天使の笑顔

 レバーを動かす菜枝に対し、俺は適格にアドバイスしていく。


「菜枝、そこをもう少し右へ」

「こう、ですか?」

「うん、イイ感じ」


 ボタンを押し、アームを降ろす菜枝。

 これでいければいいが――やはり、今回もダメ。大型の景品は取り辛いからなぁ。一定の金額まで投資しないとアームも強くならないだろうし、確定までの値段も五千円とか、それ以上で設定されているだろう。


 けれど、運がよければ取れる場合もある。

 チャンスがないわけじゃない。


 しかし、三回目、四回目、五回目も失敗。

 これでラストだ。



「……兄さん」



 自信を喪失したのか、菜枝は落ち込んでいた。まずいな、ちゃんと指示しているつもりが逆にプレッシャーを与えてしまっているのかも。


 ……そうだ。


 俺も一緒に操作すればいいんだ。



「菜枝、こうしよう」



 背後にくっついて、手を重ねた。

 ぴくっと反応する菜枝は困っているようにも見えた。……やりすぎたかな。でも、これしか方法がない。


「えっと……その、こ、これではドキドキして……集中できないかもです」

「大丈夫だよ。俺がちゃんと菜枝の手に触れてるから」


 泣いても笑ってもこれがラストだ。

 感覚を研ぎ澄ませ、上手く操作してしていく。……ここだ。この位置ならアームの爪に引っ掛かってくれるはずだ。


 降下するアームは、ぬいぐるみをキャッチ。持ち上げて移動を始めた。これは、いけるぞ……!



「いけるかも……」

「ああ、これで……!」



 もうすぐでゲットだ。

 これはいけるか……!?


 と、思ったその時だった。

 ポロッと落ちて失敗に終わってしまった。



「ああああぁぁ……」



 さすがの菜枝も泣き叫んだ。

 くっ、ここまでか。

 確定までいくら掛かるか分からないし、ここで止めておくのが無難だ。



「時間もないから諦めよう」

「……残念です」

「取ってやりたかったけどな」



 筐体から離れ、クレーンゲーム専門店を後にしようとしたのだが――俺は出入口付近でふと目に入ったものがった。


 あれは……。

 あのクレーンゲームより小さい筐体は間違いない。



 この店に『バンバンビーノ』があるとはな。



「立ち止まってどうかしましたか、兄さん」

「いやぁ、あのクレーンゲームが気になってね」

「普通のより少し小さいですね。しかもカプセルばかりです」



 そう、あのバンバンビーノは、カプセルオンリーだ。

 カプセルの中に『番号付きのカギ』が入っている。カギは筐体の傍にあるロッカーに対応しているのだ。その番号のドアを開ければ景品ゲット。


 ゲーム機のス・イッチだとかゲームソフト、デズニーチケット、アマゾ~ンギフト券、タブレットなど豪華景品がもらえるのだ。


 俺はちょうど、昨日、動画サイトでバンバンビーノの攻略を見ていた。もしかして、ここにあるのは“ロム2.55”ではないか――?


 バンバンビーノには、バージョンがあるようで古ければ『裏技コマンド』が使用できるのだ。これを使えば座標をバグらせて景品をゲットできるという。



「いけるかも」

「え……? 兄さん、やるのですか」

「さっきは悪いことしちゃったからな。菜枝の為にもう一仕事したい」

「そ、そんな、悪いです。兄さんのお金をこれ以上減らすのは……」


「気にするな。どうしても菜枝にお土産を作ってやりたいんだ」



 俺は、百円を投入してまずはコマンドを打った。これで座標がズレたはず。あとは操作してカプセルを近づけていく。


 三百円投資したところで、カプセルも獲れる範囲になった。あとはゲットするだけ。


 アームが確実にカプセルを捕えた。



「おぉ、取れていますね」

「大成功だ。これで豪華景品がゲットできるぞ」



 カプセルが落ちてきた。

 中身は『③番の鍵』だった。

 さっそくロッカーを開けてみると――。



「兄さん、これ『デズニーチケット』ですよ! うわぁ、すごい……」

「マジだ。入場券じゃん。遊びに行けちゃうな」

「これでデートに行けますね……!」

「ああ、だけどその前に全部取ってやる」



 裏技が使える以上、景品は全ていただく。

 俺は技を駆使してカプセルを全取りした。結果、ゲーム機やソフト、ギフト券を大量入手した。



「…………驚きました。こんなに獲れちゃうなんて。兄さんってば、魔法使いみたいです」

「偶然というかラッキーというか。これでしばらく遊べるな」

「はいっ。家ではゲームで遊べますし、デズニーも行けちゃいますし」



 なんだかんだバッティングセンターへ来て良かったな。

 荷物をまとめクレーンゲーム専門店を後にした。


 外はすっかり夜になっていた。

 さっさと帰らないと補導されちゃうな。



 バスに乗り――帰宅。



 アパート前まで辿り着いた。



「今日は楽しかったな」

「わたしもです。『てぃかわくん』は獲れなかったですが、とても充実した放課後を送れました」


 菜枝の天使の笑顔に俺は、会心の一撃を食らった。……今の、胸にズッキュンきた。惚れてしまうだろー! ……いや、既に惚れてるけど。


 玄関を開け、アパートの中へ入ると菜枝が俺の手を握ってきた。


「……! どうした、菜枝」


「お、お風呂に……行きませんか」

「い、一緒に?」

「はい……一緒にです」



 ただでさえドキドキしているのに、更に加速した。

 菜枝とお風呂は何度か経験しているか、ここ最近はなかった。久しぶりに誘われて、頭が爆発しそうになった。


 断る理由なんてない。


 だって俺は菜枝のことが――。



「…………え、一緒にお風呂って」



 バサッと何か落ちる音がした。

 振り向くと玄関の外に誰かがいた。


 って、この声はまさか!!



★★★

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