒーの匂いがしたの。」

「そうなんですね、僕はまだまだマスターの腕には敵いませんよ。」

憧れていた人に褒められ、嬉しいような恥ずかしいようなむず痒い気持ちになって、思わず自分を卑下してしまう。

「そんなことないよ、姫くんの淹れてくれたコーヒーのまんまの味だよ。姫くんみたいに淹れられないよ、私は。」

彼女に褒められて僕は浮かれてしまう。

「え、じゃあ気づいたらこの喫茶店の前だったってことですか。」

どう聞き直すと、

「うん。不思議だよね。なんでここに着いちゃったんだろう。」

僕は確信した。彼女はこの店にたどり着いたんじゃない。この店に導かれたんだ。

「先輩、席、移動しませんか。」

そう提案すると彼女はキョトンとしていた。それもそうだろう、店内には別室と見られる入口は関係者以外立ち入り禁止と書かれたシールの貼ってある扉しかないのだから。

「先輩、奥の部屋でお話したいことがあるんですよ、行きましょ。」

そう言って彼女の隣まで歩いていくと、一瞬彼女がビクッと体を震わせた。そんな気がした。彼女は、僕の指示に従って扉の奥へと入ってくれた。僕も入室する前にマスターに、

「休憩ありがとうございました。仕事戻ります。」

と声をかけ、部屋へ足を踏み入れる。マスターはいつもと変わらずニコニコと笑っていた。

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