義妹からお風呂の誘い

 気づけば、菜枝がブラウスのボタンにまで手を掛けていた。あと一枚脱げば下着姿になってしまうだろう。


「ちょっとストップ。それ以上は……」

「わたしに魅力ないですか……?」

「魅力ありすぎるよ。こんな綺麗だし、可愛いし。でも今は部屋の確保が優先だ」

「そ、そうですね」


 菜枝は無理していたのか、震える手でボタンを戻す。耳まで真っ赤にして……やっぱり無茶していたんだろうな。気持ちだけでも嬉しいけど。



 ――俺は部屋の荷物を一時間ほどかけて整理した。



「ふぅ、こんなところか。これで空き部屋の状態にまでは戻せた」

「ありがとうございます、兄さん」

「いや、いいんだ。……ただ、ベッドとか布団すらないから寝る時は俺の部屋を使うといい。俺はこっちで寝るから」


「でしたら、一緒に寝ましょう」

「……い、一緒に?」

「はい。それくらいのお礼はさせてください。今、わたしに出来ることは兄さんを癒すことくらいですから」



 初日でいきなりだな。

 俺の身が持つかどうか……けれど健全な男子である俺は、その誘惑には勝てなかった。


「分かった。期待しているよ」

「兄さんを幸せにする為にがんばりますっ」


 真面目な顔を向けられたが、菜枝はお腹を鳴らした。


「菜枝、お腹減ってたのか。そういえば、昼過ぎだったな」

「………はぅ。恥ずかしいです」


 お腹を押さえて赤面する菜枝は、ちょっと涙目だった。いちいち可愛いな。……子供の頃から可愛かったけど、こんなに美人に育ってしまうとは。特に胸の成長は著しい。


「お昼にしようか。俺が作ってあげるから、菜枝は部屋で自由にしているといい」

「兄さん、お料理をするのですか?」

「まあね。今まで一人暮らしだったし、自炊をしないと金銭面も辛いし」

「そういうものなのですね。わたし、一人暮らしとかしたことないので……」


「仕送りもあるけど限界があるからね。だから、バイトもしてる」

「……それなのに、わたしってば無理に押しかけて……」

「気にするな。女の子を一人養うくらいなら問題ない。とにかく、少し待っていてくれ。美味い飯を作っておく」


「なにかお手伝いできることがあったら、なんでも言ってください」

「ああ、その時は頼む」



 微笑む菜枝は、頭を丁寧に下げて部屋へ向かって行った。


 俺はしばらく動けなかった。


 ……緊張がずっと続いていたからだ。


 菜枝の笑顔、体の感触、匂いとか……全てが新鮮で、心がこんなにも高揚するものだと思わなかった。可愛い女の子が傍にいるだけで、こんなに楽しいなんて――知らなかった。


 これから楽しくなるぞ、と期待しながら――俺はペペロンチーノを簡単に作った。


 あれからニ十分ほど経過。

 匂いに釣られてだろうか、菜枝が顔を出した。



「良い香りですね。なにを作っているんですか?」

「ペペロンチーノさ。もう出来たから食べよう」


 俺も菜枝も席に着く。


「パセリと赤唐がらしの輪切りの調和が素晴らしいです」

「あはは。普通だよ、はい、お茶」

「ありがとうございます、兄さん」


 さっそく、いただきますをして食事を始めた。まずは、菜枝の感想を聞きたい。


「どうぞ、食べて」

「……はい」


 フォークを手に取り、ペペロンチーノを味わう菜枝。食べ方にさえ気品があるな。ずっと見ていられる。



「どうかな」

「…………」



 菜枝は無言だった。

 なんだか困った顔をしているように思えた。


かった? ごめんな」

「いえ……とても美味しいんです。兄さん、こんなにお料理が上手なのですね。わたし、驚きました。尊敬しちゃいます」



 フォークの手を止める菜枝は、感激してボロボロ泣いていた。そんなに泣かれるとは思わなくて、俺は動揺した。……マジか。


 号泣しているじゃないか。


「だ、大丈夫か。菜枝」

「…………三日間、なにも食べてなかったので」


「え? 断食でもしていたのか」

「そ、その……恥ずかしいのですが……両親に抗議する意味で食事を拒絶していたんです。あとダイエットも込みで……」


 そういうことか。天笠家で何かあったんだろうな。……ダイエットの必要はなさそうだけど。


「無茶しすぎだ。ちゃんと食べないと倒れちゃうぞ」

「兄さんは、細い女の子の方が好みですよね?」

「……いや、俺はちょっとムチッとしている方が好きだぞ」


「え……分かりました。食べます。食べて兄さんの理想になりますね!」

「お、おう」



 なんか知らないが、元気が出たみたいだな。


 食事を終え――まったりしていれば十九時を回っていた。あれから、菜枝は部屋を自分色に染めていた。


 覗いてみると、実に女の子らしい部屋が広がっていた。……短時間でここまで変わるとはな。嬉しい反面、緊張も増す。

 同棲生活が本当の意味で始まったような気がしたからだ。


 これから二人で生活するんだよな。

 夜も一緒に寝て……うわ、想像したらまた緊張してきた。


 動揺を隠しきれなくなった俺は、急いできびすを返す。だが、菜枝が俺の手を握った。



「あの……兄さん、お風呂使っていいですか」

「ふ、風呂か。そうだな……ああ、使っていいぞ。ちょっと狭いけどな」

「良かったら、一緒に入りましょう。お背中流しますから」


 震える口調で菜枝は言った。

 更に背中から抱き着かれて、俺はもう頭が真っ白になってしまった……。



★★★

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