第56話 ルナ様の要求
昼食の時はセレネ様も加わることとなり、ファイブスターの本拠地は実に賑やかだった。
だが、セレネ様が俺の作ったおにぎりに興味津々で、あっという間にジェフ様、ミア様、セレネ様のおにぎりをめぐる争奪戦なった。
『私、カナトさんの作ったもの、ぜひ食べてみたいですよ〜ふふ』
「全く……」
昼休みにセレネ様から言われた言葉を思い出して苦笑いを浮かべる俺。
だけどセレネ様のおかげで、俺たちファイブスターは箔がついた。
最下位クラスの連中は以前のように嫌悪感を向けることは無くなった。
だが、上流貴族らは前より俺を警戒することになった。
それもそのはず。
ベルンを倒し、ハリーに致命打を与えることができた。
レベルの高い上流貴族からしてみれば、あまり美味しくない話である。
彼らの父が貴族院の議員とか、政治において大きな影響力を持っていたりする。
「はあ……」
目の前でハリーらが消えたことは普通に喜ばしい事ではあるが、前途多難すぎてため息が出てしまう。
でも、先のことを考えても時間の無駄だ。
とりあえずルナ様に会いに行こう。
彼女は堅い人ではあるが、中立的な立場から物事を見る数少ない上流貴族だ。
なので、俺は軽い足取りで生徒会室へと向かう。
生徒会室の前に到着した俺は密かにドアをノックする。
「カナトさんですか?」
「はい」
「入ってください」
言われるがままに俺は中に入った。
するとそこには一人の美少女が座っていた。
部屋自体は薄暗くて色彩低めだが、広い窓からは日差しが差し込んでおり、まるで映画の撮影現場を彷彿とさせる。
俺は堆く積まれた書類を見て、彼女の置かれた状況を察することができた。
「大変そうですね」
「……大丈夫です。これが私の仕事ですから」
「くれぐれもご無理のなさらぬように」
「……」
俺の言葉を聞いたルナ様はモジモジする。俺が小首を傾げて彼女を見つめていると、
「エレナさんとリナさんは無事ですか?」
「はい。二人はもう大丈夫です」
「……リナさんはカナトさんに甘えましたよね……」
「え?」
「なんでもありません」
声があまりにも小さかったので、俺が聞き返すと彼女は頬を少しピンク色に染めては言葉をはぐらかす。
きっと言い間違いとかそういう類のものだろう。
俺の間向けた表情を見たルナ様は真面目な顔で形のいい口を開いた。
「ベルンさんの件についてですが」
「は、はい」
「彼は退学となりました」
「そう……ですか」
「当たり前のことです。エレナさんも被害者なので、爵位剥奪もありかと」
もうこの学校で二度とベルンの顔は見なくて済むのか。
それは実にありがたいことだ。
俺が安堵していると、ルナ様はちょっと心配そうに言葉を発する。
「次はハリーさんについてですが」
「はい」
あの禍々しい名前を聞いた途端、俺は顔を顰める。
「王立直属の捜査団が現在パーシー家を調べているところです」
「……」
「ハリーさんはあの件以来一切姿を現していません。しかし、あの少年が言っていたことは王宮側も把握しています」
「アランと繋がりがあることですか?」
「はい」
「……」
「それと同時に、あの少年がカナトさんに親近感を持っていることも……」
「……」
まあ、そうだよな。
「あなたは、一体誰の味方ですか?」
ルナ様は少し戸惑った様子で瞳を若干潤ませながら問うてくる。
「どういう意味ですか?」
と、俺が問い返すと
「あなたの気持ちが知りたいです」
俺の気持ち。
要するにこの王国を潰す側につくか、それとも王国を生かす側につくか。
そんなのどうでもいい。
「俺、そんな難しいことあまりよくわかりません」
「……」
「でも、平民や奴隷でも能力があれば貴族になれる社会を俺は望んでいます。そして……」
「そして?」
ルナ様は透き通るエメラルド色の目を丸くし、聞き入る準備に入る。
「俺はリナが幸せな人生を送ればそれで十分です。より多くのことを学び、経験して、後悔のない人生を送ってほしい。でも、それを邪魔する奴らは、絶対許さない」
「っ!!!」
俺の言葉を聞いたルナ様が急に椅子から落ちて尻餅をつく。
「?」
なんぞやと首を捻っていると、彼女が下半身をぶるぶる震わせていた。
なので、俺は心配になり、彼女のところへ行き、手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「……」
彼女は捲られたスカートを正すことも忘れてぼんやりと俺を見上げている。
おかげさまで、刺繍の入った黒いパンツが見え隠れする。
俺はちょっと気まずくなり、視線を若干外した。
「ありがとうございます」
そう言って彼女は俺の手を自分の両手で強く握り占めて立ち上がる。
しかし、立ち上がっても彼女はずっと俺の手を強く握ったままだ。
「あの……ルナ様?」
「カナトさん……」
「ん?」
「私……頑張りました」
「は、はい。ルナ様はいつも頑張っていらっしゃいますね。この書類の山を見れば……」
「そうじゃありません!」
「え?」
ルナ様はちょっと拗ねたように頬を少し膨らませて言う。
「罪のないあなたに、罪を被せようとする上流貴族はまだ多いんですから……」
「そうですか……」
きっと俺がベルンとハリーをぶっ飛ばした件においても、ハリーを追随する奴らがルナ様に圧力をかけてきたのだろう。
ベルンを罰するな。ハリーは被害者だ。悪いのは全部カナトだと。
それらの脅威から彼女は俺を守ってくれたのだ。
自分の信念を貫くために、平民である俺にも例外なく公平に接してくれる。
つまり、彼女の正義は俺の正義と合致する。
「ルナ様」
「は、はい……」
「本当にありがとうございます。ルナ様はとても立派な方です」
「……そう言っていただけで嬉しいわ」
「これから俺に何かできることがあれば言ってください。協力いたします」
「え?協力……してくれるの?」
「はい」
「じゃ……お言葉に甘えて」
彼女は一層手に力を入れて、俺の手をぎゅっと握り込んでは、上目遣いしてきて
「私と、デートしてくれないかしら?」
「ん!?」
彼女は俺の予想を遥かに上回る要求をしてきた。
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