第9話 アウシュビッツ行きの汽車に揺られながら

今でも心のどこかで貴方を信じている・・


『過ぎ越し祭』は 歌うよ

過ぎ去りし過去の歴史、繰り返される悪夢を

熱に浮かされた人々には、過去からの賢者の声も先読みの巫女の悲鳴も

届かない…


古い記憶の声など聞こえない 学ぶ者などなく

さまざまな形で繰り返される悪夢

いつでも、だれかが屠ほふる為の生贄いけにえの羊達を捜している


互いを憎む為の理由を捜している

その悲しみゆえか 憎しみゆえか それとも?


純朴で優しかった彼らの心を凍らせて 変えてしまう

あるいは静かなる恐怖に沈黙する…


私は貴方を信じていた あの日、あの時までは・・


貴方はドイツの没落した小貴族の息子、誇りたかいドイツ貴族の血を引く息子

私は町でちょっとは名の知られた店のユダヤ人の娘


幼い私達はこもれびの中、大きな樹の下で約束を交わす


淡い初恋 幼い恋


その約束の証にと

彼の大事な宝物、大昔のローマ皇帝の銅貨を

2つに割り、ペンダントにした。


慈悲ぶかき五賢帝の1人のコイン


今でも心のどこかで貴方を信じている・・


貴方は ダレカノ悪夢にトラワレテルダケ・・



時代は狂気に満ちたあの男を選んだのだ アドルフ・ヒットラー


ユダヤ人を憎んだ ナチスの総統


人々は熱に浮かれたように彼を信じ、言うがままだった



ユダヤ人ただそれだけの理由・・


異邦人として招かざる客人としてこの国から追われて行く…

追い詰めらて やがて終われてゆき

ユダヤの黄色いマークを服から剥ぎ取り、バックに荷物を詰め込み


夜霧に紛れ、国境を目指す。


私を隠すはずの夜霧はまた 追跡者の気配も隠す

私の腕を掴む軍人の手 それは貴方だった


私だと知っていたのに貴方は笑って 軍に突き出した。


それは信念の為? 彼らが言うように

貴方の家が没落したのは私達ユダヤ人のせいだと…?


この国が病んでしまった、その原因は・・

悪いのはすべて私達のせい?


彼は寂しく微笑んで私の耳元でささやく

なんの心配もいらない あそこは暖かな食事も寝床も確保されてるから



君がユダヤでなかったら・・ずっと傍にいられたのに…

彼は確かに 信じていたのだ 私に与えられる暖かな食事と寝床も・・



軍の列車に詰め込まれ、私は彼がくれたペンダントを握りしめる。

収容所(アウシュビッツ)向かう列車に揺られながら…



時が過ぎ、誰が呟く 屠られた(ほふられた)人々、戦争の悲劇に翻弄された人々 さまざまな戦争の傷痕にあえいでいる 悲劇は次の悲劇に続いている。



どうぞ 人々に 神さまの祝福と慈悲がありますように




※フイクションを含みます・ご留意くださいませ


過ぎ越し祭・・・古代にユダヤ人達が迫害から逃れたことを忘れない事を祝う祭り(イーストなしのパンなどで祝う)

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