第57話 ルナの父の言葉

ジェネシスの本拠地


 首輪をはめられアンデッドハリーは跪いたまま1200号を睨んでいる。


「さあ、そろそろ行こうか。ご両親に挨拶しに行かないとね」

「がああああ……」

「どんな顔するんだろうね。とても楽しみ」

「がああああ……」

「親孝行、しようか」

「ごあああああ……」

 

 ハリーはわけのわからない泣き声を届けるだけだった。


 1200号はハリーの首輪につながった鎖を引っ張り、飛び上がる。


X X X


数日後


レノックス公爵家


 ついに約束の時間がやってきた。


 俺はルナ様の頼みを拒絶することができなかった。


 もし断ったら、俺の手と腕はひん曲がっていたかもしれない。


 幸い、王都へ行き、買い物などをするとリナたちに言ってあるので、疑われることはなかった。


 別に隠すつもりはないけど、言ってしまったら面倒なことになりかねないと本能が訴えてきたので今に至るわけだ。

 

 現在俺はとても親切な門番たちに通されてルナ様が住んでいるレノックス家の屋敷の前にいる。


「す、すごいな」


 もちろん派手さで言えば、フィーベル家に軍配が上がるだろう。


 しかし、この邸宅は素人目線でも数百年くらいは経ったのではないかと思ってしまうくらい古風だ。だが、実に美しい。まるで先達の知恵が凝縮された形だ。


 俺はこの建物が持つ言葉では言い表せない威厳に圧倒されてしまった。


 レノックス家の歴史はとても長いと聞いた。


 ハルケギニア王国が誕生する前からずっと法を司っており、レノックス家の人々の知恵を借りるために、王族だけでなく国外からも人がいっぱいくるそうだ。

 

 この王国にはハリーみたいな傲慢で鼻持ちならない人格の持ち主もいる反面、こんな立派な公爵家もある。


 だからハルケギニアは潰れずに今までうまくやっていたのだろう。


 と、俺と感動していると、邸宅の巨大な扉が開かれる。


 そこには、真っ白なドレス姿をして、お嬢様が被りそうな帽子を被ったルナ様がいた。

 

 いつも制服姿のルナ様しか見てなかったから普段の姿とのギャップがありすぎて俺は戸惑ってしまった。


「カナトさん、お、おはよう……ございます」

「は、はい……おはようございます」


 帽子を若干いじるルナ様。


 おかげで綺麗なエメラルド色の瞳が姿を現した。


「……」


 いつも凛としていて、セントラル魔法学園の全生徒の模範となる人らしからぬ表情をしている。


 彼女ははにかんでいた。


「ど、どうですか?」

「とても似合ってます……」

「……そう……ありがとう」

「い、いいえ」

 

 彼女のうぶな反応に面映さを感じていると、彼女の後ろから一人の精悍な顔つきの男が現れた。


「君がカナト君か?」


 問うてくる彼の顔を見て、俺は彼がルナ様の父であることにすぐ気がついた。


「は、はい!」


 と言って、俺は早速頭を下げた。


「頭を上げてくれ」

「……」


 俺が頭を上げると、彼が口を開く。


「俺はジャック・デ・レノックスだ。君のことはケルツから聞いている」

「け、ケルツ様から!?」

「ああ、君はすごい男だ」

「い、いいえ!全然そうじゃありませんから!」

「ふふ、ケルツだけでなくからも君の話はたくさん聞いている」

「ルナ様まで!?」

「お父様!!余計なことは言わないでください……」


 ジャック様の言葉にルナ様は戸惑い始める。


 だがジャック様は自分の娘の反応がかわいいのか、揶揄うように言う。


「家に帰ってきたら使用人と俺にいつもカナト君の学校での活躍を話してくれただろう?」

「お父様!!」

「あはは!カナト君」

「はい!」

「今日はルナのエスコートを頼んだぞ」

「お任せください」


 俺が自信満々に答えると、ジャック様は満足げにふむと頷いては俺へとまた言う。



「カナト君」

「なんでしょうか」



「パーシー家には気をつけろ」


「……」


 彼が突然眉間に皺を寄せて深刻そうに言う。


「パーシー家は怪しい。よくないことが起こる気がしてならないんだ。やつの邸宅は王都とも近いし、いろいろ気をつけた方がいい」


「はい。わかりました」

「よろしい」

「あ!ジャック様」

「ん?」


 俺は自分の感情を素直に言うことにした。


「ルナ様はとても立派なお方です。決して妥協などせず、自分の正義を貫く素晴らしい人です」

「かかか、カナト!?」


 親も親なら子も子という言葉がある。


 俺はルナ様を高く評価している。

 

 だけど、そのルナ様を育てたのは他ならぬルナ様の両親だ。

 

 つまり、ジャック様が人格者であることが推察できる。


「カナト君」

「はい」

「君は君の正義を貫くといい。残念ながら、この国では君の正義より勝る正義は存在しない。だけど、ほとんどの人が君の正義を認めないんだ」

「……」

「しかし、お前には力がある」

「力……」

「どうかその力で今日は、俺の娘を守ってくれ」

「はい!」

「でもな、」

「ん?」


 ジャック様は急に俺の方へ近づき、低いトーンで耳打ちする。


「ルナを悲しませたら

「っ!しません!そんなのしませんから!」

「デートした後もこっちに来い。君とは長く話がしたいんだ」

「ははは、話!?」

「カナトさん?」


 ルナ様が小首を傾げるが、俺はルナ様に何も言ってあげることができなかった。

 

 俺がちょっとおじけついていると、ジャック様は手を振ってくれた。


 なので俺はお辞儀して踵を返した。


 すると、ルナ様が俺の隣へとやってくる。


 俺たちは歩き始めた。


 ルナ様の父、堅苦しい人だと思っていたが、意外とクールな人だった。


 最後の言葉を除いたらな。


 しかし、最後の言葉よりもっと心に残る言がある。





『君は君の正義を貫くといい。残念ながら、この国では君の正義より勝る正義は存在しない。だけど、ほとんどの人が君の正義を認めないんだ』

 

 この言葉を聞いた途端、ジャック様が只者ではないとすぐわかった。


 

セレネたちのside



「お兄様……お兄様……」

「カナト……」


 リナとエレナが不安そうな表情をしている反面、セレネとジェフとミアは面白そうに鉄柵越しに屋敷にから正門へと歩いてくるカナトとルナを見つめる。


「……」


 そんな5人の姿を見て、レノックス家の門番が困ったように苦笑いを浮かべた。


 セレネ様は色っぽく自分の頬を撫でて言う。


「尾行を始めます」

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