第55話 セレネ様

 翌日


 俺はリナからドロップキックを喰らって意識を失った。


「……」


 雀がちゅんちゅんと聞き心地の良い鳴き届け、開け放たれた窓からは朝の気持ちいい涼しい風と暖かな日差しが入ってきており、二度寝したいという欲望を駆り立ててゆく。


 だけど、寝坊することはできない。


 今日は登校日だ。


 思えばいろんなことがあった。


 ハリーがアンデッドになって、謎の少年がハリーを連れていき、セレネ様が情緒不安定になりファイブスターに入れて欲しいと申し出てフィーベル家に泊まることとあいなった。


 まあ、妥当な判断だと思う。


 セレネ様は王位継承順位2位だ。


 そして王宮には王位継承順位1位であるレア様もいる。


 これは極めてリスキーなことだ。


 もしものことがあった時に二人とも狙われたら王室としてもたまったもんじゃない。


 つまりセレネ様がここに泊まるのはリスクヘッジの面において有効だといえよう。


 王室はセレネ様の守っていた親衛隊をレア様に当てることができる。


 これで、レア様の安全が前より確保された形となった。

 

「ふう……」


 俺が安堵のため息をついてから息を吸うと甘美なる香りが俺の鼻をくすぐった。


 俺が左手を使い目を擦りながら目を開けた。


 だが、ちょっと可笑しい。


 俺は右手効きだ。


 ゆえに左手を使って目を擦ったりはしないはずだ。


「ん?」


 そのことを疑問に思っていると、俺の右腕を極上の柔らかさを誇る何かが包み込んでいる感覚に陥る。


 一体なんなんだろう。


 似たような感覚を味わったことがある。


 ボロい家に住んでいた時にはリナが時々俺の部屋にきては俺の腕をガッツリロックして寝たりした。


 フィーベル家に来てからはずっと一人で寝ているのだが……


 ちなみにこの感触はリナのおっぱいではない。


 リナは押し返すような弾力のあるおっぱいだから、俺の腕が痺れるほどの乳圧を誇るが、


 今のはとても優しい感じで少し刺激を与えるだけでもプリンのようにぷるんぷるんしていそうで、マシュマロのように非常に柔らかい。


 だんだん鮮明になる光景。


 右の方にピンク色の髪をした寝巻き姿の美少女。


 白いシーツの中でピンク色は目立つ。


 その美少女はすやすやと寝息を立てており、俺の腕を自分の巨のつく胸に抱き寄せている。


 決して強引ではないが離すことを許さないとでも言わんばかりのロック。


「……」


 俺は鳥肌が立ってしまった。


 平民である俺の隣には王位継承権2位のセレネ様がいるのだから。


「ん……」


 彼女は微かに息を漏らし俺の腕に顔を埋めた。


「せ、セレネ様……これは一体……」

「……」


 だが、俺の呼びかけには応ずることはない。


「本当によく寝ていらっしゃる……」


 彼女は賢い人だ。


 だからこそ、これは彼女らしくない行動である。


 彼女は無防備だ。

 

 もし、他の男がここにいたら、十中八九ひどい目に遭うのだろう。

 

 つまり、

 

 彼女はこんな無防備な姿を俺に晒すほど追い詰められていたということだ。


 大人びていて、何考えているのかわからない人ではあるが、今の彼女を見ていると、なぜか心が落ち着く。


 この間、顔がやつれたときの彼女の顔とは大違いだ。


「色々あるんだろうな」


 俺はそう言って、リナの時のように彼女のピンク色の髪を優しく撫でる。



すると


さん」

「っ!!!」


 突然、彼女が色っぽい声で俺の名前を呼んだ。


 俺はあまりにもびっくりしすぎて、ベッドから降りて、彼女と距離を取る。

 

「ももも……申し訳ございません!」


 早速頭を下げて謝るも、彼女は気にすることなくまた色っぽく言葉を放つ。


「王女である私の体に触れるなんて……カナトさんはなかなかですね」

「……」 


 俺が慌てていると、彼女もまたベッドから降りて、俺の方へとやってくる。


「カナトさん」

「は、はい……」

「もっと、上流貴族の女性や王族の女性に馴れた方がいいですよ」

「……俺は平民です。そんなこと……」

「ふふ、カナトさんはハルケギニア王国の根幹を変えようとしている方です。もちろん変えるための力もお持ちです。平民とか貴族とか関係ありません。他の貴族はそうでなくても、私は気にしてませんから」

「……」


 彼女は真面目な表情で俺をじっと見つめてくる。


 だが、やがて色っぽく笑っては艶のある唇を動かす。


「ふふ、ごめんなさいね、朝っぱらから。今日は学園に行かないといけませんから準備しなと!」


 と言って、細い脚を動かす。

  

 だが、何か思いついたらしく、ターンと踵を返し、俺の方を見ては


「久しぶりに深く眠ることができました。ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

「……」


 そう言って、彼女は俺の部屋から去った。


「ここ……俺の部屋だけど……」


X X X


最下位クラス


 ご飯を食べて、セントラル魔法学園へと俺たちはやってきた。


 途中で、リナとエレナ様が疑り深い目で俺とセレネ様を交互に見ていたのが気になるな。


「カナト!会いたかった!」

「ジェフ様?!」

「さあ!一週間溜まりに溜まった僕の欲望を解消してくれたまえ〜」

「ちょ、ちょっと!」


 俺とセレネ様がクラスに入るや否やジェフ様が俺の方に飛び込んでは急に踊り出す。

 

 踊らされる僕は、拙くステップを踏み外しながら倒れかけた。


 しかし、ジェフ様が抑えてくれたおかげで転けることはなかった。


 いや、最初から踊らなければいいだろ……


 俺の情けない姿を見たジェフ様。


 だけど、彼は俺を嘲笑うことなく優しい視線を送りながら口を開く。


「カナト」

「はい」

「ダンスは大事だよ。うまくならないと女性をリードすることはできなくなるかなね」

「……」


 俺はちょっと恥ずかしくなったので、視線を外す。すると、自然とミア様と目があった。


 普段ならミア様が「迷惑をかけたらだめです」と言いながらジェフ様の頭にチョップをするところだが、今回の彼女は満足気に頷くだけで何もやってこない。


 他の貴族の姿はというと


 話こそしないが、俺を無視したり軽蔑するような視線を送ることをせず、優しく見守ってくれる。そして時々、気でも咎めるのか、視線を外してとても辛そうに唇を噛み締める。


 その瞬間


『二年最下位クラスのカナトさん、連絡事項がありますので昼食後に生徒会室に来てください。繰り返します……』


 生徒会長であるルナ様の透き通る声が聞こえてくる。


 普段は他の役員がアナウンスをするが、俺のこととなると必ずルナ様が直接アナウンスするんだよな。


 おかげでめっちゃ注目集めてるだろ……


 俺がため息をついていると、セレネ様が興味あり気に口角を微かに吊り上げて何かを呟く。


「ルナちゃん……うふ」






追記


次回はきゃわいい生徒会長が見れます!


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