第66話 過去
さらに数日が経過した。
セレネ様は自分の裸が見られたことで少しは自重することとなった。
しかし、今朝一緒にご飯を食べる時にまた以前のように艶かしい視線を送ってきたから油断は大敵だ。
今日は貴族院の議事堂で平民や奴隷の処遇についての会議がある。
そこでケルツ様は魔法が使える平民や奴隷について一代限りではない爵位を与えることを可能にすべきという意見を述べるらしい。
もし、ほとんどの貴族たちが彼の意見に賛同したら、議長が意見を取りまとめて国王陛下に進言することとなっている。
現に、俺はケルツ様と同じ馬車に乗っており、後ろにはエレナ様とルナ様とセレネ様を乗せた馬車がついてきている。
リナの場合は議事堂に行っても、貴族たちからよからぬ視線を向けられるとのことでケルツ様が行くことを許さなかった。
リナは身内贔屓せずとも自他ともに認める美少女だ。しかも平民。
プライドが高いベルンみたいな貴族らがリナの姿を見たらろくなことが起きないに違いない。
きっとケルツ様はそのことを見越して俺を配慮してくれただろう。
それだけじゃない。
ケルツ様はリナにミア様の家に行くようにとメイドと馬車を用意してくれた。
今頃、ミア様のところに向かっていることだろう。
ミア様はリナのことをよく見ている。
なので、リナは俺と話している時にミア様の話を頻繁にする。
ちょっと不思議なところがあるがケルツ様の専属メイド兼秘書をやっている非常に優れたハンナ様の妹だから問題なくリナを任せられる。
セントラル魔法学園の制服を着ている俺がため息をついているとケルツ様が口を開いた。
「緊張しているのか」
彼は表情こそ柔らかいが、瞳の奥には動揺という感情が見え隠れするように感じられる。
「俺は大丈夫です。ケルツ様こそ、大丈夫ですか?」
「俺?」
「はい。みんなの前で既得権益を潰すことにつながる発言をされますから……最高貴族であるケルツ様ならそれが何を意味するのか分かると思いますが」
「ははは!生意気な奴め。自分じゃなくてこの俺を心配するとはな」
「気を害されたのならすみません」
破顔一笑だったケルツ様はしばしたつと深々とため息をついて、少し暗い表情をしたまま窓越しに空を見上げる。
「君の言う通り今まで必死に守ってきた既得権益が潰れようとしているんだ。おそらく死ぬ気で抵抗してくるだろう。能力のある平民や奴隷がのし上がることは決して奴らにとって非常にまずいことだからな」
「……でしょうね」
「しかし、そんな自己中心的な考えによってジェネシスという団体ができて、パーシー家が滅びた」
「……」
「それだけではない。能力あるものを認めない奴らによってハルケギニア王国は衰退しつつある。誰かが動かなければ、貴族らによる傀儡政権になるのは時間の問題だ。第二のパーシー家がいつ現れか心配だ」
「そうですね……」
「俺はカナト君に感謝しないといけない」
「え?俺に?」
予想外のことを言われたので俺は小首を傾げ続きを視線で促した。
「君は俺に勇気を与えてくれた」
「勇気……」
「アルベルトの話をしようか」
アルベルト様はジェフ様の父だ。
なぜいきなり彼の話をするんだろう。
俺が不思議そうに考えるそぶりを見せると、ケルツ様が懐かしむように口を開いた。
「昔、アルベルトは平民や奴隷で能力あるものには爵位を与えるべきだと主張してきた。そのせいで、アルベルトは伯爵だけど上流貴族社会から完全に干されてしまった」
「……」
なるほど。
そんな過去があったのか。
「しかし、アルベルトは平民や奴隷からの支持は厚く、ビジネスは成功し続けて、しまいには王族をも脅かす存在となった」
「そうですか……」
王族にも煙たがれる存在になったのか。
なんかネジが2本か3本くらい抜けた人のように見えたけどな。
「そんなアルベルトを嫉妬した貴族らは難癖をつけてアルベルトが持っている財産を全て奪った。パーシー家のヘンリーが主導したから、アルベルトの財産のかなりの部分がパーシー家に移ったな」
「酷すぎる」
「それ以降、アルベルトは怒り狂って、貴族だけでなくこの国そのものを滅ぼそうと画策した。俺はその時にアルベルトと出会ったんだ。妻を貴族らに殺され、当時赤ん坊だったジェフ君しかいない彼を俺が匿ってあげた」
「……」
「アルベルトは能力あるものが必ず報われる世界を目指して自分の人脈を総動員してハルケギニア王国を本気で潰そうとしていた。おそらく俺が彼を受け入れなかったら、本当にこの王国は血に染まったかもしれない」
ケルツ様は顔を歪ませ、悲しい表情をする。しかし、やがて吹っ切れたようにまたいつもの感じで語る。
「俺は彼を慰め、立ち上がる機会を与えた。国を滅ぼすことをせず、力をつけるように助けたんだ」
「……」
「結果、俺はアルベルトのおかげで莫大な富を築くこともできた。アルベルトも公にはできないが、上流貴族を脅かすほどの財産を持つようになった。そして気がつけば、俺とアルベルトは能力あるものが必ず報われる国を共に夢見ることになったんだ」
ケルツ様の過去話を聞くのは初めてだ。
俺は彼の新たな一面を知ることができて不思議な気持ちが芽生えた。
すると、ケルツ様が苦笑いしてまた話す。
「俺は現状から逃げていたかもしれんな。この国の貴族が鼻持ちならないほど腐っていることは昔から知っていたけど、アルベルトの話を聞いた時の俺は恐怖を感じていた。自分も巻き込まれるのではないかなとな」
「当然の反応です。ケルツ様は悪くありません」
「ふふ、ありがとう。で、俺たちは力を蓄えるために、ずっと走ってきた。そしたら、カナト君と出会ったわけだ。そして俺は確信したんだ。君がいたら、この国が変わるとな。だから俺は動いた。全部君のお陰だ」
「そ、そんな……大袈裟です」
「今までカナト君がやってきたことを思い返してみろ。大袈裟だという都合のいい言葉で誤魔化せるか?」
「……」
「それに、この国で最も美しく聡明な女3人を味方につけるほどの器……実に……実に生意気なやつだ!君は!」
「え!?」
ケルツ様が俺を指差して興奮し始める。
「エレナを悲しませたらタダじゃおかないぞ」
「……」
「俺の娘が一番だからな!!!!!」
「な、何をおっしゃるんですか」
急に頓珍漢なことを言うケルツ様に俺がドン引きすると、ケルツ様がクスッと笑った。
釣られる形で俺もクスッと笑い、馬車の中は穏やかな空気に変わった。
うん、
穏やかじゃないと思う。
追記
次回は後ろにいる3人のお嬢様のガールズトークです
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