兄さんとの生活の方が幸せ

「兄さんがしないなら、わたしがします」

「ちょ、まてまて……!」


 けれど、大胆に抱きついてくる菜枝。キスしようと必死にかかとを上げ、背伸びする姿は愛らしくてたまらなかった。

 こうなったら、もう流れに身を任せて――いや、まて。天笠さんの戻って来る気配!


 俺は菜枝から離れ、様子を見た。


 すると表から天笠さんが戻ってきた。セ、セーフ!


 でもなかった。

 なんかオマケがついてきたぞ……。


「神堂。こんなところに女子生徒を連れ込んでなにをしている」


 ダンディな声で俺に事情説明を求めてくる男。コイツは……体育教師の山形だ。うわ、これは面倒なのが来たな。

 山形は、厳しい指導をしてくる教師で知られている。泣かされた女子も多いのだとか。しかし、俺は事情を説明した。


「――というわけです」

「ほう、野球をして大雨に濡れ、それで体育館に避難したと。だが、なぜこんな裏舞台にいる必要がある? その女生徒といかがわしいことをしようとしていたのではないか」


 疑いの眼差しを向けてくる山形。当然、そんな風に見られてもおかしくはない。だが、俺はまだ菜枝に何もしちゃいない。


「言っておきますが、彼女は妹です。問題ないですよ」

「……なに? そこの女子、それは本当か?」


 そう聞かれ、菜枝は少し怖がっていた。そりゃ、山形の迫力がありすぎるからな。この筋肉ムキムキマッチョマンを前にすれば、俺でもビビるって。てか、チビる!


「ほ、本当です! わたしと兄さんは兄妹ですっ」

「ふむ、そうか。……まあいい、今回は大目に見てやる」


 くるっと背を向ける山形。

 えっ……ええッ!?

 あのカタブツの山形が呆気なく退いた。

 どういうことだよ。


 天笠さんも「なんで?」って顔してるし。


 とりあえず、なんとかなった。


「はぁ、びっくりした」

「そりゃこっちのセリフだよ、天笠さん。なに山形連れてきてるんだよ。危うく退学になるところだったぞ」


「いやぁ、ごめんごめん。菜枝のスカートを拾った瞬間に見つかっちゃってさぁ」


 なんてタイミングだよ!

 でも、なんでアッサリ引いたんだろう。俺はてっきり徹底追及されると思ったんだがな。


「う~ん、なんか気になるな」

「山形先生が?」

「まあな。いつものアイツなら、もっとヤバイ罰を下してもおかしくなかった。でも、それをしなかった」

「さすがにやりすぎて校長に怒られたとかじゃない?」

「いや、それだったらもっと前に言われているだろう」

「それもそっか」


 まあいいか、見逃して貰えたのはラッキーだったのだから。菜枝に着替えてもらい、体育館を出た。


 外は相変わらず雨がしとしとと降っていた。



「帰りましょう、兄さん」

「そうだな。もうこんな時間だ」



 下校時間はとっくに過ぎていた。部活だって終わっている。昇降口まで向かい、そこで気づいた。


 傘もってねぇ……!


「あ、傘を忘れました」

「そうか……。天笠さんは?」


 ない、とお手上げだった。

 だめかぁ……。


「でも、安心して神堂くん」

「ん?」

「迎えを呼ぶからさ」


 スマホを取り出し、どこかに連絡する天笠さん。門の向こうから黒い車が現れ、昇降口に近づいてきた。ああ、そういえば送迎してもらっているんだったな。


 グラサンに黒服の怪しい男達が車から降りてきた。



「お嬢様、お迎えに参りました」

「ありがとう。神堂くんと菜枝を送って」

「分かりました。では、お車へ」


 今更ながら車がマイバッハSクラスだと気付いた。ウン千万する高級車なんだよな。おかげで俺と菜枝はずぶ濡れにならずに帰ることができた。


 アパートの前まで送ってもらい、天笠さんと別れた。


「菜枝も俺と会う前は、あんな生活を?」

「そうですね。でも、今は兄さんとの生活の方が幸せなので」

「そ、それは……嬉しいな」


 なんか照れた俺。

 うん、俺も菜枝との生活が最高に幸せ。

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