たまこれ22

kagerin

1章・魔法のテント

第1話・洞窟居酒屋



「ふいー、今日はここまでだな。よし帰ってビールだ」


 ちょっと早めにその日の仕事を切り上げた俺は、作業場に車を入れると近所の知り合いの店に足を運んだ。そこは弁当屋のカウンターと外に置いたテーブルで飯を食って酒を飲める『洞窟居酒屋』という変な店だ。


店の中はごく普通の広めの食堂のレイアウトだ。

スペースの半分にテーブルと椅子が置かれた飲食スペースで、もう半分は色んな商品が陳列されているお店スペース。二つのスペースは通路で区切られており、通路の正面に厨房、その奥が住居となっている。

厨房の前のカウンターには食べ物と食器類・冷蔵庫が並び、客がそこから飲み物と食べ物(つまみ)を適当に持って来るセルフ方式だ。



暖簾を潜り厨房のおっちゃんに挨拶をして店に入ると、お店スペースの端に変な商品がある事に気付いた。

実はこの店の内装は俺が手掛けた。そんなこんなで洞窟屋のおっちゃんとは親しい間柄だ。飲み過ぎて泊めて貰ったこともある。


(新手のバッタもんか・・・)


洞窟屋のおっちゃんはバッタもんを仕入れるのが好きなのだ。

陳列してある色んな商品の中には訳が分からん物も多い。実はそれを見るのもこの店の楽しみ方の一つだ。

バッタもんには倒産品・型遅れ品・余剰在庫処分品など真っ当な物から、素性の怪しい物(密輸・盗難・品質詐称・コピー物・規格外品など)やありとあらゆる品物があり、おまけで貰って数十万円で売れる、なんて事もありうるのだ。


 おっちゃんはそういう物を好んで仕入れる。当然失敗も多いが、中には利益を出す事もあるらしい。また誰かが持って来て値段を付けて売るなんて委託販売もしている。おっちゃんは売れる売れないより、単に妙な物を並べるのが好きなのだろう・・・



 それは幅60センチ・高さ1.2メートルほどの陳列台に、横3列、縦3列のフックに並んでいる商品の一つだ。穴が並んだ台はホムセンなどで商品を陳列する良く見かける物だ。

 一番上の列に、「たまこれ22」「たまこれ33」「たまこれ44」と並んでいる。それぞれ5つほど吊されている。


俺はその中の『たまこれ22』を取ってまじまじと見た。絵柄から見て、どうやらテントらしい。

だが、小さい。片手に乗るそれはテントとしてはあり得ない大きさだ・・・

どこにもミニチュアなどと書いては無く、大きさの表示も無い。


 包装をそっと開けた。袋は貼り付けじゃ無く元に戻せるタイプだった。

そっと取り出したミニチュアのテントは、手の上にぺたっと乗った。大事な事だからもう一度言う、ぺたっと乗った。


それを起こして、角をちょっと引っ張ると立体になった。10センチ四角の可愛いドームテントが出来上がった。ポールも内蔵していて綺麗に張れている。


その可愛さに俺はほっこりした。


(・・・拡げてみるか)


 テントの対角線を持って引っ張って見る。


(おおおおお・・・嘘だろ・・・)


 そのまま何気なく対角を引っ張った俺は背中がぞわぁっとした。


 引っ張れるのだ。引っ張ると全体が大きくなる、高さもぐんぐんと同じ割合で上昇してゆく。


「何だ、これは! 」

と髪の毛が逆立つくらい驚いて、思わず大きな声を出した。


 急に声を出して気まずくなった俺は廻りを見回したが、幸いな事に誰も気にしてなかったのでホッとした。と言うかまだ客がいない。


 ビビって思わず元に戻したテントをじっくりと見る。

緑色のドームテントだ、小さいがしっかりと作られていて、何処にも生地の弛みは無い。入り口のジッパーを指先で押すと開き、中にしっかりとメッシュ生地もある。後にも通気窓がありメッシュ生地が張られている。


(これ、何処まで伸びるのだろう・・・)


 再び両手の指で端っこを摘まんで引っ張ってみる。


『ぐぐぐぐぐ-』とテントは両腕いっぱいまでスムーズに伸びた。いや、音はしていないよ。

幅だけで無く、高さも同時に伸びてゆくのだ。これ以上は手に持った状態で伸ばせない。下に置けば出来るだろうが、床に置けば汚れる。まだ買ったわけでは無いのでそれは流石に拙い。


 縮める、元の大きさ約十cm角になる。それ以上は縮まない。それを両手の指で畳むと『パタン』と平べったくなり包装袋に入る。


「どや、変わったものやろ」

と洞窟屋のおっちゃんが声をかけてきた。


「おお、ちょっとビックリした。新しいバッタもんか・・・」

「いんやぁ、それは違う。何やけったいなおっさんが来て置いていったのや」


「けったい?」

「おう、太ったどんぐりのような、笑うセールスマンに似たおっさんやったで」


「どんぐり・・って、おっちゃんよりもか?」

「何言うてる。わいはスリムやないかい!」


 と言って、おっちゃんは息を吸って頬を窪ませる。

 どこがスリムやねん! 胴回り1m越えてるドングリ体型そのものだろう! それに頬を窪ませてもでっかい骨格は変わらんねん。


 まあいい、それはいいねん。


「委託販売か、値段が付いてないのは?」

「そや、まだ値は決めてないのや。あとで来ると言ってはったし、もうじき来るやろ」


洞窟居酒屋は大阪府の枚方市という町にある。

「まいかたし」じゃなくて「ひらかたし」だよ、間違え無きように。その住宅街の外れにその店はある。造成した住宅地の端は、壁の様な急傾斜の地形で下に道路が通っている。

急傾斜の壁と道路の間が狭い平らな土地になっていて、そこにあるのが洞窟居酒屋だ。店は山にめり込むように建っていて、どうやら戦時中の防空壕の跡らしい。

だから正面からパッと見た感じが、結構変なのだ。「洞窟居酒屋」とは言い得て妙に納得できる名前なのだ。




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