目指せ、ホームラン!
隣町にある大型クレーンゲーム専門店へ向かった。そこにバッティングセンターも併設されているので、遊ぶなら最高の場所だ。
市営バスに乗り、揺られていく。
「兄さん……あのぅ」
「交通費なら気にするな。最近戦いに勝って金銭的な余裕があるんだ。任せろ」
「いつも奢って貰っちゃって申し訳ないです。わたしも何か恩返しが出来ればいいのですが……」
「いいんだよ。アパートの家賃とか水道光熱費の半分は出して貰っているし、それで十分だ」
一緒に同棲生活を送るようになってから、菜枝は自身の貯金から切り崩してくれていた。住まわせてもらう以上は半分は負担したいと頑固だった。俺は、折れる形で同意したわけだ。
おかげでだいぶ負担も減ったし、少し遊ぶくらいなら問題ない。
バスは隣町まで向かい、停留所で止まった。料金を支払って降車。ちょうど目の前がクレーンゲーム専門店の『M.O.M.O.』だった。
その隣にバッティングセンターがある。変わった店だ。
「到着だ。菜枝は初めてか」
「は、はい。こんなところにあったんですね。イメージ通りです!」
箱型の店舗の隣には、緑のネットが広く張り巡らされている施設があった。あの場所こそ『バッティングセンター』だ。数年振りに訪れた。
百台以上設置されているというクレーンゲーム店の方も気になるが、そっちは後だ。帰りに寄っていけばいいさ。
お店に入ると、そこそこ学生とか家族連れがいた。カップルもいるな。
「さて、どれにしようかな」
「あ、あの……兄さん、わたしは100kmで挑戦してみたいです!」
「ふむ、100kmね……って、100km!?」
いきなり100kmは大きく出たなぁ……。菜枝の細腕で打ち返せるのだろうか。というか、折れちゃうんじゃないかと心配になってきた。……ちょっと無茶はさせられないな。
さすがに、初っ端で100kmは怪我にも繋がるので俺は最低速度の80kmを推奨してみた。
「こっちにしよう。まずは様子見だ。俺が先に打つから見ていてくれ」
「分かりました! がんばってください、兄さん」
菜枝にはベンチで見てもらう。
俺はまず、料金の二百円を機械へ投入。ここはニ十球打てるので中々安い方だ。
バットを握りしめ、打席に立った。
この久しぶりの感覚……悪くない。
しばらくするとバッティングマシンから球が高速で飛んできた。
久しぶりだからな、打てる自身は五分五分。感覚が鈍っていなければ――いや、いけるぞ。この感じはまだいける。俺はまだ老体じゃないッ。
「――ふんっ」
バッドを振ると見事にヒット。
『――カキンッ! …………ドス』
気持ちい程の金属音が響き渡り、ホームランの的のギリギリ下に当たった。惜しかったなぁ。もうちょっとだったのに。
悔しがっていると、菜枝が外側で驚いていた。
「わぁ! 兄さん凄いです! あんな戦闘機のような速い球を打てちゃうなんて……スーパーマンみたいです」
「いいやや、これ80kmだからな」
「いえいえ! あんな速いの、わたしには打てませんもん」
「最低ラインが80kmだぞ。ていうか、菜枝もやるんじゃなかったのか?」
「うぅ……。それが、リアルを目の当たりにして意気消沈しています。まさか、こんなスピード感があるなんて。万が一、体とかに当たったら痛そうです」
菜枝は恐怖を感じたのか、自信を無くしていた。でも、せっかく来たのだから一回くらいはやってもらおうかな。
「大丈夫。俺がちゃんと教えてやるから」
「……でも」
「ボールが当たりそうになったら守ってやるから」
「分かりました。がんばってみます」
いったん打ち終わってから、今度は菜枝を招いた。
打席に立ってもらうが――
これは……。
え? マジ?
「菜枝……まさかバットを持つのも初めてか?」
「…………はぅ」
図星であると言わんばかりにやや涙目になる菜枝。だめだこりゃ。
言い出しっぺがこれでは……いやだけど、優しく教えてやるのが兄ってモンだ。
俺は菜枝を立たせ、バットの握り方を教えた。
「いいか、こうやってバットを持つ」
「――な、なるほど」
「で、球とのタイミングを合わせて振りかぶる。こうブンと」
「ブンと、ですね」
気のせいだろうか、菜枝はソワソワしていた。頬が赤いような。
「すまん、近かったか」
「……ドキドキしているんです。兄さんが近いから」
確かに、ほとんど密着している状態で教えている。ずっと無意識だったけど、今は俺も心拍数が上昇しつつあった。
「そ、そうだな。離れるか」
「そのままでいいです。もっと詳しく教えてください」
「分かった。ホームランが打てるように極意を仕込んでやる」
「はい、お願いします。先生」
完全な不意打ちだった。
先生と呼ばれて――笑顔を向けられ、俺は頭から煙が出た。……バッティングセンターに来て良かった……!
心の中で叫びつつも俺は、菜枝にバットの振り方をレクチャーしていく。
数分後、ようやくまともに振れるようになった。
これで80kmに挑戦……果たして打てるかどうか。
俺は傍から見守った。
「がんばれ、菜枝」
「……目指せ、ホームラン、です」
予告ホームランのポーズだと!?
これは楽しみだな。
ピッチングマシンが音を立ててボールを発射させた。菜枝は鋭い目つきで狙いを定め……!
振りかぶった……!
『……スカッ』
そりゃ、いきなり打てるわけなかったか。
その後も一回も打てずに終わった。
「菜枝……」
「……うぅ、お恥ずかしいところを見せてしまいました」
両手で顔を覆う菜枝は、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。なんて声を掛けていいのか困るぞ、これ。
「ま、まあ……初めてにしては上出来だったんじゃないか」
「兄さん凄すぎです! なんでそんなに打てるんですか? 野球部だったとか」
「俺は部活に入ったことはないよ。あれだ、親父が野球好きでね。よくバッティングセンターに連れられてさ、それで極めた」
「さすが、わたしの兄さんですっ。はい、どうぞ、お水です」
菜枝の飲みかけの水を受け取った。
……これはご褒美だ。
俺は遠慮なく水を飲み干した。
★★★
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