こどものあそび

藤間伊織

かごめかごめの遊び方

その遊びは私が子供のころからあった。


その遊び相手は気づいた時にはいた。


一人っ子で人見知りで、友達らしい友達もいなかった私は公園には行かずもっぱら家の裏庭で遊んでいた。父さんと母さんが産まれてくる子供がのびのびと遊べるようにと作ってくれた裏庭。そこは私の小さな王国でもあった。


いつも通りひとり自由に走り回ったり、おままごとをしたり、と遊んでいるとどこからか「か~ごめかごめ♪」と歌が聞こえてきた。隣近所に子供はいないし、いたとしてもこんなか細い声がはっきり聞こえることはないだろう。

子供特有の好奇心からきょろきょろと辺りを見て、家の裏の道に体を乗り出してもみたが誰もいない。しかし、気づくと声は「かごめかごめ」を歌いきる前に消えており、声の主を探すのは諦めるしかなかった。


その翌日も裏庭で遊んでいるとまた、「か~ごめかごめ♪」と聞こえてきた。今度はどこから聞こえてくるのかを見極めようとじっとしていることにした。すると、私の周りを黒いモヤモヤが取り巻き始めた。驚いて固まっているとその黒いモヤモヤは段々と濃くなっていく。はっとして慌ててその輪から逃げて振り向くと、そのモヤモヤは消えていた。しばらくの間心臓がドキドキしていた。


数日の間は裏庭に出ず、家の中で遊んでいたが当時私は実に単純な子供であった。喉元過ぎれば熱さ忘れる、すぐにいい天気に誘われまた裏庭で遊ぶようになった。

すると案の定、歌が聞こえてきた。得体のしれないものに対する恐怖心、というものをすでに持ち合わせている歳ではあったが、私には(どうせ遭遇してもまたすぐに逃げてしまえばいいのだ)という余裕があった。


しかしその余裕は粉々に打ち砕かれることとなった。


その日は足が言うことを聞かなくなってしまったのだ。いわゆる金縛りというやつだ。焦っている間にも黒いモヤモヤは私の周りを回りながらどんどん集まり濃くなっていく。そして次第に人のような形を取り始めた。そこまでは私も負けん気を示しじっとモヤを睨みつけていたが、その人型のモヤの顔と思われる部分がぐにゃぐにゃと歪みだした時点で音を上げてしまった。目の部分がくぼみだし、口の部分が一気に裂けたり真円になったりするのを冷静に見ていられるほど私は強くなかった。

ついに目を閉じ、しゃがみこんでしまった。先ほどからずっと「か~ごめかごめ♪」だけを繰り返していた黒いモヤモヤたちは待ってましたとばかりに続きを歌い始めた。


か~ごのな~かのと~り~は~


い~つ~い~つ~で~やぁる~


よ~あ~け~の~ば~んに~


つぅるとかぁめがすぅべった~


うしろのしょうめんだ~あれ?


この問いが来るのはわかっていたが、私はなんと答えればいいのかわからなかった。そもそも私を取り囲んでいる黒いモヤたちがなんなのかもわからない。「だ~あれ?」なんて聞きたいのはこっちの方である。


「わからない!」


答えない内は、解放される気配がしなかったので、正直に答えた。微動だにしないでいると、急に周りからの圧のようなものが消えた気がした。そろそろと目を開けると黒いモヤたちは消えていた。



それからたびたび、一人でいると「か~ごめかごめ♪」と聞こえるようになった。向こうも慣れてきたのか、取り囲んでから人型をとるまでの時間も圧倒的に短くなり、逃げる気も失せた。歌が聞こえてきたらすぐにしゃがんで目を瞑るのが一番だと学習した。

それは私が大人になっても変わらない。一人暮らしをしているとどうしても聞こえてくる。テレビの裏、ベッドの下、本棚の上の隙間から?それともこれは幻聴だろうか。病院に行く気にはなれない。

どこからともなく声がする。


「うしろのしょうめんだ~あれ?」

「誰もいないよ」


そう答えてやればすぐにやつらは消えていく。

大人になってから友達も増えたが、私はこの遊びをしているとき、適当にでも誰かの名前を言ったことはない。


もし当たれば解放されるかもしれない?


とんでもない。安易に名前を言って、誰かにしわ寄せがいかないとも限らない。


それに答えを間違えれば「鬼」は「鬼」のままでいられるが、万が一にでも当ててしまったら、「鬼」は「子」となり「鬼」を取り囲みくるくると回ることになる。


私はあの黒いモヤモヤの仲間になるのは遠慮したい。


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