第2話・怪しい顧客
仕事帰りの俺は、馴染みの洞窟居酒屋に寄って変な物を見つけた。
「たまこれ22」というミニチュア?テントだ。これが手で引っ張ると「ぐぐぐぐー」と伸びるのだ。
これは手品か、マジックか? ともかくアンビリーバブルだ。
ただ袋の裏には何も書いていない。サイズ・性能・材質・メーカーも使い方など何も記載が無いのだ・・・・・・
けったいなおっさんが持って来たと言ったな。何処かのブローカーかセールスマンか・・・そいつは一体どこで仕入れて来たのだろ、そしてなんでこんな場末の居酒屋に置いて行く・・・
これは完全なバッタもんだろうか? 何の補償も無く一度使えば破れて終わりのパターン、安物買いの銭失いだ。
だが、何か凄え違和感がある・・・・・・
テントが横に広がるのは分かる。キャンピングテーブルの脚がそうだ。縦に伸びるのは、ワンタッチ・テントもそうだ。予め折りたたんであった部分がポンと立ち上がるのだ。
だけどこいつは、縦横が無段階に伸びるのだ、中に仕込んでいるポールやテントの生地そのものが伸びている・・・・・・
そんなアホな。
だがそれが目の前で起こっている。伸びて縮んでまた伸ばす。確実に生地が伸び縮みしている・・・そんなバナナ、いや馬鹿な・・・
「それ、興味アルか」
「おわっ!」
後から急に声を掛けられて驚いた。そこに居たのはでっぷりとしたどんぐり体型のおっさんだ。黒い服に体型に似合わぬ小顔、やけに大きな目が垂れている。
(笑うセールスマンだ・・・)
と俺はすぐに分かった。と言う事はこれを持って来た人だ。まずい・・・
「済みません。勝手に触ってしまいました」
「いいあるよ。あなた職人さんアルか?」
と聞きながら笑うセールスマンはおっちゃんの方を見ている。頷いたおっちゃんを確認して、俺を見て笑った。それはちょっと不気味な笑いだ。
何だろう? 背筋に寒気が走ったぞ・・・・・・
「それ欲しいアルか?」
「あ・ああ、欲しいがもっと見てからだ。それに値段次第だな」
「大丈夫。それは仕事と引き替えね」
ん、何が大丈夫なのか? それに仕事と引き替え?
「どんな仕事だ?」
「大工の仕事ね。丈夫な壁とドアを作って欲しいアル」
「場所は何処です?」
「すぐそこ、隣アルね。見に来るか?」
ここに隣ってあったかな・・・・・・
「山ちゃん、ほらこの間の大雨で崩れたとこ。あそこにこの人が住んでいるらしい・・・」
そういや、ここから50メートルほど離れた所が崩れて、ポッカリと洞窟の様な口が開いていたっけ。あそこも防空壕の跡なのだろうか・・・え・あそこ?
あんな所に人が住んでいる??
まあ、洞窟屋のおっちゃんもここに住んでいるもんな。とは言ってもここは、おっちゃんが来る前も別の店だったらしいので実績があるが・・・・・・
「まあ、出来るかどうかは見てからだな」
「分かった。なら案内するアル」
笑うセールスマン・・いやお客さんならそれでは失礼だな、ドングリおじさんと呼ぼう。その後について行く。
この人の背は小さく頭越しに前が見える。足は短いのにせかせか歩くもんだから、はっきり言って小走りになっている。その後を大股で俺がついて行く。なんか人の目が痛い・・・この絵柄はどうなんだ?
「むう・・・」
前にこんもりとある土砂が崩れた跡だが、そこは四角いコンクリートで出来た空間だ。奥もあるようだが、立て掛けた煤だらけの竹?で見えない。防空壕の跡?、そんでこのドングリおじさんが土地を持っているのか?
まあ、そんな事は俺にはどうでも良い。
「ここに丈夫な壁と頑丈なドアを付けるアル。出来るか?」
「ん、ああ、メモするから待って」
縦横と目検討で計り、図を書いてゆく。これが俺の仕事の基本だ。概算の見積りを取るための資料だ。
「縦3メートルに、横4メートルと、ほんでもって、ここいらにドアがあってと・・・窓はいるか?」
「マドは要らない。外は目立たぬように、コンクリート?でヨロシ」
「ならば鉄筋組んでコンクリートで、ドアは耐火の頑丈なもので・・・予算は・・・30万くらいか。うむ、テント一つでは無理だな・・・」
「テント一つでは無いアル。あれ全部と引き替えアル。あなたあれを売って金に替えるヨロシ」
「あれ全部・・・、まあ少し考えさせてくれ。では、おっちゃんの所に戻ろう」
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