第3話 シオン・クロサキ<2>


 ──シオンが十七の歳になった現在。未だ最強を目指す彼は日々の鍛錬を怠らない。


 彼の毎日の鍛錬は朝早い時間というよりも、深夜というべき時間からスタートする。


 彼は一日に一時間しか睡眠を取らず、彼が起床するのはいつでも日が昇るよりずっと早い。一日に一時間しか睡眠時間を取らない彼は、それ以外のほとんどの時間を魔術の研鑽に当てている。



 朝起きて魔術の鍛錬を行い、魔術学園で授業中や授業の空き時間にも魔術の研鑽を行い、家に帰って夜遅くまで魔術の鍛錬を行う。


 それがシオン・クロサキの日常である。


 まだ日が昇るよりもずっと早い時間。学生寮の自室で起床した彼は顔を洗い、歯を磨き、朝食を取る。そして、朝食を食した彼は疲労回復のポーションと魔力回復のポーションを流し込む。


 彼は回復属性の初級魔術「回復プロモーション促進リカバリ」を使用することによって一日に一時間の睡眠時間で十分な疲労回復を可能にしているが、それでも不足している分はポーションによって補っている。


 その後、彼は黒を基調とした訓練着に着替えると、一本の剣と数本のポーション、学術書をバッグに詰め込んだ。


着替えと荷物の準備を終えたシオンはバッグを抱えて寮の自室を出ると、まだ暗い学園内の敷地を進み常時開放されているCクラス生徒用の実技訓練場へと向かった。


 敷地内を三分ほど歩いて実技訓練場に到着したシオンは、訓練場の隅に荷物を置くと軽く身体を伸ばすようにストレッチを行うと早速トレーニングを開始した。


 彼は実技試験の時と同様に十八メートルほど先に設置してある的に向かって魔法陣を展開すると、炎属性の初級魔術「火球」を放った。


 一発、二発、三発、と繰り返し放ち、十九発目を放とうとした所でシオンの体内の魔力は完全に枯渇し、「魔力切れ」と呼ばれる状態に陥った。


 顔を歪に歪ませ、息を切らしながらシオンは地べたに座り込んだ。


額に汗を浮かべる彼の全身の血管が異常に腫れ上がり、顔は血の気が引いたように青ざめている。シオンは枯渇した魔力を回復させるため、魔力回復ポーションを喉に流し込んだ。


 彼が飲んだ魔力回復ポーションは魔力の回復を飛躍的に促すという代物であり、飲んですぐに魔力が全回復するというような効果はない。そのため、魔力が回復するまでの時間をシオンは魔術に関する学術書を熟読して過ごした。


 五分ほど経過し、魔力が回復した頃合にシオンは学術書を読むのを止めて立ち上がり、先ほどの的に向かって今度は水属性の初級魔術「水の弾丸」を自身の魔力が枯渇するまで繰り返し発動した。


 そしてまた回復ポーションを飲み、魔力が回復するまでの間は学術書を読み、魔力が回復すれば今度は風属性の初級魔術を魔力が枯渇するまで繰り返し放った。


そして魔力が尽きた後、土属性、雷属性の魔術も同様に繰り返し行った。


 一連の行動は各属性の魔術の扱いを身体に馴染ませることと、基本的な魔力量の上昇を目的とした鍛錬である。


 魔術を使用した際に消費した魔力が大きい場合、体内の魔力は回復する際に超回復が起こり元の魔力より保有する魔力量が増加する。その仕組みを利用して魔力量の増加を促すトレーニングだ。


 より大幅な超回復を起こすために、シオンは先ほどから体内の魔力が完全に枯渇するまで魔力の放出を繰り返している。


しかし通常、人の身体はどれだけ体内の魔力を使用しようと常に魔力を微量に残すようになっており、体内の魔力をギリギリまで消費してしまうと人は「魔力欠乏」という状態に陥る。


 「魔力欠乏」に陥った人間は魔術を使うことはおろか、立っている事もままならないような疲労感と息切れに襲われ、残った魔力で魔術を使用しようとすれば声もあげられぬほどの凄まじい頭痛に襲われる。


 そのような状態になってもなお無理やり魔術を最後まで使い切ることで、初めて人は「魔力切れ」を起こす。


 本来「魔力切れ」は身体に相当な負担が掛かるものであり、シオンも初めて魔力切れを起こした際には想像を絶する頭痛と過呼吸を起こし、視界が真っ白になって気絶した。


 起きたときにはあまりの痛みに声も出せないほどの激痛に襲われ、再びを失ってしまった。そして再び覚醒してはまた気絶、ということを何度も繰り返した。


 半日以上経過して気絶しなくなったと思えば今度は四十度を超える高熱に魘され、何度も死の淵を彷徨った。


 彼が魔術を安定して使用出来るようになってから三年ほどは毎日魔力切れを起こしては気絶する日々を送っていたが、次第に魔力切れを起こしてもシオンはギリギリ意識を保てるようになり、初めての魔力切れから七年経った今では魔力切れの状態にもそれなりに耐えられるようになっている。


 ただし本来であればそれは異常なことであり、耐えられるようになるまで魔力切れを日々繰り返す者など世界中探してもまずいない。


 何度も魔力切れを起こすなどいつ死んでも不思議ではない自殺行為のようなもので、どれほど魔術の才能を持つ者であろうと魔術切れに伴う死のリスクは平等である。


 シオンの場合は魔力切れを起こした際に両親が必死に与えたポーションと強運のお陰で奇跡的に死ななかっただけに過ぎない。


 普通の魔術師であれば魔術の鍛錬を繰り返せば魔力切れを起こさずとも魔力量は増加するので、わざわざ死のリスクなど負いはしない。


 もし彼の所業を知れば、どんな一流の魔術師も顔を青ざめてその異常さに畏怖の念を抱くだろう。


 しかしそれはシオン以外の他の魔術師がをしている、というような話ではない。


「この底の見えない崖の下に飛び込めば正気では耐えられないような苦痛に見舞われ、90%の確率で死亡する。しかし、耐え抜けば強くなれる」──そんな崖があったとしても、わざわざ飛び込む者はいない。他にいくらでも強くなる手段はあるのだから。


 そんな崖に自分から日常的に飛び降り続けている異常者、それがシオン・クロサキだ。


 だがリスクがある分、魔力切れを起こした際の魔力の超回復は通常の比ではない。


 もし一般の魔術師が彼と同等の鍛錬を三十年も行えば、間違いなく人類史上最も魔力量を保有した魔術師となれるだろう。


 しかし残念ながら、生まれつきシオンの魔力量はあまりに少なく、魔力の成長速度も一般の魔術師の百分の一にさえ満たない。


 それ故、彼はこの狂気的な鍛錬を繰り返してなお魔術学園のCクラスにしがみつくので精一杯であった。


 しかし、彼は悲観などしない。


 悲しみ涙を流したとて人は成長などしない。そんな暇があれば一分一秒でも多く鍛錬を積んだ方が確実に夢に近づくと彼は信じているからだ。


 だが、そのように最強という夢を追いかけ続け今でも日々の努力を惜しまない彼だが、どうしてか十四歳頃の時期を境に彼は様子がおかしくなってしまい、気が付けば学園で「本当はSSS級の実力者であるが、その事実を周りには隠している」という振る舞いをすることで喜ぶ奇人と成り果ててしまっていた……。

 

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