第30話 C級魔術学生の昼下がり



 三限の授業終了後、シオンは昼食を済ませるべく学園の食堂へ足を運んだ。


 食堂の人混みのピークは二限後の昼休憩の時間である為、三限後の時間帯は席が空いていた。


一階のカウンターで注文した料理を受け取ると、彼はいつも利用している二階席へ向かった。


シオンが二階席へ上がると、そこを利用していた生徒は一階席よりも遥かに少なく僅か十数名ほどだった。


 ガラガラの席の中、他の生徒達から幾らか距離を空けた席に座った彼が昼食を食べ始めようとしたその時……。


 ──突如として惨劇は始まった。


 突然下の階から響いた爆発音と激しい振動。


 穏やかな昼下がりから一変し、魔術学園内の食堂の二階席はどよめきに包まれた。


 皆が怪訝そうな表情を浮かべ、「なんだ」「どうした」と口々に言い合う中、一階と繋がる階段付近にいた生徒の一人が事態の確認に向かった。


 そして、すぐに戻ってきたその生徒は酷く青ざめた表情で呟いた。


「ど、ドラゴンだ……」


「は……?」


 生徒の知人達は呆気に取られたようなリアクションを取ったが、生徒はそれを意に介さず、大声で叫んだ。


「ドラゴンが出た‼ 皆逃げろォッ‼」


 その直後、再び下の階から大きな爆発音が響いた。


 いくつかの悲鳴が上がる中、先程一階の様子を確認した生徒はすぐさま隣の棟へ繋がる渡り廊下へ向かって走り出した。


「……‼ あっ、おいっ」


 走り出した生徒の知人は声を掛けたが、止まる事はなく隣の棟へと逃げるように駆けていった。

「うわああああああ‼ 本当にドラゴンだああああ‼」


 更に、続いて一階の様子を確認したもう一人の生徒が酷く怯えた様子で先に逃げた生徒の後を追うように渡り廊下へと駆け出した。


 三度、下の階から尋常でない爆発音と強い振動が響いた。


「……っ。お、おい、ドラゴンってマジかよ‼」

「やべぇじゃねーか‼ 俺たちも逃げよう……っ」


 どよめきから一転、完全に恐怖に包まれた空間から次々と生徒達は逃げ出していく。


 下の階からの爆発音、衝撃、生徒達の悲鳴が響き渡り、次々と机や椅子、食器などが散乱していく中。


 ──唯一人、この異常事態をまるで意に介していないかのように黙々と食事を続ける生徒がいた。

 「(……今の俺、すごく大物っぽくて良いな……)」


 それは他でもなく、シオン・クロサキだった。


 無表情で食事を続ける彼の内心は、緊急事態にまるで動じない大物のように振る舞う事でテンション爆上がり中であった。


 彼は最初の爆発音の時から一切の動揺を表に出さず、静かに食事を始め、周りがざわつくほど、阿鼻叫喚に包まれるほど、彼はウキウキで昼食を食べていた。


 学園の食堂にドラゴンが襲撃するという異常事態に匹敵する程の異常者、それがシオンという男だった。


「(あぁ……‼ これ、すごく良い……‼)」


 下から響く強い衝撃によって椅子や机、食器などがガタガタと揺れる中での食事を「心地良い」と感じるの異常者は、きっと彼の他にはいないだろう。


 止まない騒音の中でシオンが食事を続けていると、突如彼の席からそう遠くない距離で床が大きく爆ぜ、側に一人の生徒が転がった。


「(うおぉ……っ⁉)」


 彼は内心ではかなり動揺しつつも、シオンは極めて平静を装いながら地面に倒れ込んだ生徒の姿を確認した。


 美しい金髪と碧眼を持つその男子生徒の事は、学園内の有名人などに疎いシオンでも顔と名前くらいは知っていた。


 アルフォンス=フリード。


 竜の血を引く大英雄ジーク=フリードの子孫、クロフォード魔術学園第二学年序列二位であり現在学園内に二人しかいないS級魔術学生の一人。


「ぐっ……、うぅ……」


 そんなアルフォンス=フリードはボロボロの格好で少しのあいだ床に倒れこんでいたが、力を振り絞るように立ち上がった。


 ……そして顔を上げた時に視界に映ったシオンに対して、アルフォンスは思わず声を漏らした。


「ちょ、え、……え?」


 理解が追いつかないと言わんばかりに目を丸くし、彼はシオンに問いかけた。


「き、君、一体ここで何を……」


「……何って、見たら分かるだろ。昼飯を食ってるんだよ」


 問われたシオンは、さも当然のよう答えた。


「………え?」


 アルフォンスは更に困惑した様子だったが、シオンは意に介さず黙々と食事を続ける。


「(くふふ……)」


 まるで「当たり前の事を聞くな」と言わんばかりの態度を取ったシオンだが、その実聞いて貰えた事が嬉しくてたまらなかったようだった。


 そのような実態は露ほども存じぬアルフォンスは理解が及ばないその出来ない光景に言葉を失っていたが、すぐに現在の深刻な状況を思い出し、シオンに声を掛けた。


「今はそんな場合じゃないよ‼」



◆ 

 


 全ての物事はいずれ終わりを迎える。


 そしてそれは、本日のシオン・クロサキの昼食にしても例外ではなかった。


「自身が大物っぽく振舞えている時間」をたっぷり堪能すべく、シオンはゆっくりと良く噛み丁寧な食事を行っていたが、食べ続けている以上、という結末を避けては通れなかった。


 最後の一口を飲み込んだシオンは、静かに席から立ち上がった。


 そして、ついに食堂を離れる時が来たかと思われた。


 ……だが、しかし。


「よし、おかわりだ」


 昼食、続行──。


 未だ下のフロアからの衝撃が止まぬ中、食事を終える事を惜しんだ彼はまさかのおかわりを行った。


 食堂の二階席に厨房はないもののパンとスープのみセルフ式に置いてある為、彼はそこへおかわりを取りに向かった。


 スープは鍋が倒れてその殆どがこぼれており、バスケットに沢山盛られていたパンも多くが床に落ちて汚れてしまっていたが、辛うじてバスケット内に入っていたパンをトレーに取ると、シオンは再び席に戻り食事を再開した。


「(さっきのやり取りも、良かったなぁ……。……むふふ)」


 先程、アルフォンス=フリードはシオンに対して現状を説明し終えると、シオンに避難を促してすぐに下のフロアへと飛び降りて行った。


 そんな彼とまるで自分がドラゴンの襲来にも動じないような強者であるかの様に振舞ったやり取りを思い出し、夢心地に浸るシオン。


「(世界最強のドラゴン、終焉の黒殲龍が真下で暴れている中、何事もないかのように食事をする。……凄過ぎないか、俺……)」


「あれ、待てよ……」


 震え上がる程の興奮の最中、シオンはふと我に返った。


「終焉の黒殲龍って……。……マジか」


 ……ついに、彼は事態の深刻さに気が付いた。


 幼い頃から英雄譚を好んで読んでいたシオンは、大英雄ジーク=フリードの物語も何度も読み返し、ジーク=フリードや終焉の黒殲龍に関する多くの文献にも目を通してきた。


 故に、彼はかの黒龍がどれほど強大な力を持っているのかをよく理解している。


 四百年前に完全に消滅させられたとされていたドラゴンが実は封印されており、その封印が解かれたなどと言う話は到底信じ難い。しかし、その真実を語ったのがあの大英雄の子孫であるならば恐らく真実なのだろう。


 察するに、人々に不安を抱かせないようにジーク=フリードの一族だけで、或いは世界中でも限られた人達だけで封印を守ってきたのだと思われる。


 しかし、その封印が破られ終焉の黒殲龍が再び世に現れたとするならば、まさに世界の危機。

 今更、本当に今更ながら、シオンはその事に気が付いた。


「……悠長に飯を食べている場合じゃないな」


 先程にも増して激しい爆発音と衝撃が続く中、シオンはついに立ち上がった。


 いつ学園の食堂ごと、あるいは学園諸共消し飛ぼうともおかしくない状況。


 終焉の黒殲龍と戦う力など到底持たないC級魔術学生の彼が取るべき行動は唯一つ、迅速な避難、それ一択である。


 立ち上がった彼の足が向かうべき方向は隣の棟へ続く渡り廊下。そこから避難し、飛行魔術に用いる魔術箒に跨って出来るだけ遠くへ逃げる事が最善の行動。


 だがしかし、席を立ったシオンは渡り廊下の方へは向かわなかった。


 彼が向かった先は、


「終焉の黒殲龍、か……」


 不敵な笑みを浮かべながら、彼は呟いた。


「──お手並み拝見と行こうじゃないか」


 彼はそのまま歩みを止める事なく階段へと向かった。


 この異常事態において、彼もまたそれに匹敵するほどの異常者だった……。


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