第2話 シオン・クロサキ
シオン・クロサキの両親は代々商業を営んできた家系であり、魔術などとは一切無縁であった。
魔術師の魔力や魔術を扱うセンスというものは遺伝的に引き継がれるものであり、優秀な魔術師の両親から生まれる子供はそれらにも恵まれる。
逆に魔術師でもなく、魔力のない両親から生まれてくる子供は魔力も魔術を扱うセンスも持たずに生まれてくる。
そしてシオンの両親、そしてシオン自身もその例外ではない。例に漏れず、代々商人の家系のシオンの両親は魔力をほとんど持たず、魔術など人生で一度も扱ったことはなかった。
そして、当然その両親から生まれたシオンは魔力も魔術を扱う才能も欠片も持たずに生まれて来た。
今から十四年前。シオンがこの世に生を受けてから三年。三歳になった彼は読み書きや本の物語を理解出来るようになった。
シオンは魔術師の英雄譚を読み、その姿に憧れ「いつか自分も誰かを助けられるような、最強の魔術師になりたい」と勇み立った。
誰にでもある、実に良くある可愛らしい夢だった。彼の両親は「子供の夢だ」、「いずれは現実を理解するだろう」、と三歳の彼に対して無情な現実を伝えず、彼の持った夢に対して応援の言葉を掛けた。
幼少時代のシオンは魔術の教本や魔術師に関する絵本ばかりを欲しがった。彼は他の物に一切興味を示さなかったので、彼の両親はそれらを買い与えた。
彼の執念は幼少時代から大したもので、時間の許す限り魔術の教本に噛り付いていた。
しかし、魔術の構成を理解して正しい術式を組む事が出来ても、シオンに魔術を発動させることは出来なかった。
魔術を発動させるためには作成した魔法陣に魔力を通す必要があるが、当然彼にそんなスキルは無く、そもそも魔術の発動に必要不可欠な魔力自体が全く無かったのだ。それでは魔術など扱える訳がなかった。
それでもシオンの魔術への熱中ぶりは冷めることなく、彼の両親はシオンが六歳になる年には地元の魔術の学校へと入学させた。
シオンが魔術学校に入学してから二年、彼より遥かに遅く魔術に触れ始めたはずの同年代の子達はみるみる魔術が上達していた。
その二年間、努力しても努力しても、シオンが周りの子達に追いつく事は決してなく、それどころか差が開くばかりであった。
「そろそろシオンは自分に魔術の才能が無いことに気付くかもしれない」
彼の両親は、現実を知って夢破れた愛息子に対してどのように慰めの言葉を掛けたら良いかと日々考えていた。
しかし一向にシオンの情熱が冷めることはなく、いつまで経っても彼の両親が慰めの言葉を掛ける機会は訪れなかった。
気が付けば、シオンの魔術学校入学から四年の月日が経過していた。
シオンが十歳になる頃、周りの同年代の子供たちは最低でも
そしてその頃、ようやくシオンは生まれて初めて魔術を発現させることに成功した。
その魔術の名称は「
彼が発現させた魔術は
それは学校の同学年の子達が入学当初にとっくに成功させているレベルの拙い魔術だった。
それでも、生まれて初めて魔術の発現に成功したシオンは嬉々として両親に報告した。
それを聞いた両親は「凄いじゃないか」、「良かったね」と彼を賞賛するものの、内心「この子はまだ自分に魔術の才能が無いことに気付いていないのか」と困惑していた。
周りの同年代の子達よりも先に魔術を学び誰よりも必死に努力して来たのに、その結果は周りの足元にも及んでいない。それでも未だに自分に魔術師になれる可能性を見出しているのか、と。
両親がそう考えている時、シオンは二人に向けて言った。
「俺にはみんなみたいに才能はないけど、でも絶対魔術師になるよ。みんなが俺の十倍凄いなら、俺はみんなより百倍努力する。絶対に最強の魔術師になってやるんだ」
十歳のシオンは、そう言って笑った。
彼は自分に魔術の才能が無いことなどとっくに理解していた。
魔術の才能や魔力が両親からの遺伝によるものだということなど、魔術の教本には当然書いてある。
それを知っていていながらも。
周りと自分との絶対的な才能の差を目の当たりにしながらも、彼はずっと努力を続けてきたのだ。
報われない努力などとは考えず。
自分の夢に必ず辿り着くと信じて。
そんな息子を前に、彼の両親は魔術師の家に産んであげられなかった事を悔やんだ。
自分達の愛息子のことを見くびってしまっていたことを情けなく思い、涙を流した。
この世界中の誰よりも努力の才能に恵まれている子が魔術の才能を持たず産まれたことに対し、残酷な運命を憎んだ。
そして二人は、「この先の自分達の全てを捧げてでも愛息子の夢を応援すると」固く誓った。
そうして現在に至るまで、彼の両親は仕事に励み、魔力増強に良いとされる物や魔術に関する学術本などを惜しみなく息子に与え、シオンは両親の応援に応えるように日々努力を続けている。
いつの日か、最強へと至るために───。
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