20話 対峙

 「……アラァ?」


 がらりと人気のない聖堂を見つめながら、グレアは予想に反した状況に面食らった。

 聖堂には司祭はおろか、人っ子一人いない状況だ。


 「残念だったな、ここには俺しか残っていない。」

 俺の言葉に、グレアは無言のままゆっくりとこちらに振り返る。


 「ホロウの森でこいつを見つけた、ゴブリン族の魔術印だ、おびき寄せた冒険者を捕らえ拘束する。」

 「今朝ギルドに出されたホロウの森夜間パトロールクエスト、この探索依頼場所にこの魔術印が大量に仕掛けられていた。目的はギルド冒険者の分断と拘束だろ?でも予想が外れたな、あのクエストは参加者が出ないようにあらかじめ受注済みにしておいたのさ。」


 「そして日輪歴500年の記念日である今日、王都へ王立騎士団が帰還するこの日を見計らって街を襲撃し、祝祭で無防備な住民全員を一掃するはずだった。」

 「シエル君、住民の避難、南門から侵入したゴブリン族の包囲と掃討はほぼ完了した。」

 ロベルト団長と数名の兵士たちがこちらへ駆け寄る。


 「アァ?王立騎士団!?帰還したのでは……。」

 「帰ったように見せかけただけさ、王立騎士団は街中で展開し南門からも挟撃してくれた。お前たちが住民だと思って相手にしていたのは熟練の兵士たちだ。」


 「ギルドの冒険者たちも一緒に戦ってくれた、王立騎士団もこの街を守っている。ホロウの森やこの街も、お前たちが来るような場所にはあらかた俺の捕縛術式を仕掛けておいた、今頃大半が身動きできない状態だろうな。目には目を、歯には歯をってやつさ。」

 「なんなんですか、アナタ。ただの人間の子供ではないですネェ。」


 グレアは平静を装っているが、その声と表情の奥には激しい怒りが渦巻いている。

 計画がつぶされ、人間の子供(おっさん)に手玉に取られたわけだからそれも当然だ。


 「気に入りませんネェ、皆さん、この場違いな子を取り押さえてしまいなサイ。」

 「みんなってのは後ろでノビてる連中のことか?」

 「……は?」

 グレア本人には効果がなかったようだが、他のゴブリン兵たちは俺の仕掛けた捕縛術式に引っ掛かり行動不能となっていた。

 さすがにその様子を見たグレアは言葉を失っている。


 「シエル、お待たせ!北門は封鎖、東西からの侵入した獣人は増援で挟み込んだよ!」

 そこへルカが王都からの増援を率いて駆けつける、なんとか間に合ってくれたようだ。

 大規模な増援は難しいかと思っていたが、ロベルト団長が書簡をしたためてくれたおかげで王都から十分な援軍を呼ぶことができた。

 駐屯している騎士団と増援がいれば大多数のゴブリン達をおさえることは可能だろう。


 「さぁ、どうする?あとはあんただけだ。」

 「……やれやれ、まさかここまで計画が破綻するとは、ここは人間たちの血潮のアートだけで奪還したかったのですが仕方ないですネェ。」

 グレアからおぞましいまでの魔力があふれ出るのを感じる、あたりの空間が捻じ曲げられたかのようなプレッシャーだ。


 「ここまで私を虚仮こけにした人間は初めてですヨ。一つ誤算があったとすれば、私が誰かを知らなかったということでしょうネ。」

 「知っているさ、S級名付きネームド賞金首グレア・ダダニア。獣人軍の中でもトップラクスの魔法の使い手。」

 「……ハァ、そこまで知っていながら私に挑むとはネ。まあいいでしょう、今この場にいる全員でかかってきなさい、もしかしたら傷の一つはつけられるかもしれませんヨォ。」

 「あぁ、大丈夫。俺一人で相手になるから、そっちからかかってきていいよ。みんなは離れてて。」

 「……クハハハハ、面白いですネェ!そんなに死にたいならまずあなたから相手をしてあげましょうカ!」

 俺の言葉と、グレアが放つ殺気に気圧され、周りにいた皆は大きく後退する。

 その瞬間、俺とグレアの周囲を魔力の障壁が円を描くように取り囲む。


 「それほどの自信がどこからくるのか興味がわいてきましたヨォ!いいでしょう、その挑戦受けて立ちましょう。ただ簡単には死なせない、生まれたことを後悔させてあげますヨ。四肢をもぎ、丁寧に炙って止血し、少しずつ刻んでやりましょう!」

 グレアは挑発に乗り、今は敵意が俺だけに向いている。

 これで周りのみんなへ被害が及ぶことはないだろう。


 不思議と恐怖はない、むしろ精神が研ぎ澄まされていると言うべきか、落ち着き集中力が高まるのを感じる。


 ここからは一騎打ちだ。

 俺は覚悟を決め、奴と対峙した。

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