第2話 線が三つで三角形

『凛太郎。――お前さー、お金は好きか?』


 バイト帰りに夜道を歩いている時、5年振りに声を聞いた旧友の発したセリフに、俺はすぐさま通話を終えようとした。


 俺と光くんの付き合いは長い。

 それこそ18歳で光くんが入隊するまでは良くつるんでいた。


 だが、お金と言われた瞬間。俺は嫌な予感がして通話を切ろうとしたんだ。

 ①突然、旧友から電話がかかる。

 ②昔を懐かしむ。

 ③何故かお金の話になる。

 この3連コンボは良い事はない気がするからだ。


 俺は通話を強制的に終えようか、一声かけてからにしようか迷っていた。


『――凛太郎。勘違いしてそうだから言うけど、楽して稼げるという話ではないんだ。それこそ、を張ってもらう事になる。だから、少しだけ俺の話を聞いてくれないか?』


「う、うん? う、うーん――」


 俺は渋るように返事を返した後、結局光くんの話を聞くだけ聞いたのだった。


 光くんから聞いた話を要約すると…。


 ・光くんは自衛官を退官していた

 ・動画配信を生業としてお金を稼ぎたい。しいてはメンバーを探している

 ・普通の配信とは一線を画すことになる。


 俺は正直言われた内容にピンとこず、大きく首を捻るばかりだったが、詳細内容について飯でも食って話さないかと言う光くんの説得じみた言葉に負け、疑心暗鬼ながらも渋々会う約束をしたのだった。



 光くんの電話があった日から数日後、俺は指定された場所に向かったのだが…


 俺は会合場所に指定された老舗料亭しにせりょうていの格式の高さと言うか、おもてなしの凄さに「お金の事は大丈夫」と言われていたのだが、少しだけ心配になってしまうのだった。


 そして、客間に通された俺はそこでようやく光くんの顔を5年ぶりに見たのだった。


「久しぶりだな、凛太郎。適当に座ってくれ」


「あ、うん」

 

 久しぶりに光くんの顔を見たが昔に比べ体はガッシリとしているものの、優し気な顔の雰囲気は全く変わっていなかった。少しだけ微笑みそうになるが、急に視界に飛び込んできた異物に、この旅館は性的なサービスが可能な施設だったのかと錯覚を起こしてしまいそうだった。


「なんでお前が、ここいんの?」


 光助の横にいたピンクのジャージに身を包む金髪の女は、凛太郎に顔を合わせるとダルそうに右手を上げるのだった。


「おっすっすー、凛太郎」

 

 久しぶりに聞いたゴミクソ女の見ため通りの軽そうな声とセリフにゴミでも見るかのような視線を浴びせてやるが、いつ見ても服の中で生物でも飼っていそうなクソデカおっぱいには眼福と言う言葉しか浮かばない。

 俺は暫く絶句と言う振りのガン見をした後、光くんに顔を合わせた。


「……光くん。なんで、ぷーこがいんの? なに、グラビア撮影?」


「ふふっ。相変わらずだな、お前。やっぱり誘って良かったよ」


 笑う光介と舌を出すぷーこだったが、凛太郎は訳が分からないと言わんばかりにしかめっ面を浮かべ大きく首を捻ったのだった。

 

 少しだけ昔を懐かしむように皆が近況報告と世間話をした後、光介は一冊の資料とノートPCを机の前に出すと、皆を集めた理由を少しずつ話し始めた。


「動画配信で金を稼ぐという話は二人にもしたけど具体的な方法を今から話すよ」


 光介は二人を交互に見つめた後、一冊の資料を開く。


「知っているとは思うけど、今は封鎖されている半径50Kmの環境育成型動物実験施設『シルルパーク』。――生物が巨大化して大問題になっているって言うのは知っているよな?」


「知らない人はいないんじゃない。連日連夜叩かれてんじゃん? 中の状況は全然報道されないし余計怒れてんじゃん」


「うん。あおい、ぷーこが言った通りお茶の間を賑わしているけど、報道規制されているせいで未知の閉鎖空間になっている。そこで―――」


 俺もシルルパークの事はもちろん知っているけど、嫌な匂いがプンプンするどころではない。光くんが次に発する言葉がわかってしまうだけに、俺の右足は出口に向かい伸び始めるのだった。


「―――ここに忍び込んで、俺達で動画を――」

「――捕まるよっ!! 光くんどうしたの?!! 陸自で頭に爆弾でも仕掛けらたの?!」


 俺は右足を出口に向けながらも、勢いよく後ろを振り返ると光くんに苦言を叫ぶが、光くんの顔は依然変わらぬ笑顔だった。


「ふふっ、普通そう思うよな凛太郎。――でも、捕まらないどころか、むしろ金が手に入るんだ。――説明するから聞いてくれ」


「う、うん。――でも、ヤバいと思ったら帰るからね…」


 眉を八の字に垂らした凛太郎の顔を見て、光介は静かに頷くのだった。


「実はとある組織、って言えばいいのかな? まあ、通称をネームレスとしようか。そこからシルルパークの動画撮影を依頼されてるんだ」


「そ、それって…マスコミとか――」

「――違う違う。言ってしまえば政府とグルなんだ。…パーク内で動画配信して世間に流し、勝手にお前らが忍び込んだ事にして欲しい。その代わりお前らは捕まえないし、むしろ金を払う。って話なんだ」


「えっ? 何それ? 何の意味があんの? 世間に叩かれ過ぎてとち狂ってんの?」


「うん。実はだな凛太郎。――二人ともこれを見て欲しい」


 光介はノートPCを開くと、シルルパークの全容と中の構造図を二人に見せるのだった。


 光くんから伝えられた内容は関係者しか知らなそうなヤバい情報ばかりだった。


 ・生物巨大化は政府が意図的に行った(輸入停止に対する食糧難を見越しての事)

 ・パーク内の生物は全部食える

 ・事実成功している為、世論で言う生物皆殺しとかはやりたくない(保護団体もうるさい)etcエトセトラ

 

 だから――

 お前らが忍び込んで――

 巨大生物の安全性【生体観察及び人慣れ飼育ミッション】

 巨大生物の対処【危険生物の討伐及び試食ミッション】などなど…

 要するに巨大生物の有用性を示せ。


 そして、面白おかしく配信し、人気配信者となり、発言力を高め、世論を分散した上でひっくり返せ。


 正直無茶苦茶な内容に俺の開いた口が閉じる事は無かった。


「どうだろう?」


「………」 「………」


「光ちゃん。お金は?」


「ああ。月の給料は一人当たり50は出るし、ミッション1回あたりの報酬、いわゆるボーナスは百万から一千万位。後は投げ銭、広告収入、メンバーシップ…動画収益は全部こっちのものだ」


「いいじゃーん。分かんないけどお金いっぱい稼げそう」


「いやいやいや! 観察は良いとして討伐は無理でしょ?!!」


 俺はPCに映る馬鹿でかい生物を見ながら光くんに反論する。光くんから返答が返ってくる間にも、俺の視界にはPC画面に流れる生物のデータがチラ見えするのだが…、全長3m、5m、10m、20m? 陸クジラかな? 

 俺は呆然とPC画面を見つめた後、無理だと首を横に振るのだが、光くんは俺に顔を合わせると不敵に微笑んでくるのだった。


「いや、3人ならできる。――簡単に俺達の役回りを説明する。――まず凛太郎は機動力。生物の引き付けだな。生物の生態行動を把握したり、疲れさせたりかな?」


「………」


「ぷーこは視聴者の惹きつけ。及びを生かした観察と指示」


「おっけおっけ。エロイ衣装で視聴者悩殺して、生物見とけばいいんでしょ?」


「うん。簡単に言えばそう。――そして、討伐時は俺が銃器等で止めを刺すって感じ」


「………ねぇ、光くん。俺きつくね。死んじゃわね。踏みつけられて外国のアニメみたいにペラペラになりそうなんだけど……光くんが遠くからロングスナイプしなよ」


「いや、殺戮するだけの配信だと意味はないんだ。――それこそ面白おかしくじゃないと。それに超巨大生物は銃器では一発では倒せない。俺が集中するを凛太郎に作って欲しいんだ。――1回。1回やってみないか?」


「………」


 ―――結局この後、光くんの説得に次ぐ説得というか…、前払金に吊られたというか…、後日準備が整い次第、『トライアングルダーティ』として三人でシルルパークに忍び込んだのだが…――


 もう、酷かった…。

 俺達専用入口にアシスタントスタッフの皆さん。撮影機材、衣装に小道具。そして光くんに至っては重火器まで…、初回のログインボーナスみたいな物らしいけど、至れり尽くせりのサポートだった。


 要するにやらせだ。


 これで金が貰えるならいいと思ったのだが…、そうは問屋が卸さない。


 巨大生物を間近で見た時、俺は死を覚悟したのだった―――


 ―――1回目の動画撮影が無事終わり、忍び込んだという体で動画を配信。 

 1発目がバズった挙句。徐々にシルルパークの中身が分かっていく程にトライアングルダーティーの名は売れていった。 

 政府も無能と言われながらも凄かった。

 演技じみた警告文を俺達に送ってきたり、茶番会見したりするのだが、マジで姑息と言うかずる賢いと言うか、徐々に大きくなる声、世論の「もっと見せろ」、「もっとやれ」と言う声に渋々答えたように見せかけ、「まあ、あいつらなら大丈夫そうだし、政府としても中の様子を確認したいしお願いするかー」みたいな感じで、要は俺たちの人気が持続する限りはシルルパークを廃止できないようにしやがったのだ。

 危ない生物は排除させ、食す。安全な生物は飼い慣らす。

 そして、光くんが言うには、引き延ばした先にこそ、本当の狙いがあるみたいなのだが……。


…………



「――カウント3」


 俺は少しだけトライアングルダーティ結成時の事を思い起こしていたが、0に近付いていくぷーこのカウントダウンを聞き、前足を威嚇するようにして地面を蹴り続ける巨大生物に照準を合わせると、大きく口を開いた。


「クライマックスバトルと行こうぜぇ!! ――スタミナ太郎!!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る