第58話 デート。邪魔者


 ジャック様が馬車を貸してくれたおかげで俺が運転手となり、ルナ様を後ろに乗せたまま走らせた。

 

 蹄が大地をゆっくり蹴り上げる音と緑溢れる道を進んでいると、人々が住む集落が見えてきて、さらに進めば王都が現れた。


 なぜか彼女が後ろの窓から前を見つめているけど、俺は気まずいから後ろを振り向くことなく、王都にある貴族向けの厩舎に馬車を預けた。

 

 代金はケルツ様からもらった金貨で払った。


 最近は災難だらけだが、経済面においては結構潤っている。


 だけど、俺もリナも浪費癖とかないからあまり使わずにいたんだよな。


 俺は馬車へと行き、ルナ様に出てもらうべくドアを開いた。


「……」


 すると、彼女はキリリと口を引き結び、俺をじっと見つめてきた。


「?」


 立ち上がる様子はなく、物足りない表情で俺に何かを要求するような面持ちを見せるルナ様。


「えっと、ゆっくり降りてください」


 と言って俺は手を差し伸べた。


 そしたら彼女は頬を朱に染めて頷いてから馬車から降りる。


「きゃっ!」

「ルナ様!」

 

 だが彼女は馬車の段差になれてないのか、踏み外してそのまま俺の方へ倒れてしまった。


 最初に触れたのは彼女の極上の柔らかさを誇る胸。


 まるで緩衝材張りに衝撃を吸収しながら押し潰される勢いで形を変え、俺の胸圧迫する。


 条件反射的に俺はルナ様の背中に手を回したので、離れたところから見れば結構やばそうに映るだろう。


「かかか、カナト……」

「申し訳ございません!!」


 と大声で言ってすすすっと素早く距離を取った俺は、彼女を見つめた。

 

 すると、ルナ様は乱れた髪を後ろに流してから言う。


「い、いいです。カナトおにいs……カナトさんは悪くありません。全部私の不手際ですから」

「……」


 すごく新鮮だった。


 目の前にいるのは公爵家の長女である。


 そんな彼女の体に触れたのに、彼女は怒ることなく、むしろ自分に非があるとまで言ってくれた。


 俺は安堵のため息をついてから、笑顔で返事をする。


「ルナ様、行きましょう!」

「はい!」


 俺たちは外へ行くべく、歩き出す。


 すると、厩舎の管理人らしき人が話をかけてきた。


「レノックス家の方ですね!あはは!」


 豪快に笑う管理人。


 ルナ様が頷いた。


 管理人は俺を一瞥してからルナ様に向けて話す。


「護衛が一人だけだなんて……彼はものすごい実力者なんですね?」

「はい。そうです」

「いつも尊敬しております。レノックス家の方々の知恵はこの王国においてなくてはならないものですから」

「ありがとうございます」


 ルナ様は軽くお礼を言う。


 俺が今どれだけ偉い人とデートをしているのかを思い知らされた瞬間だった。


 ファイブスターのメンバーは身分とか気にしてないから感覚が麻痺していたと思う。


 彼女は貴族社会でかなり評価が高い人物だ。


 気をつけておこう。

 

X X X

 

 俺たちは王都を歩きながらデートを楽しんだ。


 魔道具を売っているところへ行き、不思議な魔道具をいじったり、薬局みたいなところへ行き、薬草や変な薬をみたりと。


 所々謎の怖い視線を感じたのだが、ジェネシスのアランのような類の視線ではなかったので、無視しながら俺たちは王都の最も賑やかなところへやってきた。


「野菜が安いんよ!」

「糖度高めのエルフレモンが今なら半額!」

「南島で取れた美味しいアカキジ肉だ!すぐ無くなっちまうから早い者勝ちだ!」


 客引きのためのセリフと人々の声が行き交う中で聞こえてくるケルト風の音楽。

 

 これら全てがうまいこと調和して一つの交響曲を連想させる。


 正直に言って、日本で女性とデートしたのは数えるほど少ない。


 本来であればものすごく緊張するようなシチュエーションだが、彼女と俺は身分がそもそも違いすぎるし、デートというよりかはルナ様の使用人みたいな感じで付き添っているイメージの方が強い。


 ゆえに、変な勘違いをすることなく、ルナ様をエスコートできていると思う。


「あ、あの……カナトさん」

「はい」

「……」

「え、え?」


 俺が安心していたらルナ様はいきなりご自分の腕を俺の腕にくっつけて歩く。


 実は、時々ルナと肩をぶつかりながら歩いたので、ぶつからないように少し距離取っていたのだが、今度は彼女が露骨に押し付けてきた形だ。


 突然のことで面食らった俺は彼女の顔を見てみるが、ルナ様は何も言わずにちょっと嬉しそうに口角を微かに吊り上げる。

 

 それと同時に殺気立った視線が感じられる。


 うん。 


 俺たち狙われているのか?


「あの、ルナ様」

「っ!やっぱり迷惑だったかしら?」

「い、いいえ。そろそろ昼食にしませんか」

「あ、う、うん。そうね」


 なので俺たちは謎の視線から抜け出すべく俺がよく通うレストランへの中に入ることにした。


 俺たちが入ったところは主に平民が利用するようなお店だった。


 なので、自分のチョイスが大失敗であることに気づいた俺は大慌てで他の高級レストランへ行きませんかと提案したが、彼女は俺の顔を見て、クスッと笑い、ここが良いと言ってくれた。


「お待たせしました!こちら、ご注文の鶏団子と健康サラダでございます!」

 

 俺は鶏団子、ルナ様はサラダ。

 

「それじゃ食べましょうか!美味しいですよここは」

「平民のレストランで料理を食べるのは初めてですが、料理上手のカナトさんのお墨付きならいうことなしですね」


 と言ってルナ様は迷いなくサラダを食べる。


 感知スキルで毒がないことは既に把握済みだ。

 

 帽子をテーブルの隅っこに置いたルナ様がもぐもぐと可愛いけどほぼ聞こえないような咀嚼音をたてながら食べる。


「……美味しい」

「ですよね。この鶏団子も最高です」


 俺はフォークを使い鶏団子を口の中に運んだ。


 歯によって砕かれる鶏肉からは肉汁が溢れており、香辛料や下味をつけるために使われた香ばしいスープの芳醇な香りもする。


 ジェネシスによってこの王国は危機に晒されているというのに、ここは平和だ。


 俺はこの平和が好きだ。


 満足そうな顔で飲み込むと、向かいに座っているルナ様がモジモジしながら言う。


「鶏団子……そんなに美味しいですか?」

「はい。とても美味しいですよ。ルナ様の分も注文しますか?」

「そんなにいっぱいは食べられません……」

「あ、だったら俺の食べます?」

「……はい」

「どうぞ」


 俺は鶏団子が入った皿をルナ様の方へ差し出すが、彼女は頭を横に振って食べようとしない。


「ん?」


 俺が疑問の眼差しを向けると、ルナ様は俺から目を背けて消え入りそうな声音で言う。


「食べさせてもらえないかしら……」

「ん!?」


 まさしく「ん!?!?!?!?」だ。

 

 俺が目を丸くしていると、彼女が急に頭を下げてきた。


「ごめんなさい……さっきのは忘れてください」

「……」


 まるで重罪を犯した罪人のように目を潤ませるルナ様。


 俺は首を若干ひねって困り果ててる彼女を見てみた。

 

 すると、一つの疑問が浮かんでくる。


 今まで彼女が見せた解せない行動の数々。


「失礼な質問かもしれませんが、ひょっとしてルナ様って亡くなられたお兄さんともこんな感じでしたか?」

「……」


 彼女はぶるぶる体を震わせて無言のまま頷く。


 そうか。


 そういうことか。


「私は貴族失格です……気持ち悪かったんですよね?これまで生徒会長として偉いことをたくさん言ってきたはずですが、実は私は生徒会長になる資格のない器の小さな人間です。いまだにお兄様の死を引きずって……」

「ルナ様……」


 一体誰がルナ様を責められよう。


 そんなやつはぶっ飛ばしてやる。


「ルナ様」

「ん?え、はうっ!!」


 俺は自分のフォークで鶏団子をブッ刺してそれをルナ様の口にねじ込んでやった。


「ん!!んんんん!!!」


 ルナ様は戸惑いつつも、恍惚とした表情を浮かべ鶏団子を味わう。


 やがて俺がフォークをルナ様の口から抜くと、唾液が太い糸を引いて、俺の手に付着した。


 食べ終わったルナ様は、感動したように俺を見つめる。


「でしょ?」

「あの……ごめんさない」

「謝らないでください。ルナ様は辛い過去をお持ちです。にもかかわらず、セントラル魔法学園の生徒たちをうまくまとめてくれています」

「カナト……」

「俺はルナ様のお兄さんにはなれませんが、こうやってデートしたり話したりすることはできます。こんな俺でよければこれからもよろしくお願いします」

「っ……カナト……カナト……カナト」

「ん?」


 急にルナ様の様子がおかしい。


 息切れをして、興奮した表情を隠すことなく俺に見せては、



「カナトお兄しゃm」



 誰かが勢いよくドアを開けてきたせいでルナ様の言葉は遮られた。


「全部出ていけ!!!これからこのレストランは、リオ様が利用するため貸切状態となった!」


「り、リオ様!?」

「この商店街の税金を管理する伯爵様だよね?」

「やべ……」

「最近は息子がセントラル魔法学園で退学処分を受けたことで怒り狂って自分の管轄下にあるお店に行って前よりお金をもっと踏んだくるようになったらしいよ」

「怖い……」


 セントラル魔法学園で退学となった息子……

 

 一人しか思い浮かばないな。


 

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