第3話 催眠術をかけてみる



 下校している時、すれ違う人全員が俺たちのことを見ていた。

 それもそのはず。なぜなら桜が俺の腕にくっついて、離れようとしなかったからだ。


 多分すれ違う人たちの目に映る俺たちはいちゃいちゃしているカップルに見えていただろう。

 さすがに突きつけられる視線に耐えきれなくなり、何度も体を引き離そうとしたのだが、桜の口か「えへへ……えへへ……」と、甘ったるい声が漏れていたせいで結局家に着くまで引き離すことはできなかった。


 桜のアレがこれでもかというほど押し付けられていたので役得と思うこともできるが、催眠術から始まった関係なので罪悪感のほうが大きかった。


「うぐっ。また負けた……」


「ふふ。まだまだ鍛錬が必要みたいだね」


 ゲームをしているときはいつものような口調に戻っているが、距離感が違う。


 桜は隣に座るスペースがあるというのに、なぜか俺のあぐらをかいているその足の上にちょこんと座っている。お腹に背中が寄りかかってきて、完全に恋人の距離感だ。


 注意……はできない空気。


 そんな恋人の距離感でゲームをしていると、いつの間にか外が暗くなっていた。  

 

「そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」


「えぇ〜。やだやだやだ」


 余程帰るのが嫌なのか、語彙力がなくなって幼児化してしまった。


「あんまり遅くなると桜の両親が心配するんじゃない?」


「んふふ。それは大丈夫。この前朝帰りした時、來也の家で寝てたって言ったら「來也くんと幸せになるのよぉ〜」って応援してくれてたから!」 

 

 と、言うことは桜のお母さんは俺と桜の関係に勘づいてるってことか。


「でもやっぱり帰らないと。そうじゃなきゃこの前みたいに……」


 頭の中で、たるんだ糸がピーンと張ったような閃きを思いついた。

  

 桜が俺に催眠術をして、一線を越えた。であれば、俺が桜にをかけ本人の口から具体的にナニがあって今どういう気持ちなのか、その本心を知ることができるのてはないだろうか? 

 催眠術を成功させる確証はないが、一度桜は俺にかけることができたんだ。


 ――やって見る価値はある。


「桜。俺、桜に催眠術ってやつかけてみたいんだけど」


「それならこの前來也につかったやつ貸してあげる」


 すっとポケットから、見覚えのある5円玉の空洞に紐を通したブツが出てきた。


 まさかまた俺のことを催眠術にかけるつもりだったんじゃ……。


「えへへ。これは私と來也の大事な物だから慎重に使ってね?」


「ありがと」


 俺は桜からブツを受け取った。

 一度俺のことを催眠術にかけた物なので、なにか仕掛けがあるのではないかと疑ったが特に何もなかった。


「さぁ来ちゃって!」


「うん。いくよ……」


 桜の覚悟を決めた顔を見て、顔の前で5円玉をブラ〜ンブラ〜ンと左右に揺らし始めた。

 

 最初はただ揺れた5円玉を追っていただけだったが、徐々にその瞳から生気が消えていき、やがて虚空を見つめる色のない瞳へと変貌してしまった。


「おーい桜」


 声をかけてみても、肩を揺らしてみても、顔の前に手をかざしてみても反応はない。


 生気のない瞳に、指が一本入りそうな口。脱力したかのように猫背になっており、その姿は催眠術を受けている人そのものだった。


 催眠術をかけられている演技をしているのかもしれない、と警戒しながら質問してみる。


「誰にも言ったことのない、聞かれたら恥ずかしい秘密を一つ教えて」


 桜は俺の質問に間を開けることなく答えた。


「実は來也のことがずっと前から大好きでした」


 時間が止まった気がした。


 好きだったと言われてびっくりしたが、それ以上に「ずっと前から」と言う言葉に違和感を覚えた。


「ずっと前って具体的にいつから?」


「はい。初めて來也と出会った、中学2年生の夏。隣の席になったときから一目惚れしていました」


 桜の言葉が衝撃的すぎて、口が拳一つ入りそうなほど開いてしまった。

 鏡で見たら情けない顔をしているだろうなと思いながら顎を元の位置に戻す。


 桜は中学2年生の出会った頃から俺のことが好きで、対して俺は気が合う女友達だと思っていた。

 ……これじゃあ、ヒデ太郎と俺がどっちが鈍感男なのかわからなくなってしまう。

 

 まだなんで一目惚れしたのかなど、聞きたいことは山ほどあるが俺はまだ一番気になることが聞けてない。


 桜は本当に催眠術をかけられていると確信し、本題に入ろうとしたのだが――


「あれ? もしかして催眠術にでもかけられてた?」

 

 タイミング悪く催眠術がとけてしまった。


「ん? 來也どうしたの?」


「い、いやなんでもない……」


 自分が喋ったことを覚えていないみたいだ。


「桜。もう一度だけいいかな?」


「もちろん。來也がしたいのなら何度でも催眠術にかかるよ」


 承諾を得て、もう一度5円玉をブラ〜ンブラ〜ンと左右に揺らしていたのだが――一向に催眠術にかかる気配がない。


「もしかして催眠術って一回限りのものだったのかな」


 桜の言葉に俺も同意見。

 悔しいが、桜の口から催眠術を使ってあの時何があったのか聞くことは叶わなくなってしまった。


「えへへ。ねぇねぇ來也。私が催眠術にかけていた間どんなことをしてたの?」


「秘密」


「えぇ〜。……あ。えっちなことなんだね」


「いやそういうのじゃないから!」


 その後桜が家に帰るまで何度も催眠術中にえっちなことをしたとしていじられてたが、決して催眠術中に聞いたことは口にしなかった。


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