第4話・あり得ん!
俺はテントと引き替えにデモンおじさん家の工事を引き受けた。
たまこれテントの性能から考えて、一張り軽く十万位で売れるとみたのだ。テントは三サイズ・十五張りある。そのうちの半分七張り売れても七十万だ、充分元が取れる・・筈だ。
まあ、売れなくとも三十万円の凄いテントを買ったと思えば良いのだ。
翌日、馴染みの土建屋と現場を訪れて工事の依頼をして、頑丈な両開きの耐火ドアを発注した。これで俺の担当の仕事は済んだ、後は壁が完成後、ドアを取り付けるだけだ。
他の仕事も片付いた次の日、俺はザックを背負って山に向かった。デモンさんより、あのたまこれ22を手付けとして貰っていたのだ。これを速くフィールドで使ってみたい、その気持ちでワクワクしている。
季節は九月、折り良く台風が北上している。折良くだ、通常はこんな時期に山に行くなど有り得んが今回はテントのテストだ。その為に出来るだけ過酷な条件が良い。登山口から近くテントが使い物にならない場合に逃げ込める小屋がある場所を選んだ。
山小屋のテン場についたのは、昼前だ。入山時には雨は降ってなかったが、時折上空で「ゴー」という風の音が聞こえて嵐が近い事を教えてくれた。念のためにヘルメットを被ってきた。風で上から枝が落ちてくる怖れがあるからな。
実際、風に煽られて岩で左腕を切るというアクシデントがあった。まあ傷口自体は小さい、回りは擦り傷一面だけどバンドエイド張ってお仕舞い。
痛かったけどな・・・
たまこれのお蔭でザックは軽い、俺の持つテントで最軽量なのは1.2kgほどだが、この風に耐えられる山岳テントなら2kg弱といったところだ。それでも軽い、4シーズン・つまり冬山でも使えるそのテントは俺の最強の相棒だ。
それに比べて、このたまこれ22は薄っぺらで何とも頼りないな、大丈夫かなこれ・・・
設営場所を選んでザックからテントを取り出す。まだ雨はポツポツだが、時々吹き荒れる風が凶暴だ。まあこれが駄目なら小屋に逃げ込めばいいし。
取りあえず、まずは設営だ。テントを広げて…うげぇ、突風!!
広げたテントを速攻で持ってかれそうになる。それを堪えて無理に地面に押し付けて、
「たまこれ22、固定!」
よし、固定出来た。うん、もう風でもびくともしない、良かった。ペグも打っていないのに強風にビクともしない・・・あり得んな。
取りあえず入り口を開いてザックを放り込んで入る。
テント内は背も高くて良い感じ。外の風の音も小さく聞こえる、遮音性もあるようだ。割と明るいし、とにかく広い。2m角と言えば通常は三人用テントだ。一人なら大の字に寝転んでも余裕なのだ、つまりかなり快適だ、これが重さがたった100gのテントだなんて。あり得ん、いまだに信じられん・・・
時刻はまだ午前10時だ。台風は今夜上陸して明日には関東に抜けるようだ。今夜は此処に泊まり、今日と明日の台風一過のあと、撮影をこなして下山する。
このテントを個人である俺が売るのには、ネット・オークションしか無いだろう。ならば、動画を撮ってこのテントをアピールすべきだと思って三脚やらデジカメを持って来たのだ。
でもまあ、まずはビールだ、目的地に到着した事を祝って、ひとり乾杯。
「お疲れさん!」
ビールを飲みながら、デモンおじさんの説明を思い出していた。
”テントにはオーナーが決まっている”
あの日、拡げたテントを俺が指示して固定や解除出来なかった。それはオーナーが決まっているからだ。それはそうだ、誰でもオーナー不在のテントの解除が可能なれば直ぐに盗難や紛失の憂き目に遭うだろう。
と言う事でこのたまこれ22はおじさんから俺が移譲された。そのやり方は「移譲する」と言っておじさんから俺に手渡しだ。
”固定、解除・移譲の他にも指示は可能。それはイメージするのが第一。但し大きな変更は材料が必要”
使い方をワテはあまり知らぬと言っていたな。
これは、何というか・かんというか、やっぱりというか、そもそも移譲や固定をテントが認識するのは、テント自体に人工知能のようなものが付いていると思った方が良いのだろうな・・・。
今時スマホや電化製品だって言葉で認識するから不思議でも無い・・・ってやっぱり不思議か、イメージとか、材料ねえ・・・
具体的には、テントに対して他にどんな指示があるだろう?
設営・撤収とかか、乾燥はちょっと違うか? まあおいおい試してみよう。
・・・寝てたな。
時計を見るに1時間ほど寝ていた。登山の疲れがビールの安堵で解放されたな。
11時か。少しだがテントが揺れている。雨音も少し聞こえるな。それにしても快適だ。外が嵐だとは思われないほどだな。ちょっと動画撮ってから昼飯の準備をするかと、チャックを開けた。
「ゴオーーー、ザッザッザー」
げっ! 暴風雨じゃん、木々が獅子舞のように揺れているし、地面は川のようになっていて、そこに降り注ぐ雨で盛大に白い水飛沫が跳ね上がっているじゃん!!テント表面に流れる雨の流れが怒濤のようだし・・・
閉めた。
・・・平和だ。外は暴風雨なのに、テントの中はその騒音があまり聞こえない・・・
遮音性か? 良すぎだろ。 あり得ん・・・
耐水性は?
天井に壁面、ついで底面を手で触れてみるがサラッサラだ。湿りの欠片も無い。勿論グランドシートなどしてないぞ・・・
軽量さでテントを選んだのに重いグランドシートを持って行く変態趣味は俺には無い。「テントが長持しますよ」とショップは言うが、そんな物無くても数十回のテン泊では何とも無いからな・・・
そうだ。動画撮っておこう。
デジカメ準備して撮影。
「はい。テント内部です。実は今、台風が来ていまして外は暴風雨、ところがテント内は御覧の通り、遮音性抜群の上に耐水性も問題無いようです。ま、一晩経過でどうなるかは分かりませんが、こうご期待。さて、外の様子を見てみますね」
ナレーションを入れてテントを開ける。当然暴風雨だ。恐ろしい勢いで木々が揺れている。
「あっ!!」
俺はドキッとした。風で枝が折れて飛んで来たのだ、それがあっという間にテントに直撃!
テントが揺れた!! まずい!
ん・・・、当たった、当たった筈なのに、生地に損傷は無い。破れて当然の勢いだったぞ・・・あり得ん・・・
「木の枝がテントに当たりましたが、中から見て損傷は無い様です」
取りあえず撮影を止めてヘルメットを被った。いつまた枝が飛んでくるか解らんからな、頭を直撃すれば終わりだ。
そこで俺は新たな事実に気付いた。
入り口が濡れてない! あんだけの豪雨なのに! 何でだ??
このテントはシングル・ウオール、つまり雨の場合、入り口を開ければ容赦無く雨が降り込む。こんだけの豪雨ならば底面に水が溜まっていてもおかしくない。
ところが、入り口は水が溜まっていない。サラッサラだ。
もう一度入り口を開ける。紛れも無い豪雨だ。しかし、何と!!
雨はテントの中に入らずに、入り口が閉まっているかのようにテントのスロープに沿って流れて外に落ちている。
・・・・・・あり得ん。
俺は思いっきり腕をつねってみた。
痛ってえ!
・・・えっ、そこで又、気付いた・・
岩に擦りつけた左手の傷!
「直ってる。って、あーり得ーんー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます