兄さんと一緒ならどこでも楽しいですから

 受付のお姉さんにチケットを渡した。

 あとは待つだけかな。

 いよいよ夢の国かぁ、楽しみだな。


 ソワソワして待っていると、受付のお姉さんが困惑していた。……ん? なんだろう?


「あの~、すみません、お客様」

「はい? なにか不備でも?」

「そうですね。こちらのチケットですが、これはデズニーチケットの“引換券”になりますね。なので、入場はできないのですよ」


「へ……」



 引換券?

 まてまて、そんなハズは――あッッ!!


 受け取って見てみると、券の隅っこに【引換券】と書かれていた。あれか、クレーンゲームでゲットしたものだから一度、業者に頼んで引き替えなきゃいけないんだ。


 俺としたことが……そんな単純なミスを犯してしまうとは!! 迂闊うかつ



「に、兄さん……どうしたのですか?」

「すまん、菜枝。このチケットは引換券だったんだ。これでは入場できないってさ」

「え! そうなのです?」

「俺がよく確認しなかったせいだ。痛恨の極みだよ。本当にすまん」

「いいえ、兄さんだけの責任ではありません。わたしも浮かれていて、よく見ていなかったのですから」


 そんな風に思ってくれるとは……。でも、俺が悪いことには変わりない。ここまで二時間以上もかけてきたのに、デズニーに入れない……!? なんてこった。


 どうしようかな。


 夢の国を目前にして帰宅?

 それはさすがにね……。


 しかし、チケットを買おうにも――八千円もするのか!


 た、高ぇ。

 二人分で一万六千円……さすがにキツいな。新幹線代で結構使っているし。俺の手持ちにも限界があった。しかも、当日券が確実に買えるか微妙らしい。


 調べて見ると予約必須なんだな。


 なんてこった。

 俺としたことが、なにかもが準備不足だったのだ。



「仕方ない。せめて東京観光でもしていくか」

「デズニーは、また今度にしましょうか」

「でも、いいのか。楽しみにしていたんだろ?」


「わたし、兄さんと一緒ならどこでも楽しいですから」



 ぎゅっと手を繋いでくれる菜枝。

 その表情に嘘偽りはなかった。

 俺はこんな馬鹿みたいに、やらかしたというのに……菜枝は、怒ることもなく、駄々をねることもなく、寛容で優しかった。


 くそっ、楽しませてやりたかった。悔しいな。


 この悔しさをバネにして、せめて東京を回ろう。



 まさかのデズニーを前にして撤退を決めた。



 踵を返し、駅へ向かった。

 菜枝の足取りはやや重かった。


 ――あぁ、やっぱり行きたかったんだ。


 まだ間に合う。

 なにか方法を考えろ、俺。



 …………ダメだ。そんな急には思いつかない。

 明日もあるし、東京観光をしながら考えるか。



 もともとホテルかネカフェで一泊はするつもりだった。帰りに東京は寄っていこうと思ったからだ。けれど、こんな形で東京へ行くことになろうとは。


 せめて東京で楽しもう。



 舞浜駅へ戻り、東京駅へ向かった。

 ここからはニ十分ほどで東京だ。

 更に乗り換え『とうきょうスカイツリー駅』へ。



「見えてきたな~」

「東京スカイツリーですね!」

「そそ。当日WEB券をさっき買ったからな、これで完璧だ」

「良かった~、楽しみですっ」


 菜枝の手を引いて、スカイツリーの中へ入っていく。今回はチケットもばっちりなので入場できた。……よしっ、これで安心だ。


 一度失敗すると神経質になっちゃうな。


 ふと、アポロ13の名言を思い出す。


 “栄光ある失敗”


 そうだ、この失敗を生かして栄光に変えてみせよう。まだチャンスはいくらでもある。菜枝に喜んでもらえるよう、がんばる。



 エレベーターへ向かい、その時を待った。


 今の時間はまだ客足もまばらのようで、それほど混雑はしていなかった。ラッキーだな。


 扉が開いたのでさっそく乗り込んだ。

 ここはまだ風景が見えないんだ。


 隅の方に背中を預けると、菜枝が抱きついてきた。……他のお客さんもいるから恥ずかしいんだけどなー。けど、さっきは悪いことをしてしまったからな。これくらいは安いものだ。

 別にカップルだと思われても構わない。



「300メートル以上も上昇するようだぞ」

「ちょっと怖いですけど、わくわくします」



 いったい、どんな風景が待ち受けているのかな。

 次第にエレベーターは上昇を始めた。


 ぐんぐん上へあがっていく。

 100、200、300と数字が上がった。


 350メートルで停止して、扉が開いた。



 ここがフロア350の天望回廊か。



「おぉぉ……!」

「わぁ……街並みがあんなに広がっていますよ」



 こりゃすげぇ、東京が一望できるとは……!

 建物が米粒みたいになってる。

 これが東京スカイツリーの展望台。恐れ入った。


 さっそく歩いて回ろうとすると、菜枝の足が止まっていた。



「どうした、せっかく来たのに」

「お、落ちないかと心配で……」



 菜枝って高所恐怖症だっけ?

 いや、そんなはずはない。

 プライベートジェットとかヘリに乗っていたらしいし。



「建物は別の感覚があるのか?」

「はい……床が抜けるんじゃないかと心配になっちゃうんです」

「あはは。大丈夫だよ、そんなことはない。菜枝は妙なところで可愛いな」


「……あぅ」


 耳まで真っ赤にする菜枝は、小さくなってうつむいた。よし、エスコートしていきますか。



★★★

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