21話 決着
「先ほどまでの威勢はどうしたのですカ?逃げてばかりでは私は倒せませんヨォ!」
グレアの放つ魔法をかいくぐりながら俺は矢を幾度も放つ。
グレアの周りには強力な炎の渦をまとっており、直接矢を当てることは困難だ。
矢は空を切り、石畳の上に虚しく突き立つ。
「おやおや、どこを狙っているのですカ!震えてまともに当てることすらできないとは、滑稽滑稽♪」
湧き上がる魔力の渦は俺を追い詰めるように少しずつ行動範囲を狭めながら迫ってくる。
このままジワジワと追い詰めなぶり殺しにするつもりなのだろう。
追い詰められながらも、俺はグレアの周辺をさらに矢で射貫いていく。
(そろそろか、守りを崩すのは難しいが、相手を攻撃に回らせることができれば必ず隙ができるはず。)
俺は頃合いと判断し、再度グレアを挑発した。
「S級賞金首とか聞いてたけど、自分を魔法で守ってるだけでたいしたことないんだね。」
「……ハァ?防戦一方のアナタにそんなことを言う余裕はないはずですがネェ。当たってもいないあなたの矢を怖がる必要なんてないんですヨ。」
そう答えたグレアの顔は怒りの形相に満ちていた。
それもそうだ、手加減しあえてジワジワと追い詰めている相手に挑発されれば本意ではないだろう。
「なんか使う魔法も強そうに見えないし、中途半端って意味だとコウモリ外交を是とするゴブリン族らしいね。」
見下していた人間から、獣人間での立ち位置を揶揄する言葉を浴びせられグレアは激昂した。
「人間風情が、我々に対して無礼が過ぎますネェ!もう手加減などしませんヨォ!」
俺の言葉に応えるようにグレアのまとっていた巨大な炎の渦によるバリアは解除される。
それと同時にグレアの目の前に巨大な魔法陣が浮かび上がり、俺を捉えた。
「我が灼熱の業火で消し炭になりなサイ!」
油断したら後ずさりしてしまうような気迫を感じる。
大丈夫、俺は何度もこの戦闘をくぐり抜けてきた。
恐れるものなど何もない。
俺はグレアの魔法の詠唱を確認すると、それを迎え撃つため集中した。
「デルタフレア・サージ:直線状範囲攻撃、詠唱時間7秒、着弾まで……3、2、1。」
俺は敵の魔法が目前に迫ると同時に、間一髪で大きく距離を移動し身をかわす。
「アァ!?かわした?」
自慢の魔法を避けられたことに驚愕しながらも、グレアは杖を大きくかかげ再度詠唱を開始する。
その動きも予測済みだ、次にくる行動は――
「カーマインジェイル:対象を中心に円範囲攻撃と拘束効果、詠唱時間5秒、着弾まで……2、1。」
深紅に燃え上がる牢獄が俺を包むように地面からせり上がるが、これも大きく跳躍し逃れる。
鳥が地上の獲物へ襲い掛かるように、俺は弦を引き絞り狙いを定めた。
「バ、バカな!これが人間の動きなのですカ!?それに私の動きが全部わかっているかのような……。」
慌てて別の魔法を詠唱しようとするが、俺の放った矢はグレアの持つ杖の魔石を射貫き詠唱を中断させた。
そのまま倒れこむグレアに俺は一気に距離を詰めて矢を突き付けた。
「クソォ!まだ終わりではないですヨォ!」
あがこうとするグレアだったがまるで金縛りにあったかのように身動きが取れていない。
「な、体が動かない!」
「さっき撃った矢で影縫いを使わせてもらった、しばらくは動けないよ。」
聖堂から照らされて伸びた影に、俺の放った矢がグレアの影を幾重も射貫いていた。
「まさかさっき地面に撃っていた矢は私の動きを封じるためだとデモ……。」
「チェックメイトだな。」
「ありえない……こんな低級冒険者に……こんな子供に……何者なんですかアナタは!」
グレアからの問いに、俺は自問自答した。
そうだ、俺は何者にもなれなかった。
大人になり、いつしか大好きだったこの世界と、自分の半生を共にした分身であるシエル・ベルウッドは死んだのだと、過去を見ないように退屈な日々を過ごしていた。
そんな俺がここに転生したのは、きっと意味があるはずだ。
これが女神の意思であるなら、俺はこの世界でもう一度生きよう。
未来を変えたことで、この先何が起こるのかはわからない。
だがまずは、目の前にある最悪の運命に抗ってみせる。
「俺はシエル・ベルウッド。いつかSS級冒険者に舞い戻る男だ、女神フレアの名のもとにお前を討つ!」
「ま、まさか人間ごときにこの私ガ!!」
矢を放ち止めを刺すと、グレアは赤く燃えるような魔石を残し光と共に霧散するように消え去った。
終わった、周囲を取り囲んでいた魔力障壁もキラキラと細かい魔力の粒子となり解除されていく。
魔力障壁が全て消え去ると、周りの兵士たちから歓声が巻き起こった。
「S級賞金首を討ちとったぞ!!」
「すごいぞ、少年!」
地鳴りのような歓声の中、それを見渡していた棒立ちの俺にルカが抱きついた。
「無事でよかった……。」
「みんな守るって言っただろ。」
俺とルカは抱擁を交わした。
しばし抱き合うと背後からはロベルト団長の視線を感じる……俺はそーっと後ろを振り返る。
「シエルくん……。」
「は、はい……。」
恐る恐る返事をすると、ロベルト団長は俺の両肩を力強く掴んだ。
「ぜひ王立騎士団にきてくれないか!?まさかこれほど腕の立つ冒険者だとは思ってもいなかった、頼む!」
「……へ?」
それからというもの、ロベルト団長の勧誘は小一時間ほど続いた。
ルカとのことを怒られるかと思われたが、どうやら一件落着のようだ。
聖堂から差し込む光は、俺たちを祝福するかのように暗い夜闇を照らしていた。
こうして日輪歴500年の節目となる長い夜は幕を閉じたのだった。
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