第2話 胸の高鳴り



 桜と少しおかしな距離感になった。

 目を合わせてくれたと思ったら照れるように目を逸らし、距離を取るのかと思ったら腕を組もうとしてくるし。


 それもこれも全部、桜がした催眠術のせいだ。


 「初めてを奪ったんだから……」などと言っていたが、結局その言葉の的確な意味は聞けていない。

 まぁ、お互い裸のあの状況で言う「初めてを奪う」という言葉は一つのことしか考えられないが……。

 俺も初めてだったのに、記憶がないなんてとんだ笑い者だ。


 ちなみに学校での桜の席と俺の席は少し遠い。

 俺が一番左下の窓際の席に対し、桜は教室中央の席だ。

 そのせいで授業中チラチラ俺のことを見てくる視線が気になって仕方がない。


 なにか言ってくるわけでもなく、ただ俺のことを見てくる視線。どうやらその桜の異変にさすがの周りの人も気づいたらしく、桜の席に恋の匂いを嗅ぎついた女子たちがよってたかっている。


 俺自身、桜の考えていることがよくわからないので耳を澄ませる。


「桜ちゃんってもしかして來也くんとなにかあったの?」


「何かっていうほどじゃないけど……。えへへ。ちょっと初めてをそのごにょごにょ」


「きゃ〜! ずっと桜ちゃんと來也くんは仲が良いとら思ってたけどもうそんな一気に進んじゃったの!?」


「來也がどうしてもって。私もその気持ちに答えたくなっちゃって……」


 桜は両手を頬に当て、見たこともないようなメスの顔をしながら事の顛末を周りの人に説明をしている。

 聞いている人の口からは黄色い声が止まることがない。そして俺の名前が出てきた時、こっちをチラチラ見てくる。

 「お熱いですなお二方」とでも言いたげな視線だが、俺は全く見に覚えのないことなのでどう反応すればいいのかわからない。


「いやー。まさか來也。お前が俺のことをおいて、先に大人の階段を登ってしまうなんて考えもしてなかったぞ!!」


 桜の説明を盗み聞きしていたのか、俺の中学校からの友人で桜とも仲が良い斎藤英隆さいとうひでたか元い、ヒデ太郎が俺の机をドンッと叩いてきた。


「いやヒデ太郎実は……」


「いいんだ。みなまで言わなくていいんだ。先に大人の階段を登ってしまったのは残念だが、俺は俺なりに自分のペースで階段を登っていくことにするよ!」


 キリッと爽やかな笑顔で白い歯を見せてきた。

 

 本人は自分が年齢=彼女いない歴だということを気にして必死になっているせいで、今ヒデ太郎のことをひっそりと見ている熱い視線の数々には気づいていないんだろう。


 素の姿でもうモテているというのに、それに気づかず付き合うことに前向きな姿勢なんてとんだ鈍感男だ。


 「お前はモテてんだよちくしょうが!」と、ひっぱたいてやりたい気持ちに駆られるが本人たちの問題なので傍観している。


「にしても、らいらいとさくさくはいつからできてたんだ? 俺、他の奴らより一緒にいる時間が長いけどそんな空気一切感じなかったぞ」


 実は催眠術をされてその間に一線を越えました、なんて口が裂けても言えない。


「まぁ色々あったんだよ色々」


「なるほど。らいらいとさくさくの二人だけの思い出だからあまり詮索するなってことだな?」


 勝手に勘違いしてくれて助かる。


「ったく。まかセロリッ」


 再び白い歯をキリッと見せ、親指を立てながら爽やかな顔でどこか行ってしまった。


 ヒデ太郎は一切喋らなかったら完璧でイケメンだ。だが「まかセロリ」など、よくわからない言葉をかっこいいと思ってしまうせいで女子たちにはウケが悪い。


「來也……」


 ヒデ太郎と入れ替わるように、先程まで女子たちにたかられていた桜が俺のところにやってきた。

 なにか言いたげに口をもごもごさせている。


「來也……」


「なに?」


「その、あの、一緒に帰らない?」


 桜は少し前じゃ俺に向けることのない、恋する乙女のつぶらな瞳を向けてきた。


 普段何気なく一緒に帰っているので、改めて女の子っぽい雰囲気を出しながら「帰らない?」と聞かれ、一瞬心臓の鼓動が速まった。


「うん。一緒に帰ろ。今日も俺の家に来るつもりでしょ?」


「そ、そうだよ。いいの?」


「おう」  

 

 自分のことをなだめるためいつも通りの口調で話したが、一向に胸の高鳴りが収まる気配はなかった

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