第12話 バレーの授業



 電話で俺と桜の関係を再確認したその翌日。

 案の定というべきなのか、二人とも寝不足気味で体育のバレーに挑むことになってしまった。

 

 俺は全くと言っていいほど運動音痴だ。対して桜は女子の中で一位を独走してしまうほど運動神経抜群。

 男子と女子に別れ、やるのはバレーボール。


 キュキュッという靴の音と、バチンッというボールを地面に叩きつける音は聞くだけで気持ちいい。


 そんな気持ちいい音がさっきから隣のコートからなり続いている。得点を決め続けているのは他でもない桜。

 スッとボールを真っ直ぐ高く飛ばし、腕をしならせ、曲線を描くようにボールを敵コートの地面に叩きつけている。

 

 決して見ている場所は近くないが、その迫力が肌にピリピリと伝わってくる。


「やっぱ、さくさくはどんなことしても運動神経抜群ですげぇよな……」


 ヒデ太郎は俺と比較するようにチラチラ見ながら言ってきた。


 寝不足で目の下に少し隈ができているというのに、敵チームを圧倒するほどのパフォーマンスがでていて本当にすごい。

 もし俺があのジャンピングサーブを真似してみろと言われたら、全力で腕を振るが見事に空振るだろうと想像できる。


「お、今らいらいのこと見てなかったか?」


「あぁ見てたな」


「くぅ〜。お熱い二人だ!」


 深夜に電話で自分たちはまだ付き合っているのではない、という確認をしたもののこれと言ってなにか接し方が変わるはずもなく。

 いつも通り桜はどんなときでも俺のことをチラチラ見てきている。


 なぜか俺が告白する流れになっていたけど、あれどうしよう?

 

 ……と、まぁそんなことを桜のことを眺めながら考えているとヒデ太郎から肩を揺らされた。


「行こうぜ」


「あぁ」


 どうやらさっきまでやっていた男子の試合が終わったらしく、俺がバレーボールをする時が来てしまったようだ。

 

「いでっ!」


 相手のサーブ一発目からトスしようとしたが、うまくボールが飛んでいかずおでこに直撃してしまった。


「らいらい。やっぱりらいらいは運動音痴なんだな」  


「当たり前だろ」


「そんな頭を抑えながら自信満々に言われても、全然すごいことじゃないからね!?」


 全く。

 できないものは仕方ないだろう……。


「いでっ」


「いでっ」


「いでっ」


 トスをしてくれたボールが回転し思っていたところとは違う場所に飛びおでこをぶつけ、ネット際を攻めすぎてネットが顔に当たって転んでしまったり、サーブをしようとしたら手にボールがかすりそのボールが勢いよく回転し頭の上を転がったりと、もう散々な目にあった。


 結局俺は何度も頭をぶつけてたんこぶができてしまったのでバレーはまともにできず、保健室に行くことになってしまった。


「はぁ」


 「またやったんですね」と、保健室の先生に呆れた目を向けられたのはこれで何回目なのだろうか。もう数えることもできないくらい体育をやった日は保健室に通っている。


 そういえば俺がいなくなったバレーの試合は勝てたのかな……。


 一人ポンコツをいなくなった穴を別の人が埋めただろうから、勝っててもおかしくない。

 

 そんなことを思いながら重い足取りで体育館に向かっていると、正面から桜が俺めがけて走っているのが見えた。


「はぁはぁ……」


 桜は本当に滝かと思うくらい毛穴という毛穴から汗が流れ落ちている。タオルを首にかけているが、見るだけで汗でびちょびちょになっているのがわかる。


「バレーの試合は?」


 俺がそう聞くと、桜は乱れた息を整いながら無言でグッドサインを送ってきた。

 勝ったのだと受けとろうとしていたが――


「試合を放棄してきたから多分負けてると思う」


 爽やかな顔で負けを確信していることを言ってきた。


「なんで俺のところ来ちゃったのさ」


「そんなの、來也の怪我が心配になったからに決まってるじゃん」


「大丈夫だよこのくらい。……いつものことだし」


「そうやって慣れ始めるのがよくないことだことだともうんだよね」

 

 桜は俺に言い聞かせるように言ってきた。


「でも、本当に大丈夫だよ。桜って人一倍負けず嫌いじゃん。負けていいの?」 


「もちろん。好きな人が怪我して、その付き添いに行っていいってようやく先生から許可が出たんだし、負けることなんてどうってことないよ。私は來也のことが心配だったの」


「……ありがとう」


 桜からドストレートに気持ちを伝えられ、言葉に詰まった。


「それで、なんかおでこに貼ってるけど大丈夫なの?」


「もちろん大丈夫だよ。……まぁなんか保健室の先生に、あと数回ボールを頭に当ててたら脳震盪でも起こしてたかもしれないって言われたけど……」

 

「先生が止めに入らなかったら來也は危なかったってことね!」


「そ。そゆこと。……ん? 桜って俺が先生に止めらたところ見てた?」


「ええ、もちろん。來也がボールを頭にぶつけてるところも、全部見ていたよ」


 ニコッと笑顔でそう告げられ、俺は情けないところを見せてしまったのだと恥ずかしくなった。


 顔を逸らすと、桜は俺の前に立ち止まり、両手を俺の顔に添えて顔の位置を元に戻してきた。


 いつになく真剣で真っ直ぐな瞳が俺の瞳を貫く。


「私は來也のどんな姿を見ても嫌いにならないし、軽蔑したりもしない。ずっと前から……これからも、來也のことが大好きなんだから」


 これは……告白に入らないのだろうか。

 桜はそんなつもり一切なくただ本心を口にしただけなのかもしれない。

 けど、こんなの、告白じゃん。


「さっ、遅くなったら体育の先生に不自然に思われちゃうし体育館に戻りますか!」


 これが桜にとって告白ではないとしたら、俺は一体どんな告白をしないといけないのだろうか。

 

 桜は俺のことを励ましてくれた。だがそれと同時に、告白のハードルを無意識に上げてきた。


 いやもしかしたらこれも桜の策略で――、


「來也? 早く来ないとクラスの中でぎゅ〜って抱きしめちゃうよ?」


 悪魔のような魅力的な顔を見てしまったら、それが策略だとしてもどうでもいいと思ってしまう。

 

 

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