トライアングル ダーティー

虎太郎

第1話 汚れた三角形

『愛や詩にはうんざりだが、お金はいつも私に喜びをもたらす』


 どっかの作家の呟いた名言を思い起こし自身の欲を刺激してみるが、俺が置かれている危機的状況を踏まえると、いつもの事ながら全身に寒気が走ると共に自身の中で生まれた格言に世の中の不平等さを実感してしまう。


『命を張らなきゃ、お金は稼げない』 by 尾張おわり 凛太郎りんたろう


 目の前にそびえる様に佇む、牛なのか山なのかわからない黒光りする巨大生物を見上げて、俺は金が生み出す欲で汚れてしまった自身の馬鹿さ加減と執着してでも生きたいと願う生存欲が暫く拮抗ロールを繰り返すのだった。


「――こうくん。――なんて来てる?」


 俺は自身の頭に付いているヘッドカメラを恐怖と怒りで揺らしながらも、ヘッドセットレシーバー越しに離れた所でパソコンを開いているであろう光くん事、幼馴染の伊織いおり光介こうすけに問いかけたのだった。


 凛太郎からの問いに光助はPCの画面に爆速で流れ始めたコメントに目を通すと、凛太郎に返答する。


『ああ。――はよやれ。メシウマ。wktk。――草www』

「――草ってコメントした奴の住所割り出しといて、後で殴りに行くから」


 凛太郎の呟いた言葉に対し、即座に光介の開くPC画面にコメントがあふれかえると、非難する声や罵詈雑言ばりぞうごんが乱れ飛ぶ。


*脅迫罪!! *必死すぎ! *【これが本当の尾張(ラスト)】 ←草www

  *いいからはよやれ *光くん△


 相変わらず文字が流れ続ける光介のPC画面だが、突如金額と共に画面上部に固定されたコメントに光介は微笑むようにして口元を緩めるのだった。


『スパチャありがとう。――後、今日こそ尾張おわり(ラスト)。―だってさ、凛太郎』

「………」


 光くんからの返答を受け、自身の瞳からスンっと感情が消え去るのを感じる。

 娯楽を提供する身である事を認識していながらも、俺の置かれている危機的状況を、どうせ「草www」の一言で片づけようとする、おじさん、おばさん、お兄さんお姉さん達――

 

 ――こういう時に限って一体感を出してくる老若男女すべての視聴者に対し、俺は怒りで唇が震えてくるのだった。


「…光くん。そいつの住所も割り出しといて、後でスパチャのお礼と共に顔面に飛び膝お見舞いしに行くから」


「もー、ぶつぶつ言ってないでぇ―、はやくやりなよ凛太郎。みんな待ってるよ、――ねぇ~?」


 辛辣なコメントに対し怒りに震える俺に更に追い打ちをかけるように煽ってきたクソむかつくセクシーボイスに自身のこめかみに力が入りすぎて血栓ができそうだった。


*ぷーちゃん *ぷーちゃん助かる *クソエロイ

  *ぷーちゃん *ぷーちゃん可愛い応援してる *凛太郎4


 女の声が聞こえた瞬間。またしても爆速で流れだした称賛コメントと溢れ出した投げ銭、赤スパの数々に光介は驚いたように目を開いた後、口を開くのだった。


「相変わらず凄いな。お前が出るとスパチャだらけだ」


 光介の呟きを拾った凛太郎の口は感情が消えたように平行に揃うと、理不尽だと言わんばかりに目尻を垂らし、鼻から荒い吐息を漏らすのだった。

 

「…いいよなぁ、エロは一定の需要があって! ――


 凛太郎は自身を煽ってくる人物をぷーこと呼ぶと、若干ねたみにも似たけなす言葉を返すが、ぷーこと呼ばれた人物は凛太郎の声など聞こえないと言わんばかりに、自身の膝に片腕をつけ、豊満な胸を強調したポーズをとると凛太郎にあわれんだ様な視線を送ったのだった。


ねたみぃー? それこそ草なんだけど」


 ぷーこのクソむかつく声にチラッとあいつを確認するが、服なのか、布なのか分からない肢体をあらわにした衣装に身を包み、こちらに馬鹿にしたように下唇を突き出した顔を向けてくるバカ女に怒りで震える奥歯が砕けそうだった。

 俺は荒く息を整えた後、今回こそ収益をつぎ込み、奴のまとう服が時間経過と共にドロドロに溶ける、エロ同人展開を可能とする神素材、もとい紙素材を開発しようと決心したのだった。


 仲間からあおられ、視聴者になじられ、巨大生物と睨み合い、良い事なしで散々な俺だが…――

 

 ―これでいい。


 ―動画を配信すれば広告収入、いわゆる金が入る。

 ―ミッションをクリアすれば政府から報酬、いわゆる金が入る。

 ―視聴者の要望に応えれば応えるだけスパチャが飛ぶ、要するに金が入る。


 金、金、金で形成された汚いトライアングルが俺の口角を微かに引き上げると、同じく金、金、金で結ばれた俺達三人『トライアングル ダーティー』の結束力がより強くなるのを感じる。


 俺はひまわりちゃんの居る児童養護施設へお金と欲しいものリストを寄付する為。

 光くんは自衛官時代の友人の夢を継ぎ、世界を旅する為。

 ぷーこは、詳しくは分からないが弟さんの為らしい。


 個性もバラバラの3人だが、皆の目的は一致している。

 絶対の統一意思がそこに存在する。


 『金が欲しい』 


 この一点については決して曇る事がない。

 汚い三角が生み出す金だが、金が放つ輝きはいつの時代も変わらず、俺達にとっては喜びしかもたらさない。


 俺は覚悟ができたと言わんばかりに巨大生物と視線を交差させると、自身の頬を気合を入れ直す為に2回叩いた。


「凛太郎。多分20秒後に突進来るよ」


 やけにヒップラインを強調しお尻を突き出したポーズをとりながらも双眼鏡で巨大生物を見るぷーこは、凛太郎に生物の動きを熟知じゅくちしたように声を掛けた。


「わかった、ぷーこ。――光くん! 今日の俺へのオーダーは?」


「ああ。お前は『あの巨大生物の股下を潜り抜ける』と、ふふっ―ごめん『カジキマグロ』だ。――ふふっ、みんな好きだなー、凛太郎の『カジキマグロ』ふふっ――」


「………」


 いつもの如く出された無理難題と俺の一発芸みたいになってきている『カジキマグロ』の粘着オーダーに、視聴者は全員キッズなんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。


「言っとくけどなー…、――アレは狙ってやってねーからなーーお前らぁあ!! 毎回毎回他人事だと思って執拗にリクエストしてきやがって――」

「――いーじゃん、凛太郎はお笑い芸人なんだし。――カウント15」


「………」


 人をお笑い芸人みたいに言ってくるバカ女には腹が立つが、こいつがいないとスパチャ稼ぎどころか、俺の命がジエンドしてしまう確率が跳ね上がる為、グッと涙をこらえる様に俺は息を呑みこんだのだった。


「すみません。今日は『討伐』なんで、こっからは撮影よろしくお願いします。定点カメラはセットしてあります」


 凛太郎とぷーこがやり取りしている間、光介は自分の後ろにいた正装した黒スーツの男に声を掛けると、自身が持っていた撮影機材を渡す。黒スーツの男は機材を無言で受け取ると「任せろ」と言わんばかりに親指を立てるのだった。


「助かります。――では、よろしく」


 光介は黒服の男にお礼を言うと、すぐさまここまで移動してきたであろう車両に乗り込み、備え付けられた銃架上の重機銃を構えるのだった。


「今日は50 Calフィフティーキャルで。――運転、頼みます!」


 光介は運転席に座る迷彩服の男に声を掛けると、短く息を吸い込む。


「凛太郎! 5分で決める!!」


 光介から告げられた内容に凛太郎は「わかった」と言う様に、右手を上に挙げ親指を掲げたのだった。


「――カウント5。まず右足」


 俺はぷーこの始まりを告げるカウントダウンを聞きながら、少しだけこの動画配信チーム『トライアングルダーティー』が結成された日の事を思い起こしていたのだった。



『なあ、凛太郎。――お前さー、お金は好きか?』


 始まりは5年ぶりに掛かってきた旧友、光くんからの電話だったんだ。


 

 




 


 


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