第8話・入札者と会う。


 土曜日の早朝まだ暗き時分、俺は名神高速から中央道に入り諏訪を目指していた。この取引が上手く行けば、300万円だ。部品代・諸経費・工事代金を支払っても充分な利益がある。あり過ぎか・・・


 って言うか、俺の仕事として対応して良いのだろうか・・・

たまたま工事代金と折衝する事になったが、オークションは単なる個人売買であって俺の本職では無いのだ。

 だとしたら、税金はどうなるのだろう? 申告すべき事柄のようには思えないが、


 また、テントの事を何処まで話したら良いのか?


 デモンさんに俺が説明を受けたように、「固定」「解除」と「移譲」だけで良いのでは無いか、あとは落札者が好きにすれば良い、いやいや、これであのテントの秘密を共有できる仲間が出来るのだから、ぶっちゃけるのもアリか、


などと色々考えつつ向かっていた。

 あれからも色々なことが解った。特に衝撃的なことは、俺の意志に応じてテントが姿を変えること。あれなんか入札者が知らない方が幸せな事かも知れない夢物語かも知れないな・・・どうしよう。

 まあ結局は話の流れでどうなるか分らないぶっつけ本番だよね。



 岡谷ICで降りて、早速、下諏訪温泉に浸かった、久し振りだったが良い湯だ。その後キャンプ用の食材と酒などを準備して、待ち合わせ場所のキャンプ場の駐車場に着いたのは、待ち合わせ時刻の午後2時の30分ほど前だ。


予め俺の車を教えていて、そこまで来てくれるように言ってある。

 車は白いマツダボンゴ、サイドに「YAMAJIN HOME」と書いてあるので一目瞭然なのだ。



 少しして俺の車の隣に、独特の重低音を響かせて青いポルシェが滑り込んで来て止まった。降りたのは小柄で長髪の綺麗な女性だ。


 この人は違うだろうな、と俺は一瞥して判断した、キャンプするような人には見えない。駐車場には他にも多くの車が止まっているのだ。隣に並んだといっても入札者とは限らない状況だ。


「こんにちは。ツルギです!」

「うぇ、・・こ・こんにちは」


 ちょっと意表を突かれて変な声を出してしまった。


「どうしたんですか、ヤマジンさん、ちょっと挙動不審ですよ?」


「い・いやね、この綺麗な人は違うだろうな。キャンプするような人には見えないと思って・・・」


「まあ、お上手。ふふふ。でもねこう見えても私、キャンプ大好きなのですよ。テント担いでお山を縦走しまくりなのです」


「俺もそうです」


「知ってまーす。嵐のお山でテント張ってるって、好きなのも程がありますよ」


 軽いノリで突っ込みを入れるツルギさんは、かなり可愛い、俺の好みどストレートだ。声もかわゆく話すだけで充分に癒される。

などと妄想していたら、反対側に入ってきたのが背の高いレンジローバー、これは実に入札者っポイ車だな。


「初めまして、キャンズキです」


 彼は渋い紳士だ。年は、俺よりちょっと上、40台半ばかな。


 さらにその隣にも背の高い派手な車。ハマーが止まった。降りて来たのはパンチパーマの一目で解る危ないお人・・・


「初めまして、山道です。皆さんお揃いですね」


 って見た目より遥かに知性を感じる口調だ。丁寧だし、ペコリと頭を下げたし・・・大丈夫・だよね。「こんなもんに100万も出せるかぁ!、1万にしろ!、おらおらおら!!!」などと言って暴れないよね・・・不安・・・



「それではキャンプ場に入って、テントの説明をしたいと思いますが、それで良いですか?」


「良いですよ」

「お願いします」

「ワクワクでーす」


皆さんの同意を得てキャンプ場に入った。このキャンプ場は町営で、受付や料金などは帰る時でも良いという緩い所だ。我々は駐車場から荷物を持って適当な場所まで進んだ。


「それでは「arienn22」テントの体験会を始めたいと思います。ここで実物を見て触って購入の可否を判断して欲しいと思います。

勿論、キャンセルされても全然問題は無いです。

オークションの商品説明やSNSで話したように、このテントは作った人や国なども不明で、取説も補償も無い極めて怪しい商品ですが、あり得ないほど高性能なのも事実です。但しその取り扱いや性能云々は購入された方のみしか公開出来ません。ここまで宜しいですか?」


「はい。問題ありません」


「皆様の同意が得られたので、早速現物を見て貰います」


 バックから俺用のこれたま22を取り出すと皆が食い入る様に見てくる。


「触って良いですか?」

「勿論です、どうぞ」


 ツルギさんに渡すと皆それを覗き込んで首を傾げている。そりゃあそうだ、とても人が入れる大きさのテントには見えない。


「では拡げてみてください」

「・・可愛いい!」


 ツルギさんが拡げて10cm角のミニチュアテントが出来たると、嬌声をあげた。他の人も訝しげだがほっこりとしている。だよね・・・


「では、角を掴んで引っ張ってみて」

「きゃあ!」「うぉー」


 ぐぐぐぐぐーっと大きくなったテントに、皆が悲鳴を上げ、目が点になっている。わかるわ・・・


「22テントは2m四角です。そこまで引っ張って大きくして」

「・・・」


 3人が協力して角を引っ張っていっぱいに拡げた。


「はい、出来上がりです。中に入って良いですよ」


 おずおずとチャックを開けて皆さんが入る。俺は皆が中に入ったあとテントに手を当てて、小さく「固定」と唱えた。微かにテントが身震いして固定出来たのを確認して俺も中に入る。


2m×2mの22テントは、座るのなら4人でも余裕だ。キョロキョロしている皆の目が泳いでいて、心の動揺が分かり易い。誰も口をきかないのは、今の現象が理解出来ずに思考が止まっているのだろう。


「信じられない・・・」

「そうね。予想以上だわ。それに、なんだかとっても居心地が良い・・・」

「そうですね。あり得ないな・・、なるほどあり得んテントだ・・・」


 やっと口を開いたかと思えば予想通りの反応だ。


ふっふっふ、まだまだだよ。驚くのはこれからなのだ。


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