カッコよくて、また惚れちゃいました

 手がまだ震えている。

 俺らしくないことをしてしまった。


 説得できたのかな。

 これで良かったんだよな……。


「ありがとうございます、兄さん」

「菜枝、俺は……その」

「カッコよくて、また惚れちゃいました」

「いや、たいしたことはしてないけどな?」


「いえ、あの“阿修羅アシュラ”と名高いお父様を納得させ、帰らせてしまいました。これは普通の人では出来ません」


 聞くところによれば、菜枝の親父さんはガチで厳しい人らしい。……雰囲気で何となく分かるけど、仕事のことになれば、それこそ阿修羅すら凌駕する存在になるのだとか。


 想像しただけで恐ろしいな。


 けどまあ、経営者とは様々な責任を負うものだからな。人に対して厳しくもなる。



 とりあえず、場は凌げた。

 一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが……菜枝との生活は続けられそうだ。



 昼飯を済ませ――短い休憩時間を過ごした。



 ……また授業だ。



 教室へ戻ると天笠さんが深刻そうな表情をして俺を迎えてくれた。



「神堂くん、あのクソ親父が学校に来ていたっぽい。もしかして、会った?」

「親父さんとなら会ったよ」


「え!? ウソ。マジで……。ということは、菜枝との生活は……」


「いや、それは大丈夫だった。多分あれはオーケーだと思う」

「は!? へ!? ウソー!」



 叫びまくって驚く天笠さん。おかげでクラスメイトから注目されて恥ずかしいぞ……。


「本当だよ。嘘だと思うなら、菜枝に聞いてみるといい」

「……信じるけど、信じられないな。凄いな」


「俺も未だに信じられないよ。もっと粘られると思ったし」

「驚天動地だよ。あの堅物頑固親父がねぇ……びっくりだわ」


 そんなにか。天笠家では本当に厳しい人なんだろうな。そんな人がなぜ、俺ごときの言葉で揺らいだのだろうか。謎が深まるばかりだ。



 それから、午後の授業が始まった。

 俺はずっと集中できず……ただ時間だけが過ぎていった。



 * * *



 今日も一日が終わった。

 教室は疎らになっていく。

 同じクラスの生徒は、それぞれ部活や帰宅へ。俺は……そうだ、俺は菜枝と帰る。それが日常だ。


 なにも変わらない、俺と菜枝だけの同棲生活。


 荷物をまとめて席を立つと、天笠さんが俺の前に立ちはだかった。



「悪い、天笠さん。今日は勝負する気はないよ」

「……それは残念。でもね、そろそろ、私も本気出さなきゃかな」


「――え? どういう意味だい?」

「さあね。それは自分で考えて」



 背を向ける天笠さんは、なんだかご機嫌な様子で教室を出ていった。……な、なんだろう?


 気になりつつも、俺は少し遅れて教室を出た。


 昇降口へ向かうと菜枝の姿があった。



「お待ちしておりました、兄さん」



 俺の方まで駆け寄ってくると上目遣いで視線を合わせてきた。それが、なんだか照れくさくて――どこを見ればいいか迷った。



「少し待たせたよな、ごめん」

「いえ、大丈夫です。今日はどこか寄って帰りましょう」

「そうだな。気晴らしが必要だ」

「昼休みから溜まった鬱憤を晴らしにバッティングセンターなんてどうでしょうか」


 菜枝からバッティングセンターが出てくるとは。ていうか、菜枝は運動音痴だったはず。大丈夫なのかな。


「いいけどさ、打てる?」

「馬鹿にしないで下さい、兄さん。スポーツが苦手だったのは昔の話です。今はむしろ得意なんですからっ」


 本当かなぁ。

 短期間で運動が得意になるものなのかな。けど、たまにはいいだろう。俺もどちらかと言えば、体を動かしたい気分だった。


 よし、バッティングセンターへ向かう。



★★★

面白い・続きが気になると思ったらで良いので『★★★』の評価をしてくださるとモチベーションがアップして助かります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る