第14話 闇黒の破壊神 <2>
クロフォード魔術学園の用具倉庫内にて、一部氷結した床の上に
「この私の着替えを覗いておいて、そのまま逃げられると思ってるの?」
迫真の演技ではあったが、それ以前にこの状況で突然闇黒の破壊神が目覚めたなどという意味不明な言動を真に受けるのは流石に無理があったと言える。
「……ふむ。久方振りの生身は思うようにいかんな。まぁ、慣れるのも時間の問題であろうが」
しかしシオンはまだ粘った。「滑って転んだ訳ではなく身体のコントロールに慣れていないせいで転んでしまっただけだ」と言いたげな台詞を口にし、シオンは氷結した床を避けて立ち上がった。
「ともあれ、まずは力試しだ。さっさと王宮へ赴き今の私の力がどれ程なのか、王宮騎士で試すとしよう……。クックック」
あくまで闇黒の破壊神のフリを貫き、そのまま用具倉庫の内扉の側まで歩み寄るシオン。もはや彼には強行突破以外の選択肢がなかった。
そして、そのままドアノブに手を掛けようとした、その瞬間。
────ザグッ!という音を倉庫内に響いた。
三十センチメートル程の氷柱がシオンの後方から勢いよく放たれ、ドアノブの側に突き刺さった音だった。
もしシオンがドアノブに手を掛けていたならば、その手の甲は鋭利な氷柱により貫かれていたであろう。
「……」
「ちょっと、なに無視してくれてるの?」
未だ真っ白な冷気を放っている氷柱よりも冷ややかな声が、シオンの背後の女子生徒から掛けられた。
闇黒の破壊神は「あくまで倉庫内の女子生徒の存在を気にも留めないまま去っていく」という演技プランで強引に倉庫から撤退しようとしたシオンであったが、流石にもう限界であった。
「……何だ、人がいたのか。あまりに魔力量が矮小過ぎた故、気が付かなかったな」
シオンはゆっくりと振り返り紫色の両眼を不気味に滲ませながら呟いた。それに対して、既にスカートを履いた姿の赤髪の女子生徒はトントンと自分の頭を人差し指で叩いた。
「……あんた、頭大丈夫?」
そんな至極真っ当な言葉を掛ける女子生徒に対して、シオンはそんな女子生徒の声は聞こえていないと言わんばかりに言葉を続ける。
「この闇黒の破壊神、ヴァサゴ・デウス・グレゴールの道を阻むか、小娘。なんと愚かな。が、しかし、今私は貴様のような虫けら一匹をわざわざ殺すような気分ではないのだ。運が良かったな、今回は特別に見逃してや──」
──ザンッ、という音がシオンの言葉を遮った。
前方から勢いよく放たれた風の刃がシオンの首筋を掠め、シオンの背後の扉にまるで斧を叩き付けたかの様な跡を刻み込んだ。
「次に口を開いた時にその意味不明な演技をやめてなかったら今度は首を刎ね飛ばすわ」
「………はぁ。やれやれ。まさかこの完璧な演技がバレるなんてな。恐れ入ったよ、降参だ」
「あんた脳に病気でもあるわけ?」
シオンはあっさりと女子生徒の言う通りにその演技をやめ、眼の色も元に戻した。
彼の首筋に流れる生温い血が、女子生徒の言うことが決して脅しではないと訴えていたからだ。
しかし、軽く両手を挙げてわざとらしく降参のポーズを取りながら余裕有り気に降伏を宣言するあたり、相変わらずの命知らず加減であった。
「とにかく、頭のおかしいフリで誤魔化そうとしたって、そうはいかないわよ」
仕切り直すように一呼吸置くと、女子生徒はキッとシオンを睨みつけた。
「この第二学年序列三位のエリザ・ローレッド様の着替えを覗き見ておいて、まさかただで済むなんて思ってないわよね?」
「……ただで済んで欲しいとは思ってたけど、君にそのつもりがないなら俺もただで済ますつもりはないよ」
「……むかつくわね、その空かした態度」
──クロフォード魔術学園の制服は在籍するクラスによって制服に施されているラインの色が異なる。
Aクラスは赤いライン、Bクラスは青いライン、Cクラスは灰色のライン、Dクラスはライン無し。
そして現在、シオンの目の前にいる女子生徒の制服に施されているラインの色は赤。
それはその女子生徒がクロフォード魔術学園内でトップクラスのA級魔術学生であるということを示していた。
「(この人が、学年序列三位の……)」
そして更に、「学年序列」とは魔術の成績順で各学年の上位十名にそれぞれ与えられた順位を表す称号であり、彼女が名乗った〝第二学年序列三位〟とは、学園の二年生の中で三番目に優れた魔術学生である事を表している。
「とりあえずさ、一つだけいいかな」
「何?」
淡々と会話を進めるシオンに対して、エリザと名乗った少女は苛立たし気に聞き返した。
「弁解するつもりなんて無いし、勿論詫びはするけど、君は何で用具倉庫内で着替えなんかしてたんだ?」
本来なら先程の狂気的な演技によって女子生徒が「辱めを受けた」とさえ感じないまま終わるのが理想ではあった。
しかし、自分が着替えを覗いてしまった事に対して実際に女子生徒が憤っているならば、シオンはその罪を然るべき形で清算しなければならないと腹を括ってた。
ただ、それはそれとして何故女子生徒がこんな所で着替えていたのかだけは気になったようだった。
「はぁ……。実験室で薬品を生成してたら材料を制服に零しちゃって汚れたから、『どうせ直ぐに着替え終わるし、誰も来ないだろう』と思って近くにあった用具倉庫で着替えたのよ。悪い?」
エリザは「こんな所で着替えてた私が悪いとでも言いたいの?」という意味をたっぷり込めて威圧的に答えた。
「いや、それなら仕方がないな」とシオンは納得した様子で言った。
「じゃあ、俺は君にどう詫びたら良い?」
「ふんっ、そんなの決まってるじゃない。あんたに私以上の屈辱を味わって貰うのよ」
「そうか、分かった」
「……え、分かったって、何を? え?」
シオンは何かを理解して受け入れたかのように言うと、──突然
「えっ、ちょっと、何をしようとしてんの? ねぇ、ちょっと⁉」
「何って、俺が君の下着を見てしまったから、君は俺の下着を見て俺を辱めたいんだろ?」
「ちっ、違うわ‼ あんた、馬鹿じゃないの⁉ ちょっ、何考えてんの‼ やめなさいっ‼」
ベルトを外し、躊躇なくズボンのファスナーに指を掛けたシオンの腕を、エリザは顔を赤くしながら掴み、止めようとする。
「離してくれないか、これじゃズボンが脱げない」
「脱ぐな‼ 馬鹿か‼ やめろ‼」
ズボンを脱ごうとするシオンと、それを必死に食い止めるエリザ。
「んぎぎ……」
エリザの必死の抵抗虚しく、シオンはファスナーを降ろし終え、いよいよズボンを下げようとする。
が、しかし、
「やめろって……言ってんでしょ‼」
「ヴァッ」
直後、自身の下半身を見下ろす形でやや前屈みになっていたシオンの額に対し、エリザは跳躍して頭突きをブチかました。
「……ッ」
シオンは仰け反ると、そのまま片膝を地面に着き、右手で額を押さえた。
「~~~~ッ‼」
エリザもその場で蹲り、両手で自身の頭頂部を押さえた。
「……何をするんだ」
シオンは額を押さえながら、まるで腑に落ちないと言った様子でエリザに問いた。
「こっちの台詞よ‼ あんた馬鹿じゃないの⁉ 一体何を考えてんのよっ‼」
「何をって……、君は俺のパンツが見たかったんじゃないのか?」
顔を真っ赤にしながら怒号を飛ばすエリザに対して、シオンは何故自分が怒られているのかまるで分からないと言った様子でエリザに疑問を投げかけた。
「んなわけないでしょうが‼ アンタほんとっ、馬鹿かっ‼」
更なる怒声を受けたシオンは目を丸くし、驚愕といった様子でエリザに謝罪する。
「何てことだ……。すまない、俺はてっきり君が俺のパンツを見たがってるとばかり……」
「どういう思考回路してんのよあんた‼ というか、その『私がパンツを見たがってる』って言い方やめなさいよ! 完全に変態扱いじゃない‼」
「大丈夫だ、君が変態だなんて思っていない」
「当たり前よ‼ ぶち殺すわよ‼ というか、さっさとズボン履きなさい‼」
真っ赤な顔をしたエリザに指摘され、ファスナーが完全に開放され僅かにずり下がっていたズボンを履き直すシオン。
「参ったな、これじゃ見せ損じゃないか」
「勝手に参ってろ‼」
「まぁ、それは別に良いんだが」と言うと、未だ怒りの冷めやまぬエリザに対し、シオンは尋ねる。
「それじゃあ、俺は一体どうしたら詫びになる?」
エリザは座り込んだ姿勢のまま「フーッ、フーッ!」と息を荒げながら、少しずつ冷静さを取り戻して立ち上がった。
「最初は土下座して私の靴を舐めさせながら赦しを請わせるつもりだったけど、気が変わったわ。あなた、それくらいあっさりやりそうだし、屈辱感も沸かないでしょ」
「失礼な。それくらいの自尊心は俺にもあるぞ」
「黙りなさい、もうそんなんじゃ私の気は済まないのよ! ぼっこぼこにして、これでもかって程痛めつけて、そして土下座させて私の靴を泣きながら舐めさせて赦しを請わせる事に決めたわっ」
エリザはやや上に顔を傾けながら鋭い視線をシオンに向け、同時に狙い定めるように人差し指を向けて宣言した。
「クロフォード魔術学園第二学年序列三位、エリザ・ローレッド。──貴方に決闘を申し込むわ」
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